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風の魔術詩オーウェルン

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「シナイ様。……この王宮にいてはいけません。家臣たちも貴女様の命を狙っています。」
「ユースファ……。」
あくる朝、ユースファは自分の衣装とシナイ王女の衣装を交換すると、後宮の裏門にラフマットとクォーツを呼び寄せた。二人の姫は顔を隠すためにヴェールを被っていた。
「まもなく、ジブナル軍がやってきます。シナイ様を送り届けて下さい。そしてこの陰謀をお話しするのです。」
「ユースファ、そんな事をしては、お父上様どころか貴女も…。」
「私は自分の心に嘘をつく事は嫌いです。」
二人にシナイ王女を託すと、自分はシナイ王女に成りすますために後宮に戻った。だがその行動の一部始終は、父親である大臣にすでに知れるところとなっていた。
宮殿の外に出ると、シナイ王女は目を輝かせて都の人々や家々を眺めていた。
しかし人気のない場所まで来たところで、突然、覆面の刺客たちが襲い掛かってきた。
主人の危機に、狼のムーンが男達の腕に次々と噛み付いた。ラフマットは剣を抜くとシナイを連れて逃げるよう、彼に言った。
「クォーツ、後は頼む!」
クォーツはシナイの手を引いてその場から逃げ出した。都の路地裏まで来ると、ようやく二人きりとなった。暑さのために、シナイは被っていたヴェールを脱いだ。クォーツはヴェールを外した王女の顔を見た。その相貌はよく見知った少女のものだった。
「アスティ……」
 シナイの顔は、アスティと瓜二つであった。
「ジブナル軍が都に到着する前に、この都をもっとよく見たいわ。」
性格までアスティに似た王女は、だが大国の姫君らしい気高さと優美さを持っていた。クォーツはこの少女に、これまで誰にも感じたことのないときめきと眩しさを感じていた。
彼は旅の間に親しくなった商隊仲間の家に、彼女を連れて行った。商隊仲間は彼が恋人を連れてきたのだと思い、二人を歓迎した。
次の日、開かれた城門から、ジブナル王国軍が入ってきた。婚礼とマルゴス討伐を兼ねて、皇太子ジルシーズが引き連れたジブナル軍の本隊がやって来たのだった。
アスティは入城を見るために、一人大通りへ向かった。しかし大通りに抜ける路地裏で、突然覆面をした男達に囲まれてしまった。
「シナイ王女をどこへ連れ去ったのだ?」
「……何を言ってるの?」
「お前にも王宮へ来てもらう。」
大臣はシナイ王妃を取り返すために、彼女を人質にとることにしたのだった。応戦したが、多勢に無勢だと判断し、逃げ出した。
助けを求めて大通りに飛び出した時、彼女が不審者に追われている身だと気づいた一人の若者に助けられた。それは背の高い金髪の美しい服装の若者だった。
「こんな処で何をしているのだ、シナイ‽」
「え?」
見ず知らずの若者の顔を見つめた。若者もまたアスティの戸惑う様子に気がついた。
「…シナイではないのか?いや、お前は…。」
若者は頬に手を当て、顔を覗き込んだ。
「ア、アスナイ!」
生き別れの妹の名を呼ぶと、肩を掴んだ。
「何をおっしっているんですか?私は……。」
「間違いない。お前は余の妹だ!」
遠い日の記憶がぼんやりと頭をかすめた。記憶の中の幼い兄と、目の前の若者の特徴のいくつかが一致していく。この若者こそ、ジブナルの皇太子ジルシーズであった。
シナイとクォーツは、都がすべて見下ろせる高台のうえまで来た。シナイは草むらに腰かけ、クォーツの青い瞳を見た。
「空と同じ色ね。」
彼は照れくさそうに瞳を逸らした。そして王女は入城した母国の軍旗を見つめていた。
日が落ちてから、クォーツは用心しながらラフマットの家に行った。ラフマットを補佐している商隊の男がクォーツに気がついた。
「アスティは?」
「アスティはジブナルの兵と共に王宮へ連れて行かれたらしい。隊の若い奴が見たらしいのだが、詳しくは私もわからないのだ。」
「アスティが?ジブナルの兵に?何故?」
ヴェールを被ったシナイ王女が二人のやり取りを見守っていた。クォーツが戻ってくると、彼女は口を開いた。
「私はエスメルダの宮殿に戻ります。」
「シナイ……。」
「クォーツ、一つだけ、お願いがあります。」
シナイはクォーツの青い瞳を見つめながら顔を近づけ、唇にキスをした。それは二人にとって生まれて初めてのキスだった。その時間は永遠のようであった。長い口付けのあと、二人はようやく顔を離した。
「クォーツ、あなたはとても身分の高い人間ですね。私と同じくらい。」
「……どうしてわかったのですか?」
「あなたを見ていれば、わかります。」
彼女は微笑んだ。その笑顔はあまりにも儚いガラス細工のようだった。もう一度彼女を抱きしめ、口付けた。顔を離した彼は、まるで別人のような大人の顔をしていた。
シナイをエスメルダの王宮に送り届けたクォーツは、ラフマットの家でオーウェンの帰りを待つことにした。一人、自分の無力さに腹立たしさを感じながら時間を過ごした。
やがてオーウェルンが戻ってきた。
「今までどこに行ってたんだよ!アスティが宮殿に連れて行かれたみたいなんだ。」
オーウェルンは黙ったまま王宮を見た。

アスティはエスメルダの宮殿の窓からラフマットの家のある方角を見ていた。心は、四六時中オーウェルンのことばかりだった。
―どこへ行ったの、オーウェルン。
アスティの頬を一筋の涙が流れた。
「 風よ 心強きものよ
お前が自由の身ならば あの人のそばに行き我が愛を届けてほしい  」
背後に気配を感じて振り返った。
「良い詩だね。」
「陛下……。」
「恋人のことを想っていたのかい?どんな男なのだ?」
「……以前、私の詩を褒めてくれた人です。」
その時、宮殿に戻ったシナイが部屋に入ってきた。
「兄上!」
兄と妹は互いの無事を喜び抱き合った。シナイは傍らのアスティを見た。二人は信じられない思いでお互いの顔を見つめた。
「彼女はおまえの姉のアスナイだ。」
「ウェルル族にさらわれたお姉様……。」
シナイが宮殿に帰ってきたという知らせを受けて、ユースファが部屋に入ってきた。ラフマットはアスティの姿を見て驚いた。彼女は豪華なジブナル族の服装をしていた。彼はこの事態を飲み込めないようだった。
婚礼を翌日に控え、王宮は夜遅くまで騒々しかった。  
アスティはラフマットを呼び、自分の髪をひと房切り、オーウェルンに渡すよう頼んだ。自分の想いを伝える事にしたのだった。それを受取った彼は、ついにこの日が来たのだ、と呟くと王宮に向かって飛び始めた。
すでに深夜になっていた。王宮の屋根に、彼と同じように黒いマントを来た女がいた。
「来ると思っていた。」
「魔術師バルク・アブ・ワジールの一族か。」
魔術師の女は薄く笑って見せた。手にしていた杖を払い、マントを翻すと、その姿は男になった。後宮に入れるように魔法で女に変身していたのだった。
「私の父はウェルルの長と相打ちで死んだ。幼少でありながら一人生き延びたのだから、今ではかなりの腕前であろうな。だが私も負けるわけにはいかない。」
魔術師の男は巨人に変身した。変身の魔術は彼の得意であるらしい。巨人はオーウェルンを捕まえようとしたが、彼は黒い雲に変身し、巨人を翻弄し続けた。巨人が動く度に、宮殿は地震のように揺れ続けた。
作品名:風の魔術詩オーウェルン 作家名:楽恵