チャネリング@ラヴァーズ
宗像はむくれながら言ったが、ズボンのポケットに手を入れたまま佐井野の跡に従って大人しく歩き始めた。
「ところであんたって、そんなによく霊と交信しているの?」
貴子は前から気になっていたことを訊ねた。
「まあな。」
「……もしかして試験の最中にどっかの霊と交信して、テストの答えを教えてもらうとかしている訳じゃないでしょうね?あんたの成績って毎回あまりに良過ぎない?」
「……。」
佐井野はその質問に答えず、前を向いたまま薄く笑った。
「や、やっぱり!ちょっとあんた、カンニングはインチキだわ!」
「道理で貴様はいつも満点のはずだ!」
テストの度に死ぬほど苦労している貴子と、佐井野に負かされ続けている宗像が大きな声で喚いた。
「どうしても解らない答えだけだ。この霊感のせいで、わいは子どもの頃から人一倍苦労してきたんだ!これくらい得することがあってもいいはずだべ!」
言い争っている間に、三人は橋本清美の家に着いた。その家は普通の二階建ての家だった。
「この家だ。」
「普通のお家ね。」
貴子達は外から家の中の様子を伺った。家には誰も居ないようだった。だがそこに、スーパーの買い物袋を提げた中年の女性がやってきた。彼女は自分の家の前まで来て貴子達に気がつくと、足を止めた。三人は頭を下げて丁寧にお辞儀した。
「……あなた達は、どちら様ですか?」
「初めまして。私達、橋本清美さんの友達なんです。」
貴子は高校名を出して、自己紹介した。どうやら彼女は橋本清美の母親のようだった。母親は驚いて3人の顔を見比べた。
「清美の?」
「はい。」
貴子は頷いた。そして佐井野が続けて、
「お線香を上げさせてもらいたくて来たんです。」
と言った。母親は玄関のドアを開けて、三人を中に招き寄せた。
「どうぞ、上がって下さい。」
三人は畳の敷かれた小奇麗な仏間に通された。仏壇の中に、まだ真新しい遺影があった。ややふっくらとして、えくぼが愛らしい女子高生だった。
「彼女ね。」
貴子が遺影を見ながら呟いた。写真の中で、橋本清美は満面の笑みを浮かべていた。三人は線香をあげて仏壇に手を合わせた。三人は改めて遺影の写真を眺めた。
「こんなに美人なのに、もったいないべ。」
「そうだな。」
宗像も頷いた。宗像は意外にも神妙な面持ちで、仏間に大人しく正座していた。
「他人と比べてもそんなに太ってないべ。」
そして佐井野は、首を動かして貴子を見た。
「……なんで、私を見るの?」
「いや。」
貴子は獲物に飛びかかる猫のように、佐井野に殴りかかった。そこに襖を開けて橋本清美の母親が入ってきた。二人は座布団の上に元通り大人しく座りなおした。
「清美にはまだ年下のお友達がいたのね。まったく知らなかったわ。あの子も、もう高校生になっていたんだもの、親の知らない世界があって当然ね。」
貴子はこれまでの口寄せで得た事を思い出しながら、どうにか母親と話を合わせた。母親はしんみりとした表情で、橋本清美の子どもの頃の話をした。その噺を聞きながら、貴子は何気なく窓の外を見た。よく手入れされた小さな庭が、家の周りを囲っていた。柿の木の葉が、さわさわと小さく揺れていた。
時間が経ち、三人は暇乞いをすることになった。玄関まで来ると、佐井野は見送りに出た母親をもう一度振り返った。
「実はもう一人ここに連れて来たい友達がいるんですが、またお宅に伺って清美さんに手を合わせに来てもいいですか?」
佐井野の意外な言葉に、彼女は少し驚いたようにその顔を見たが、
「もちろん、大歓迎よ。いつでも来て頂戴。」
と、顔を綻ばせて言った。
三人は橋本清美の家の門を出て、もと来た道を歩き始めた。
「また来るの?」
先程の言葉の意味が理解できずに、貴子は尋ねた。
「ああ。わいにちょっと考えがある。」
そう言うと、佐井野は黙ったまま前を向いて歩いた。
「あのお母さん、寂しそうだったな。」
何故だか終始無口だった宗像が、帰り道にそれだけをぽつりと呟いた。
数日後、貴子は佐井野の言う通りに、鈴木由里奈を橋本清美の家に誘った。ダイエットし続けていた鈴木由利奈は、今ではすっかり骨と皮だけのように痩せ細っていた。その痛々しさに、貴子は思わず顔をそむけた。最近では学校も休みがちだという。
「私たちと一緒に、来てほしい所があるんです。」
彼女の目を真っ直ぐに見たまま、貴子は言った。
「どこに?」
「ある人の家にです。今のあなたには、どうしてもその場所へ行って欲しいんです。」
もう一度、強い口調で貴子は言った。
貴子と佐井野は鈴木由利奈を誘ってもう一度、橋本清美の家に行った。今回は宗像を誘わなかった。
事前に電話をかけ連絡していたので、インターホンを鳴らすと橋本清美の母親はすぐに玄関の鍵を開けた。橋本清美の母親は、嬉しそうに玄関先で三人を出迎えた。彼女はガリガリに痩せ細った鈴木由利奈を見ると、立ち止まり絶句した。そして次の瞬間、彼女に走り寄ると涙を浮かべて彼女を抱きしめた。鈴木由利奈は戸惑った表情で佐井野と貴子を見た。
「中に入れば、理由が分かる。」
佐井野はそれだけ言った。家の玄関に入ると、鈴木由利奈は家の中を見回したまま、しばらくその場に立ち止まっていた。なんとなく感じるところがあるようだった。
「……私、以前この家に来た事がある気がする。」
と小さな声で呟いた。
橋本清美の母親は機嫌よく三人を接待した。仏間に通された鈴木由利奈は、仏壇に置かれた橋本清美の遺影を見つけた。
「彼女は、ダイエットのやりすぎが原因で、拒食症になって亡くなったんだ。」
佐井野が鈴木由利奈に言った。彼女は驚いた顔で遺影を見た。三人は仏壇に手を合わせた。
やがて、台所からご飯を炊く美味しそうな匂いがしてきた。貴子が時計を見ると、丁度昼時になっていた。橋本清美の母親が三人に向かって、
「せっかくだから、今日はうちでお昼ご飯を食べていってほしいの。」
と言った。貴子が佐井野を見ると、佐井野は目だけで頷いた。
「特にあなたには、私のご飯を食べてほしいの。」
痩せこけた鈴木由利奈の手を取ると、母親は優しく、だが強い口調で言った。
「……ありがとうございます。」
母親の気迫に押されるように、鈴木由利名は頷いた。
三人は急かされるようにダイニングのテーブルに着くと、一緒にテーブル囲んで母親の作った料理を食べた。貴子がひと口食べると、
「美味しい!」
と大きな声を上げた。
「んだ。お袋の味は久しぶりだべ。」
「あんた青森から一人で出てきているんだものね。」
はしゃぎながら食事する二人の横で、鈴木由利奈はひと口ひと口ゆっくりと噛みながら食べた。そして、
「……美味しい。」
と呟いた。そんな三人を、母親もまた嬉しそうな顔で眺めていた。
食事が終わった後で、母親はまた台所に立った。
「お汁粉を作るわね。あの子、甘いものが大好きだったの。」
母親は作ったお汁粉を仏壇の前に供えた。すると佐井野が、白い紙とペンを鞄から出して来た。
「すみませんが、清美さんの戒名と正確な命日を教えてもらってもいいですか?」
「え?……もちろんいいですけど。」
佐井野は母親に教えられた通りの戒名と命日を白い紙の上に書いた。
「どういうこと?」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵