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太陽の東と月の西

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ヤタがふたりに着替えるように促す。服は首の部分に穴があいていて、そこからすっぽりとかぶるように着るワンピースのような服であった。そでの部分が着物のように広がっている。何より絹の手触りが心地よい。ヲロチの着ている服とほぼ同じ服であった。
「この服のほうが楽ちんかも!」
どんな状況をでも冒険を楽しめる性格のあかるが、楽しそうに着替えていた。一方、美夜子のほうはといえば、
「変な服。」
と、すでに不満そうであった。
 ふたりが着替えるのを見届けると、ヤタはふたたび歩き始めた。森の木が少しだけまばらになった。
「天の世界は地の世界ように広い世界です。ですから、私のような道案内が必要になります。」
あかるは歩きながら、あらためて自分の金色の鏡を剣に変えて、その剣を見た。全体が静かな金色に輝いている。柄や鞘には丸を基調とした細かな細工が彫ってあった。柄頭にも大きな琥珀の玉がはめ込まれている。しかし見た目の荘厳さに比べて、重さはずいぶんと軽い。
「それは金環食の剣だ。あの娘の弓は月弦の長弓と呼ぶ。」
ヲロチがあかるに言った。
「きんかんしょくのけん?」
「そうだ。太陽を動かすことができる剣だ。鏡に戻さずにそのまま腰に吊るせばいつでも使える。そのほうがこの世界では便利だろう。」
 あかるはヲロチの言うとおり剣を腰に吊るした。
「とりあえず百舌鳥の女王の城へ行かなければなりません。その城の奥に、根の国への入り口があるはずです。」
「あの奇妙な鳥の巫女のところか。」
ヲロチはこの世界のことをすでによく知っているようである。
「そうです。今、このあたりを支配しているのが百舌鳥の一族だからです。」
ヤタがヲロチに答えた。
「そう簡単には近づけまい。」
「ええ。百舌鳥は根の国の入り口を堅く守ることを使命としています。たとえ天の高原の大御神の命令だといっても、そうやすやすと根の国へ入れてはくれないでしょう。百舌鳥の国には多くの兵士がいると聞いています。これから、困難な旅になるはずです。」
しばらく進むと、森の奥に馬に乗り鎧を着た兵士が数人、走っていくのが見えた。
「ここは、いったん隠れましょう。」
ヤタがふたりを樹の陰に隠れるように指示した。
兵士が遠くに過ぎ去っていく。騎馬兵を完全に見送ったのを確認して、樹の影から出てくる。
「百舌鳥の一族はどうやらこの辺も警備をしているようです。」
「この世界のものには、まだ誰にも気づかれてはいまい。しかし、それも時間の問題だろう。見張りがあのようにうようよいるようでは、その城へも簡単に近づけるわけではなさそうだ。」
と、ヲロチが言った。
「誰が私たちの邪魔をしているの?どうして?」
美夜子がヤタにたずねた。美夜子は天降山でヤタに助けられてから、ヤタに対しては心を開いているようだった。
「ここは天の原でも、百舌鳥の女王が治める国です。天の原はとても広い世界です。その世界の中でも、ここは唯一根の国に通じる入り口がある国なのです。今、私たちは根の国へ行き、天地のバランスを取り戻さなければならない。その前に入り口を守っている百舌鳥の一族の協力をどうにかして得なければなりません。」
「じゃあ、今、私たちがやつらに見つかったらどうなるの?」
「殺されるかもしれません。」
「死んじゃうなんて、あの鏡のおばさんから聞いてないんだけれど。」
美夜子は不満そうに口を尖らせた。
「百舌鳥の女王って、どんな人なの?」
「この世界では、私のように人間に変身できるほど強い力を持った鳥がいます。その場合、この世界では鳥のほうが人間より立場が上なのです。神になりますが、ただ位がそれほど高いわけではありません。」
「変わった世界ね、ここの世界は。」
「人間は空を飛べないが、鳥は空を飛ぶことができる。だから鳥のほうがこの世界では尊いのです。」
「ヤタの生まれた国もこの世界のなかにあるの?」
「・・・いいえ。私は他の力のある鳥とは、また違うのです。」
一瞬、沈黙したあとで、ヤタは小声で言った。ヲロチが赤い瞳でヤタをちらりと見た。
四人は森を抜け、広い草原が続く場所に来た。すると突然、ヲロチとヤタが、後ろを振り返った。
「何か来るな。」
「どうやら気づかれたようですね。」
「うそ?早くどこかへ逃げなきゃ!」と、美夜子が言った。
「さて、お前ひとりでお嬢さんたちを守れるかな。」
ヲロチがヤタを面白がるようにして見た。
「こうなれば、実戦あるのみです。おふたりはすでに剣と弓を持っているのですから。あとのこまかな戦い方だけを、私が教えていけばいいのです。」
と、ヤタは言った。
やがて草原の地平の向こうから黒い雲のようなものが一行に向かって迫ってきた。
「何かたくさんの虫の羽根がこすれるような音がするんだけど。」
美夜子まだ事態を飲み込めないといった顔でヤタに訊ねた。黒い雲はまっすぐこちらに向かって来る。
「あれは、虫の偵察部隊です。」
「むし?」
「ハエだ。」
と、ヲロチが言った。
「ぎゃー!は、ハエですって?」
「わー確かにあの黒いのは全部、ハエのかたまりだ!」あかるも見て叫んだ。
虫たちはあかる達のところまでやってくると、次々と鎧をまとった兵士の姿に変わっていた。それはハエでできた人間の兵士だった。
ヤタがコートから黒い羽根をまた一枚引き抜くと、それを軽く額にあてた。するとそれは一振りの剣になった。
それからヤタはあかるを振り返った。
「まずあかる様、金環食の剣を抜いて、私の真似をして戦ってください。すでに剣に備わっている大きな力が、あかる様を助けるはずです。」
「よし、わかった。やってみる!まかせて!」
ヲロチが、頭をかかえてうずくまったままの美夜子を見つけると、
「おまえも戦うのだ。おまえもあの娘と同じく大きな力を持っている。」
と言った。
「戦ったことなんて一度も無いわ!」
すでに涙目になっている美夜子は、ヲロチの言葉を完全に拒否した。
一方のあかるは、さっそく腰に吊るしていた剣を鞘から引き抜き、ハエの兵士の中に飛び込むと、手当たりしだい相手を切り始めた。斬られた兵士は、ハエの群れが地べたに転がるように地面に倒れこんだ。
「わ!ゲームみたいでなんだか楽しい!美夜子もやってみなよ!」
あかるは相手を次々と切り倒していく。あっというまに半数ほどの兵士を斬り倒した。
あかるに何度誘われても美夜子は、自分はごめんだとばかりに、ぶんぶん頭を振るだけだった。すると、離れたところで三人の様子を何もせずに面白そうに眺めているヲロチに美夜子は気がついた。
「ちょっと!落ちぶれたと言っても、あんたもいちおう神様なんでしょ!なんで助けないのよ!」
「落ちぶれたわけではない。あのような虫けらなどは、私ほどの力を持つ者には、何の関係もない。だいいち、これから先、いちいち助けるのはお前たちにとってよくない。私は考えを改めた。お前たちにはもっと強くなってもらわないといけない。強くなったあとで取り憑けばいいのだから。だからおまえも私のために、強くなるのだ。」
「ほんとうに、助けないつもりなのね!あんたって最低!」
美夜子は声を荒げた。
そんな美夜子たちにはおかまいなしに、あかるはハエの兵士を相手に生き生きとした表情で戦い続けていた。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵