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青い満月のフォーチュン

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隣に優奈が立っている。私の家の神社で私を呪ったくせに。涼しい顔をして。
身体は凍る様に固まっていた。だが腹の中は憎悪と嫉妬で煮え繰り返っていた。
その時、突然後ろから誰かに抱きすくめられた。首を回すと、そこには黒白の燕尾服と片眼鏡の笑顔があった。
「お、オリアス!」
「何をしているのだ?早く帰るぞ」
シルクハットを脱ぎ、二人に軽く会釈すると、梅乃の腕を引っ張り、早足で歩き始めた。翼沙と優奈も、目を丸くしたまま二人を見送る。
人気のないところまで来ると、オリアスは梅乃を背負った。そして大きな黒い翼を出して羽ばたき、空高く舞い上がった。
観月神社の鳥居の上まで来ると、梅乃を隣に座らせ、人形呪符を手渡した。
「今すぐ呪いを返すのだ。目を閉じて、さっきの気持ちを思い出すだけでいい」
呪符を眺めた。だがすでに、怒りも嫉妬も沸き上がって来なかった。胸に溢れたのは、卑屈な自分への幻滅と悔しさだった。
その時、梅乃の頬を初めて涙が伝った。これまで一度も涙など流さなかったのに。
オリアスは驚き、梅乃の震える肩に手を置いた。そして無意識に抱き寄せた。
(すまない、梅乃)
梅乃はその腕を払い除けようとした。先程、あの二人の前で凍りついていた時、彼が自分を迎えに来てくれた事を嬉しく感じたことも、情けなかった。
「悪魔の慰めなんていらないわよ」
だが腕は解かれなかった。梅乃は大粒の涙を流し、いよいよ声を出して泣いた。
悪魔の方もまた、自らの行為に仰天していた。
これまで数多くの淑女聖女を、堕落させるために誘惑し、抱き寄せてきた。けれども女の涙に動揺し、慰めたいと思った事など、一度もない。そんな感情は、魔界に存在しない。
「これはお前が、一人前の魔女になるための試練なのだ」
今まで我慢していた分の涙を、全て出し尽くす。すでに日は暮れ、空に月が出ていた。ころりと丸みを帯びた十三夜の月。オリアスの広い肩越しに月を見ると、少し落ち着いた。状況に気がつくと、照れくさくなり、慌てて身体を離した。
「もうすぐ満月ね」
月の光は明るかった。今夜からは月光浴ができる。梅乃はよく月光浴をした。
月はお前を愛している、と言うと、オリアスは梅乃の頭を撫でた。そして竹箒に載せ、背中の翼を広げると、夜空に舞い上がった。
空の高い場所まで来ると、腕を引き、箒の柄に立ち上がらせる。
小さな流れ星が、二人の周りに次々と落ちて来た。宙でぶつかり合い、まるで花火だ。すると弾ける星の光は、リズミカルにメロディを奏で始めた。オリアスが、ひらりと宙に歩み出て、手のひらを梅乃に差し出す。
「踊ろう、梅乃」
 思いがけない悪魔の行動に、顔が真っ赤になる。慌てて両手を左右に振った。
「ダ、ダンスなんて、できないわよ!」
「ダンスは魔女の教養だ」
「……仕方がないわね」
二人が手を繋ぐと、オリアスの動きに合わせて箒がクルクルと回り、梅乃をエスコートした。月に照らされ踊るふたつの影。梅乃はすっかり元気になった。

夜明け前に、目が覚めた。
巫女装束に着替えて、神社に向かう。すっかり丸くなった月の光で、森も社も明るい。月の暦は十三夜である。
 本殿の冷たい石段に腰掛けると、袖から人形呪符を取り出した。人形の裏側には観月神社の朱印が押されている。眺めていて、ある事に気がついた。土埃の跡で汚れているのだ。
(土に埋められていたんだわ)
ふいにある記憶が蘇ってきた。
(……これは、私が埋めたものだ)
 何故、忘れていたのだろう?それは小三の時に、優奈と二人で社殿の裏に埋めておいた人形符だった。翼沙と両想いになれるよう願いをかけたのだ。それを憶えていた優奈が、土の中から掘り出して、呪いに変えたのだろう。
オリアスが、いつの間にか傍に来ていた。
空はすでに東から白く空け始めている。金星だけが、忘れられたように残されていた。
「……明けの明星ね」
オリアスは金星を振り返ると、シルクハットを脱いで礼をした。
「あれこそ我が主、魔王ルシフェル様の御姿だ」
魔界の王も、こちらを見ているのだろうか。ぼんやりと思った。
「呪いを返し、月の魔女になるのだ、梅乃」
まるで心を読んだかのようにオリアスが言った。彼もまた、自分の主のことを考えていた。忠誠を裏切った事は一度もない。必ずや梅乃を一人前の魔女にしてみせる。

 誰もいない放課後の教室に、梅乃は残っていた。頬杖をついたまま、窓の外を見る。青空に真昼の月が出ている。
あの人形呪符を埋めた記憶が蘇ったのと同時に、自分が小学生だった頃を思い出した。
感受性の強い子だった。あちこちで幽霊や神様を見た。怖くなるとすぐに泣き、学校でよく苛められた。そんな梅乃をいつも庇ってくれたのは、優奈と翼沙の二人だった。
窓から身を乗り出す。白く平べったい真昼の月。雲がゆっくりと流れていく。
いつのまに、幽霊も神様も見なくなったのだろう。
頭上を、大きな黒い影が覆い、陽の光を遮った。
「帰らないのか?」
その代わり、悪魔が見えるようになった。
黒い翼を広げたオリアスの背に、窓枠から飛び乗る。首筋に手を回し、背後から彼を間近で見る。帽子のつば下にある耳の先が、わずかに尖っていた。その色っぽさにドキリとする。触れたい、と想う。
悪魔の背中なのに、穏やかで優しい気持ち。そして再び、あの二人の事を考えた。
いつか優奈を許す日が来ても、三人は昔のように戻れないだろう。けれど思い出は、遠く過ぎ去った後も、世界のどこかで眠っている。夜明けの金星のように、人知れず空に輝いている。
次の日の下校時間、梅乃は校門の前で、優奈と翼沙を待った。今なら、せめて挨拶くらい出来るかもしれない。
二人は、一緒に校舎から出てきた。慌ててフェンスの影に隠れる。いざとなると、勇気がない。後姿をこっそり見送った。不思議なことに、以前のような嫉妬は何も感じなかった。自分の心境の変化に、ひとり驚く。
人の気配を感じて振り返ると、オリアスが立っていた。片眼鏡の向こうの青い瞳が、冷たい光を放っていた。怖い顔だ。
「梅乃、私を裏切るなよ」
「……オリアス」

暮れたばかりの東の空に、大きな丸い月が出ている。今夜は、満月だ。
巫女装束に着替えると、魔女の帽子を被り、竹箒に跨った。
しばらく街の上空を飛んでいると、学校近くの公園のベンチに、見覚えあるふたつの人影を見つけた。月明かりの下、翼沙と優奈が寄り添って座っている。
翼沙は優奈の肩を抱いていた。幸せそうな顔だ。優奈も、目を伏せて肩にもたれている。優奈は、本当に翼沙が好きだったのだ。
梅乃はしばらく満月を眺めていたが、やがて意を決すると、人形呪符を破った。紙屑は夜風に音もなく舞い散った。
神社に戻ると、オリアスがいつものように鳥居に腰掛け、帰りを待っていた。
「呪いを返したのか?」
「いいえ」
そうか、と呟き、溜息をついた。
「ならば、おまえは魔女にはなれんぞ」
「私、魔女にはならない」
魔女の帽子を脱ぎ、オリアスに手渡す。
「……あんなに空を飛びたがっていただろ?」
「もう、いいの」
仰いだら、ぽっかり浮かぶ黄色い満月。
(私と同じように、独りぼっちで)
「……オリアス、私の失恋も、星に定められた運命だったのな?」
作品名:青い満月のフォーチュン 作家名:楽恵