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太陽の東と月の西

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「美夜子もせっかく武器を持っているんだから、戦ったらいいのに。結構、楽しいよ!」
「たとえハエが相手だろうと、私は平和主義者なの!だいいち弓なんて引いたことも無いのに、どうやって戦えって言うのよ!チャンバラごっこが得意だったあかるとはわけが違うわ!」
するとヲロチが、美夜子が懐に入れて持ち歩いている銀色の鏡をさして言った。
「その弓自体が力を持っているから、身を守る盾にもなる。万が一のときは自分で弓を楯にして身を守るのだ。」
その話を聞いたあとでも、美夜子は真っ青に青ざめて、今にも倒れそうになっていた。
「ひー、私は虫が一番嫌いなのよ!どうにか私のところに来る前に全員やっつけてよ!」
 美夜子は鏡を弓に変えようとすらしなかった。
あかるがなかなかの強敵だと気がついたらしいハエの大群が、美夜子の叫び声に反応するように、今度は美夜子に向かって一斉に群がって飛び始めた。美夜子に危機が迫っているようだった。
「美夜子!」
「ぎゃー!ハエに殺される!」
その時、黒い影がさっと美夜子を地面から宙に連れ去った。
見ると美夜子は、ヤタと同じように全身黒ずくめの若い女に抱きかかえられていた。
「おお、ぬばたまではないか!」
美夜子をハエから救おうと近づいていたヤタが、美夜子を空中に連れ去り救った人物の名を呼んだ。
あかるがハエの兵士を斬ったり突き刺したりしながら、すぐにその下に来た。
「ヤタの知り合い?」
「あかる様、美夜子様、この者は私の弟子です。」
やがてハエの兵士の群れは、ヤタとあかるのふたりがかりでどうにか全滅した。ふたりが切り倒した兵士の鎧が地面に落ちていた。よく見てみると、その鎧の周りでは黒いハエが飛べずにまだ草むらの地面に群れていた。
「思ったよりもずいぶん時間がかかったな。」
ヲロチが地面に残された鎧を見ながら見下ろしながらヤタに声をかけた。
「おぬしだけでは、かなりの体力を消耗するはずだ。」
「そうです。」
「全員、死んじゃったの?」
美夜子を助けた黒ずくめの女が美夜子を地面に降ろすと、美夜子はあかるとヤタのそばまで行って、その後ろに隠れた。
黒ずくめの女はヤタの前に来ると、ひざまづき、頭を垂れた。
「ヤタ様。お久しぶりでございます。この千年、ヤタ様のお帰りをお待ちしておりました。」
ぬばたま、とヤタに呼ばれている女は、褐色の肌に黒い豊かな巻き髪をしていた。黒の大きな羽根を一枚、前の横髪に簪のように挿している。目は上がり目だが、くるりと長いまつげがそれを美しくしている。ヤタ同じく黒の羽毛のコートを着ていたが、ダイヤのように光る宝石のネックレスやブローチを黒いコートの下に見える褐色の艶やかな肌につけている。
「帰ってきたわけではない。だが、お前の力が必要とされるときが来たかもしれない。」
剣を鞘に収めたあかるがヤタにたずねた。
「この人は、どこから来たの?」
「これはかつて私の配下であったものです。名をぬばたまといいます。今はこれから私たちが向かう眠れる森で修行をしている者です。」
ぬばたまと呼ばれた女がコートのすそを両手で広げてあかるに軽くお辞儀した。
「私は眠れる森の耳木菟の翁の遣いでお迎えに来たのです。あなたのさきほどの剣の使いは、見事でした。」
やがて美夜子がぬばたまのそばへ行き、
「・・・さっきは、助けてくれてありがとう。」
と、助けてくれたお礼を言った。するとぬばたまは、
「私はお前のために、お前を助けたわけではない。ヤタ様のために助けたのだ。だから、礼などいらぬのだ。」
と明らかに陰険な態度で美夜子に言い放った。ヤタやあかるに対する態度とはまったく違うぬばたまの態度と言い方に、美夜子は思わずむっとした。
「なんなのかしら、あの娘。えらそうな態度は、あんたにそっくりだわ!」
明らかに気分を悪くした美夜子が、今度は自分のそばにいたヲロチに対して悪態をついた。
「……おまえはさっきから誰と話しているのだ。」
ぬばたまがいぶかしげな顔で美夜子を見る。
次に驚いたのは、美夜子のほうだった。
「……どういうこと、他の人にはヲロチが見えないの?」
「普通の者には、ヲロチ様は見ることができません。見ることができるのは、位の高い神だけ、ほんとうに力の強い者だけです。」
そばにやってきたヤタが美夜子の疑問に答えた。ふたりの問答を、ぬばたまが不思議そうな顔で見ていた。
「さあ、皆様行きましょう。耳木菟様が皆様をお待ちです。」
ぬばたまが、ヤタに告げた。
「わかった。」
あかると美夜子にヤタは、
「これから、私の師である、眠れるの森に住む耳木菟様のところへ行きます。」
と言った。
「眠れる森?」
「この草原の先に先ほどのとこしえの森とはまた違う森があるのです。それほど遠くありません。」
旅の一行は、再び歩き始めた。草原のなかを、細い樹がところどころまばらに生え始め、やがて大きな樹が密集するようになった。そしてついには鬱そうとした森のなかを歩くようになった。

「もうずいぶんと日が暮れてるわ。」
足元もだんだんと暗くなり、美夜子が不安そうにあたりを見回した。
「ただ日が暮れているだけではありません。ここからは眠れる森という、このあたりで最も深い森の中へ入っていきます。」
先頭を歩くヤタが言った。
「この森は、すべてのものが眠っている森です。ただひとり、耳木菟様を除いて。」
「他の人は冬眠しているの?」
「いいえ、他の生き物はただ眠っているだけです。永遠に。ですから今、この森で目覚めているのは、耳木菟様以外では、私たちだけです。」
あかるがそばにあった樹に触れて、あることに気がついた。
「この森だけ、木が枯れてない。これまで通ってきた森では、ほとんどの木が元気がなかったのに。」
「よく気がつかれました。それは、この森がとても聖なる森だからです。」
ヤタがあかるに答えた。
「このあたりまでくれば、耳木菟様も私たちがいる場所がわかると思うのですが。」
「耳木菟様は皆様が森の入り口まで来れば、ご自身で迎えにいくと言われてました。」
ぬばたまがヤタに答える。
ヤタは懐から一本の横笛を取り出した。そしてその笛をしばらく吹くと、どこからか大きなミミズクが飛んできた。
「これはずいぶんと懐かしい笛の音だこと。」
あかるは首を回して、その声のきた場所を探した。灰色の大きなミミズクが、気づくとあかるたちの頭上の枝に止まっていた。
「はじめまして、山の神に選ばれし太陽の娘たちよ。わしが眠れる森の耳木菟じゃ。」
「わ!ふくろうが喋った!」
耳木菟は水晶のように大きな瞳であかると美夜子をじっと見た。そして次にヲロチを見た。
「ヲロチ様。」
耳木菟はヲロチの前にゆくと、体全体で前に屈んだ。
「尊い方。月神様の御子様よ。」
ヲロチは深く頭を下げる耳木菟の翁を黙って見ていた。
「耳木菟様、我々はこれから、あなたの力を借りたいのです。」
ヤタの言葉を聞くと、耳木菟は頭をあげるて、
「あなた方が私のもとへやってくることは、すでにわかっていた。その理由もわか
っている。」
と言った。
「ともかく今夜は休みなされ。ふたりの口に合う食べ物も用意しよう。」
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵