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風の魔術詩オーウェルン

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「今すぐこの都を離れ、エスメルダに向かいます。」
「何故?」アスティが理由をたずねた。
「マルゴス族が攻めてくるようです。」
「なんだって?」
クォーツは青ざめた表情を浮かべて叫んだ。
「こんな遠く離れた地方まで、支配下に置こうとしているのか……。」
動揺するクォーツを、アスティが不審そうな顔で見た。オーウェルンは目を細めて砂漠の地平線を眺めていた。
「…さすが最強の騎馬の民だな。足が速い。」
商隊はマルゴス族の侵攻から逃れるように、スラババの都から離れた。

やがて遠くに城壁が見えてきた。それは蜃気楼ではなかった。商隊の誰もが安堵の表情を浮かべていた。
「あれがエスメルダの城塞です。」
「サマラより高いわ。」
「マルゴスの侵攻に備えて、最近さらに高く築かれたのです。」
三人は都に家のない数人の隊員と共に、ラフマットの家に宿を借りる事になった。彼は報告のため、主人である大臣の屋敷に行き、しばらく戻ってこなかった。
三人はエスメルダの都の見物に出かけた。都は市場も家々も色鮮やかな提灯や旗で華やかに飾りつけられていた。夕食の時、アスティはラフマットの母親に理由を尋ねた。
「もうすぐジブナル王家の王女シナイ様がエスメルダ大公様に輿入れなさるのよ。」
「まあ、結婚式があるのね!」
大国であるジブナルと関係が深まれば、マルゴスとの戦いで援軍が期待できるのだった。
数日後、シナイ王女の輿入れの行列が、都にやって来た。行列に付き従う人々が、瑞々しい花びらを風に舞い散らせていた。行列はジブナル軍に厳重に警護されていたが、それはサマラの都ですら見たことのない華やかな行列だった。アスティは嬉しそうな声をあげ、空高く翻るジブナルの軍旗を目を細めて見ていた。
「……懐かしいわ。私はジブナル出身なの。」
隣でその言葉を聞いたオーウェルンが、驚いた表情で彼女を見た。
「…おまえはジブナル国の出身なのか?」
「ええ、そうよ。よく憶えてはいないけど、幼い頃に奴隷となって、サマラに来たのよ。」
自分の幼い頃の記憶を辿り始めた。
「確か家族には、兄と妹がいたはずなの。」
胸の中に、忘れかけていた思い出が甦った。その頃はずいぶん裕福な暮らしをしていた気もするけど、あまり憶えていない。ある日知らない人にどこかに連れて行かれて、奴隷としてサマラの都まで連れて来られた……。
目の前で大きな銅鑼の音がして、彼女は意識を取り戻した。
―でも、あの王家はこの人の仇なんだわ。
 色鮮やかな花びらが舞う中を、彼は瞬きもせずにアスティの横顔を見ていた。
数日後の夜遅く、ラフマットが戻った。
「スラババの都はすでにマルゴスの手に落ちたそうです。」
「次はこの都に向かっているのだろう?」
「そうです。あと数週間もすればこの都にも戦火が押し寄せてくるでしょう。」
アスティはサマラの都を思い出し、思わずオーウェルンの背にしがみついた。
「救援のためのジブナル軍の本隊は、皇太子とともに後からやってくるそうです。」
「今回の婚礼はその同盟の証しなのだな。」
「そうです。……ところで、実はあなた方にお願いがあるのです。」
「何ですか?」
「それは、私の愛する女性の事です。」
思わぬ話の展開に、クォーツとアスティは顔を見合わせた。
「実は主人である大臣の姫と私は恋仲にあるのですが……。」
「恋仲‽」クォーツとアスティは同時に大声を出し、あわてて口元を押さえた。
「彼女はシナイ王女の付き人として王宮に入ったのです。しかし……。」
彼は周りに注意し、声をさらに潜めた。
「父親である大臣ユルドゥル様は、マルゴスを退けた後にシナイ王妃を亡き者にしようとしているのです。」
「まさか、何故そんなことを?」
「エスメルダはもともとジブナル王国から独立した国でした。ジブナルと手を結ぶ事でこの国が再びジブナルの支配下になるのではないかと恐れているのです。ジブナルは信用できません。協力的でないという理由だけでウェルルの一族を……。」
言いかけ、口をつぐんだ。
「しかしそんな企みに彼女を巻き込みたくはない。商隊の者は、いつ大臣に密告するか信用ができません。」
オーウェルンは立ち上がった。
「私は手伝えないな。」
「ちょっと、なんでよ?」
「私は今、それどころでないのだ。」
マントを翻し、去って行った。
残った二人は、自分達だけでラフマットの手助けをすることにした。ラフマットが自分の部屋に戻ったあと、クォーツがアスティの顔を覗き込んだ。
「大臣の姫君って、恋敵じゃないのか?」
「は?」
「違うの?アスティはてっきり、あいつに気があるんだと思っていたけどな。」
「そ、そんなはずはないでしょ!」
アスティは怒鳴って、思わず周りを見回した。オーウェルンはすでにその場にいなかった。アスティは胸を撫で下ろした。
彼女は家の外へ出て、夜空を眺めた。
「オーウェルンが心配ですか?」
「ラフマットさん。」
ラフマットもまだ眠れないようだった。
「彼のことが好きなんですね。」
「どうして……。」
「貴女を見れば分かりますよ。」
自分の想いを見透かされていたと知って、アスティは思わず目を伏せた。
「貴女は彼がジブナル王家に殺されたウェルル一族の生き残り、魔術師オーウェルンだと知っているのですね。」
「ええ、知っています。」
「……彼はもしかしたらジブナル王家に敵討ちをする機会を狙っているのかもしれない。」
ラフマットを見た。それは彼女が今一番気にかけていた事だった。今宵は星空だった。

次の日の朝、クォーツはラフマットに連れられ、エスメルダ王宮に行く事になった。アスティはラフマットの家に残った。彼女はオーウェルンが帰ってくるのを待ちたかった。
クォーツは宮殿で大臣の娘ユースファに会った。ユースファは数日前からすでに王宮にいて、シナイ王女に仕えていた。ラフマットは用心棒としてクォーツと狼のムーンを紹介した。大臣の娘らしく、美しい姫だった。
「こんなにお若いのですか?」
「剣の腕は確かです。」
しばらくするとユースファもクォーツを気に入ったらしく、ムーンを撫でながら、
「父はジブナル王国とエスメルダ公国の同盟を快く思っていないのです。ですが私はシナイ王女様を好きになってしまったのよ。あの方は本当に素晴らしい姫君だわ。」
と、本心を打ち明けた。彼女は後宮に戻ることになった。男であるラフマットとクォーツは後宮に入れないため、宮殿近くの大臣の別邸に待機することになった。
ユースファが後宮に戻ると、シナイ王女の側に黒いマントを着た中年の女がいた。王女の耳元で何かを言付けているようだった。
「……シナイ様。」
「わかっている、下がっていなさい。」
「は……。」
シナイはユースファの姿を見ると、椅子から立ち上がって手招きした。
「ユースファ、よく来ましたね。」
シナイはマントの女の後姿を眺めていた。
「あの女は我が王家のお抱え魔術師、バルク・アブ・ワジールの一族です。ユースファ、これは何だと思いますか。」
ユースファに小さなガラスの小瓶を手渡した。
「何でしょう?」
「毒です。あの者に婚礼の席で大公を毒殺するように命じられたのです。だが私はそのように卑怯な事などしたくない。」
作品名:風の魔術詩オーウェルン 作家名:楽恵