チャネリング@ラヴァーズ
「たまたま手に入ったから、俺の生徒会長選挙の選挙対策本部として使わせてもらっているのだ。」
「勝手に職員室から盗み出したんだべな!」
「……借りているだけだ。」
こうして佐井野と貴子は、クラブ棟の空き部室で口寄せを行うことになった。
「俺はなにをしたらいい?」
宗像が嬉しそうな顔をして自分の役割を佐井野に尋ねた。
「……おめは部室に誰か来ないか、見張っているだけでいいべ。」
「……そうか。」
イタコ道具を一通り揃えると、口寄せが始まった。佐井野は眼鏡を外してポケットにしまい、床に胡坐をかいて座った。眠る佐井野の正面に、貴子は梓弓マシンガンと膝を抱えて座り、橋本清美がふたたび降りてくるのを待った。目の前で繰り広げられる不思議な光景を、宗像は石のように固まったまま見ていた。
佐井野が目を開けた。宗像は椅子から飛び上がりそうになったが、貴子に目で合図され、ふたたび座りなおした。
「橋本さん。」
貴子は霊に呼びかけた。
「……あなたはこの前の。」
どうやら霊は貴子のことを憶えていたらしい。貴子は前回の口寄せのとき、橋本清美がチョコレートを好物だと言っていた事を思い出した。
「そういえば私、今日もチョコバー持って来ていたわ。はい!」
貴子は鞄からチョコバーを取り出すと、橋本清美が乗り移っている佐井野に手渡した。彼女はチョコバーを受け取ると、それをしばらくじっと見ていたが、やがて静かに首を左右に振ってそれを貴子に返した。
「どうしたの?食べないの?」
「だって今、ダイエットしてるから。」
「……どうしてそんなに痩せたいの?」
「自分に自信を持ちたいんだ。」
「自信?」
「あなたにも好きな人、いるでしょ?」
貴子は昨日偶然再会した初恋の先輩を思い出した。しばらく会わなかった間にずいぶんと大人びていた先輩の姿が、瞼の裏にフラッシュバックした。貴子は思わず顔が赤くなった。
その様子を見ると、目の前の顔は目を細めてふっと笑った。そして全身から力を抜くように息を吐いて静かに目を閉じた。そしてしばらく経つと、再び眼を開けた。
「……戻ったな。」
それはいつもの佐井野の声だった。佐井野本人が自分の身体に戻ったようだった。安心した貴子もほっと息を吐いた。宗像を見ると、彼は椅子に座ったまま呆然としていた。
「宗像、おめは大丈夫か?」
佐井野の言葉で我に返ると、ああ、と言って立ち上がった。そしてこの日は解散となった。
校門まで行くと、二人は宗像と別れた。貴子は口寄せで橋本清美が話した内容を伝えた。佐井野は今後のタイミングを見て除霊するしかない、と言った。
佐井野と別れた後、貴子は口寄せの時の橋本清美の言葉をまだ思い出していた。
「自信か……。」
貴子は呟いた。中学2年の時、先輩の卒業式で告白した自分の過去を思い出した。中1から続いた貴子の片思いは、結局実らなかった。覚悟していたとはいえ、それは貴子にとっては人生最大の挫折だった。あれから1年以上の時間が過ぎ、高校生になった。だが貴子は、今でも先輩と顔を合わせる勇気が無かった。貴子もまた、自分に自信のないままだった。
それから学校では中間テストが始まった。その間にも橋本清美の霊に取り憑かれている鈴木由利奈は、日に日に痩せていった。貴子はそんな彼女をただ見つめることしかできない自分に腹立たしさを感じるだけの日々だった。テスト期間がようやく終わり、佐井野のところへ行った。佐井野はテストが終わったばかりだというのに、いつも通り熱心に勉強をしていた。だが貴子の姿を見ると、慌てて眼鏡をかけた。
「あれ?あんた、いつも眼鏡かけているわけではないのね。」
「まあな。」
と言って、眼鏡を指でかけなおした。
「それで、最近の鈴木由利奈はどんな具合だべ。」
「彼女、最近ではますます痩せていってるわ。」
「そうか。さて、どうするべか。」
ここしばらく徹夜続きだった佐井野は、あくびしながらシャープペンシルをカチカチと鳴らした。その姿を見た貴子はムッとして佐井野を睨みつけた。
「……あんたあまり本気で助ける気がなさそうね。」
佐井野は顔を上げて、眼鏡越しに貴子を見た。
「白石、手伝ってもらっているのは有難いが、あまり思いつめないほうがいい。救えない時だってあるんだ。仕方ない時は、あきらめるしかない。」
「……佐井野。」
貴子は返す言葉がなかった。自分は本当に無力だ、と思った。
次の日、貴子が教室で帰り支度をしていると、クラスメイトから声をかけられた。
「いたこ、これ特進クラスの、鳩胸だったか、はと麦玄米茶だったかの名前の人から。貴子に渡してって言われたんだけれど。」
と言って、貴子に一枚の紙切れが手渡された。
「ああ、宗像ね。」
貴子は紙を開いてみた。
『別館の選対本部に集まるべし。』
と、書いてあった。貴子は佐井野を誘って、宗像が無断使用しているクラブ棟の空き室へ向かうことにした。貴子の姿を見ると、佐井野はポケットから眼鏡を取り出してかけた。
空き部室まで行ってドアをノックすると、宗像が出てきた。
「この忙しい時に、いったい何のようだべ。」
「実は死んだ橋本清美のデータを入手することができたんだ。彼女はこの学校の在学生だった。死亡した当時2年生。それが去年の十月。まだ1年もたっていない。」
宗像はどこから手に入れたのか、あの橋本清美の生前の写真や成績表といった個人情報のコピーを何枚か持ってきていた。
「よくこんなものが手に入ったわね。」
クリアファイルから取り出したそのコピーを貴子は宗像から受け取った。
「おめは頭は悪いが、こげな才能は有ったべが。」
「失礼な、俺は学年2位の秀才だ。2位なのはお前のせいでだがな!」
「さては学校の管理情報システムにハッキングして、不法にデータを盗んだんだな。」
「……そうとも言う。これは人助けのためだ!」
宗像はこれ以上この話を口にするなという眼を佐井野に向けた。前回の口寄せでの噺を聞いてから、宗像も彼女に何か協力できないか考えていたらしい。そのデータのコピーには、橋本清美の住所も載っていた。
「彼女の家の住所まで載ってるわ。」
「家か。」
佐井野はそう言うと、顎に手を置いてしばらく何かを考えていた。
「……一度、橋本清美の家に行ってみよう。」
「家に直接行ってみるの?」
「ああ。」
佐井野に何か考えがあるようだった。
日曜日、三人は橋本清美が生前住んでいた家を探しに行くことになった。住所を手がかりに、住宅地を並んで歩いて行く。
「地図だと、この辺なんだよな。」
出発前に準備してきた地図を見ながら、宗像が言った。
「違う、こっちだ。」
佐井野は、宗像が進もうとしている方向とは正反対の方向を指差し、身体を向けた。
「なんでわかるの?」
「以前交霊したときのイメージでは、あの霊の家はこの辺りにあるはずなんだ。」
佐井野は自分でメモしたらしい紙を見ながら言った。
「そんな事なら、俺の苦労が水の泡だろ。」
「元々、おめには誰も頼んでないべ。第一、今日も誘ってないだろ。」
「関わった以上、この件を終わりまで見届ける義務と責任がある。それに今回は俺が情報提供者だ。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵