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風の魔術詩オーウェルン

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オーウェルンは目を細めて遠くを見た。
「もうすぐ進めば、井戸があるはずだ。」
―見えるのかしら。
彼女はオーウェルンの魔術について考えた。

三人は砂漠を歩き続けた。やがて遠くに数人の人影が見えた。山羊を数匹連れている。
人影は近くの小屋へと入っていった。何人かは女性用の長いヴェールをつけているようだった。そばに井戸がある。家とその周りに数本だが木が生えていた。井戸のすぐ近くに、特に大きなポプラの木が生えている。久しぶりに目にする濃い緑だった。
「井戸を借りよう。」
井戸から少し離れたところに、日干し煉瓦建ての小さな小屋があった。山羊と羊がいた。クォーツは山羊をじっと見た。
家の中から、初老の男と三人の娘が出てきた。娘は三人とも、目の部分以外すべての顔をヴェールで覆っていた。
「サマラから来たのです。」
アスティが言った。三人がまだ十代の歳若い少年と少女であることを確認すると、警戒心をやや解いたようだった。
「家の近くにテントを張りなさい。旅を急いでいないのならここで少し休まれるといい。」
男は三人の娘の父親らしい。土色のさえない顔色をしていた。
三人は礼を言い、家族の家の向かいにテントを張った。 その様子を娘達が家の影からじっと見ていた。
夜になると、オーウェルンは砂漠の都市に伝わる伝説や歴史物語をアスティに語るのだった。日中ほとんど口をきいてくれない彼の声を聞くことを、アスティは何よりも楽しみにしていた。クォーツもまた、この旅の一行に加わって以来、毎夜の寝物語を楽しみにしているようだった。そして二人は、オーウェルンを両端から囲むようにして、物語の世界に誘われるように眠った。
アスティは井戸の側のポプラの木をとても気に入った。オーウェルンはクォーツの弱った身体をしばらくここで回復させることにした。
娘達はいつも遠巻きに三人を見ていた。年老いた父親は親切そうであった。
アスティはクォーツが腰に佩いている剣を見た。彼はいつも、これだけは肌身離さず持ち歩いているのだった。
「いい剣ね。」
「…そうかな。父上、いや、父から貰った物なんだ。…でも僕は剣術が好きじゃない。」
「男のくせに剣が好きじゃないなんて、この戦乱の世でどうやって生きていくつもり?」
「それは、そうだけど……。」
アスティは自分が腰に佩いている剣を見せた。
「なんなら私、あんたの練習の相手してやってもいいのよ。剣の腕には自信があるの。」
「え?いいよ、別に。それに危ないだろう。」
「木刀を作って練習すればいいのよ。」
木の棒を探し出し、木刀を二本作ると片方をクォーツに放り投げた。
「さあ、どこからでもかかってきなさい!」
クォーツは、しぶしぶと立ち上がった。こうして日中の空いている時間、二人はお互いの剣の腕を磨く練習相手となった。

娘達はポプラの木の下に椅子を持ち出し、二人の剣の修行を眺めていた。しかし三人ともヴェールの下の素顔を見せることはなかった。娘達はそれぞれ「月」と「太陽」、そして「星」を意味する名前を持っていた。
日が経つにつれて、アスティはこの三姉妹のヴェールの下の顔がたいへん美しいことに気がついた。
「三人ともすごい美人ね。」
休憩している間クォーツにそっと囁いた。
その時、突然、空から真っ赤なリンゴが落ちてきた。黄色い砂の上に、リンゴは静かに落下した。アスティと娘は驚いてそれを拾い上げた。やがてオーウェルンが地上に降りてきた。
「どこへ行ってたの?」
クォーツにリンゴを渡しながら、最近留守がちな魔術師の少年にたずねた。
「……私には色々と用がある。」
短い答えだった。彼はいつも必要最低限以外の話を話したがらなかった。
林檎を手にした長女が、オーウェルンに近づいてきた。
「毒リンゴではないですよ。」
いつものように不敵な笑みを浮かべて言った。
「……あなたは魔術師なのですか?」
「ちょっとした怪我や病を治す程度です。」
先ほど彼らの前で見せた魔術とは矛盾した物言いをする彼を、アスティはちらりと横目で見た。黒いマントを頭から深く被ったその横顔は、相変わらず氷のように冷たく無表情だった。
一方のクォーツは、オーウェルン以上に娘達と口をききたがらなかった。人見知りする性格であったが、特に若い女性には馴れていないらしい。
 その夜の遅く、眠りつこうかという時間に、娘達の長女が尋ねてきた。彼女は夜であっても頭からすっぽりとヴェールを覆っていた。テントに入ると、すぐに用をきりだした。
「実は悪魔祓いをお願いしたいのです。」
「どういうことですか?」
「我が家の三女なのです。夜な夜な、まるで悪霊のような叫び声をあげるのです。」
「おそらくジンの仕業です。」
「ジン?」
「砂漠に住む悪霊のことだ。」
オーウェルンは小さな紙切れを取り出し、ガラスの小瓶を取り出して香油を垂らすと、その上に羽根ペンで鳥のような模様を書いた。
「これは悪魔祓いの札です。妹さんの眠る近くに置いてください。」
長女は礼を言うとそれを受取り、家に帰った。
翌朝、井戸のそばではしゃぎ声が聞こえた。次女と三女が水を掛け合いふざけあっているらしい。顔を洗いに出てきた三人は、その光景を眺めた。乾いた砂漠の地では、水の豊かな光景はそれだけで幸福感に満ちていた。
しばらくすると娘達の父親が三人のもとにやってきた。手に昨夜オーウェルンが長女に与えた除霊の札を持っている。
「よけいな事をしないで下さい。あの娘は子どもの頃より臆病で少し敏感なだけです。」
父親はいかにも迷惑そうな顔で言い、オーウェルンに札を返した。父親が去るのを見計らって、長女が家の中から出てきた。彼女は申し訳なさそうな顔をして謝った。
「父は元々ある都の高い位の役人でした。けれど政敵との戦いに敗れ、私達家族は命からがらこの砂漠の僻地まで逃げてきたのです。」
オーウェルンは黙ったまま、山羊の放牧の準備をしている父親の姿を見ていた。
次の夜、アスティとクォーツは女の叫び声で目を覚ました。テントの外に出ると、闇に溶けるようにオーウェルンが立っていた。
家から長女が飛び出してきた。
「妹を助けてください!」
「家の中に入っていてください。妹さんは動かないように取り押さえて下さい。」
長女はすぐに家の中に引き返した。
「悪魔祓いをする。」
マントのフードを外すと、銀色の髪があらわになった。耳たぶから耳飾を外すと、それは杖になった。彼はその杖で円陣を引いた。
「いいか二人とも円陣の外へは出るな。それから剣を抜け。剣には魔よけの効果がある。」
二人は言われる通り剣を鞘から引き抜くと、オーウェルンを中央にして剣を構えた。息を潜め、闇の向こうにじっと目を凝らした。
やがて、ドシーン、と地面に大きな何かが落ちる音がした。見るとそれは、人間の2倍も身体の大きな三つ目のジンの怪物だった。
「あの娘に取り付くのは止めろ!」
オーウェルンはジンに向かって大声で言った。普段大声を出さないオーウェルンだったが、その声は大きく、力があった。
怪物はにやりと笑った。口の中に光るものがあった。赤い珊瑚を咥えているのだった。
「 夜の大いなる力 闇の力よ星を砕き 
月を葬る邪悪なる者にむかえ  」
作品名:風の魔術詩オーウェルン 作家名:楽恵