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太陽の東と月の西

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鏡の声にヲロチと呼ばれた少年は、ぎりぎりと悔しそうに歯を噛んでいる。
「ヲロチよ、娘たちはまだ力を目覚めさせていない。ゆえにおまえのその大きな力で、娘たちを助けてほしい。おまえの働き次第では、この山から開放してやってもよいぞ。」
「……手を貸せば、本当に開放してくれるんだな。」
ヲロチと呼ばれた少年が鏡の中の声に向かって言った。
「頼みますよ、ヲロチ。そしてヤタよ、おまえが娘たちを導いていくのだ。」
「はい。畏まりました。」
ヤタと呼ばれた黒ずくめの男が、ひざを屈めて鏡に向かって頭を深く垂れた。
「娘たちよ、力の限りを尽くしなさい。母は、いつでもおまえたちをあの天高い光のなかから見守っています。」
 そう言い終えると、鏡が発している光はだんだんと弱くなっていき、声はもう聞こえなくなった。
「ちょ、ちょっと、誰も引き受けたとは行ってないわよ!」
美夜子はあわてて鏡に向かって叫んだが、すでに鏡のなかから返事はなかった。
立ち上がったヤタと呼ばれた若者が、
「それではまいりましょう。」
とさっそくふたりに出発を促した。
 美夜子が一歩後ろへ下がり、逆にあかるが一歩前に出た。
「どこへ行くの?」
「これから、地のバランスが崩れる原因となっている根の国へいかなければなりません。そのためには、根の国と接している天の高原のとこしえの森というところへ行きます。そこから、地の力をつかさどる神が住んでいる根の国、地底の国に行くのです。」
「どうやって行くの?」
「このヤタが案内いたします。あかる様。美夜子様。」
と言って、ヤタがふたりに対してもひざを曲げ、頭を深く下げた。
「私は嫌よ!」
美夜子がすぐに反対を表明した。それから、
「そういえば!」
と、美夜子は思い出したように声をあげ、ヲロチに向かってずかずかと近づいていった。
「ちょっと、あんた!さっきはよくも、私たちをだまして食べようとしたわね!」
美夜子はそのままヲロチの胸ぐらに掴みかかろうとするが、伸ばした腕はするりとヲロチの体の後ろ側に通り抜けてしまった。
「あれ?」
「現在のヲロチ様には、実態はありません。実際の体はその鏡によってこの天降山に封印されています。さらにその力は、この鏡の持ち主によって操ることができるようになっています。今見えているのはヲロチ様の力による精神体だけです。」
「幽霊みたいなもの?」
「じゃあ、さっきはどうやって私たちを食べようとしたの?」
「天の高原の大御神様が言われていたとおり、最近なぜか天地のバランスが崩れて、鏡の封印する力にほころびができてしまっていたのです。しかし、それも先ほど天の高原の大御神様が新たな力を加えたので、もうおふたりの命令に刃向かうことはできません。ヲロチ様にはこのままおふたりの鏡とともに、天の高原へ一緒に来てもらいます。」
ヤタはふたりにヲロチの正体とそれを操る鏡の力について説明した。
「えー!この大蛇の化け物も一緒に連れて行くの?」
美夜子がヲロチを指さしてヤタに抗議した。
「化け物ではない。神だ。」
ヲロチが憮然として答える。
「こいつはあかるを騙して、私たちを食べようとしたのよ!」
「この旅には、ヲロチ様の力がどうしても必要なのです。そのヲロチを操ることができるのは、世界でもお二人だけです。」
ヤタが美夜子をなだめるように言った。
「よし!じゃあ、行くよ!」あかるが大声で言った。
その声に驚いて美夜子があかるのほうを振り向く。
「え!あかる、本当に行くつもりなの?家に連絡は?」
あかるは意外だというふうに美夜子の顔を見る。
「どうして?美夜子もどこか遠くへ行ってみたいって、前からずっと言ってたじゃない!鏡の人が言ってたことは、私にもよくわからなかったけれど、私は一度も見たことの無い世界へいけるのなら、今すぐにでも行ってみたい!ね!一緒にいこうよ!」
あかるが美夜子の目をまっすぐに見つめた。
「さあ!」
あかるが手のひらを美夜子の方へ向ける。その手のひらに太陽が降り注いでいた。
「う、うん。」
 あかるの勢いに乗せられて、美夜子は思わずあかるの手を取った。
「では、まずおふたりの鏡を前にお出しください。」
ヤタがふたりが半月鏡を体の前に取り出すのを見届けると、その鏡の説明をふたたび始めた。
「鏡の裏を見てください。」
ふたりはガラスの部分を手にのせて、裏返しにしてみた。鏡の裏には二重の円がいくつもめぐっている。
あかるは鏡の裏面に掘り込まれた文様が、自分が最近夢で見た模様だと気がついた。そして自分の鏡と美夜子の鏡をくっつけて完全な丸い鏡にした。
「これ、私たちが夢で見た模様だ!」
「ほんとうだわ!どういうこと?」
ふたりの問いに答えるように、ヤタが話を始める。
「世界の真の姿は、今のおふたりが知っている世界だけがそのすべてではありません。この世界には、合わせ鏡のように、もう一つの世界が向き合っているのです。この世界に、昼と夜があるのと同じように。またすべてに光と影があるように。」
ヤタは離れた場所から鏡を覗き込みながら話した。どうやらヤタにはこの鏡に触れることだけではなく、近づくことも難しいらしい。
「この鏡は、この世界の扉を違う世界へ向けて開くことができる鏡でもあります。この鏡の裏面に掘り込まれた、いくつも対になった円の形こそ、この世界の構造と世界観をあらわしているのです。」
ヲロチが、
「そしてこの鏡こそが、世界の真実でもある。」
と、ヤタの言葉の最後にひとこと付け加えた。
「この鏡を真ん中で合わせ、先ほどのような丸い形にしてください。そこ手を合わせてください。そしてこの鏡に、二人の姿を映してください。」
ふたりはヤタの言われるとおりに、あかるの片手の手のひらに鏡を載せ、美夜子の片方の手をもうひとつの鏡を載せ、自分たちの姿を鏡の中で見た。
すると鏡から再び虹色の光が発し、あたり一面を包み込んだ。

「鏡は、映るものの魂を呼び込む。」
ヲロチがふたりのそばで小さな声でささやいた。
光が静まったあとは、さっきまでと何も変わらない森のなかの景色が広がっていた。
「ここはすでに先ほどまでいた世界ではありません。」
ヤタがふたりに言った。
「そうなの?何も変わっていないけど。」
美夜子が信じられないという顔でヤタを見る。
ヤタが先に立って、森の中を歩き始めた。ふたりも一緒になって歩いていくが、景色はほとんど変わらず、どこまでも森が続いている。森はひんやりと、どこまでも静まり返っていた。
あかるが森を見回しながらヤタにたずねた。
「ヤタ、ここはどこなの?」
「ここが天の高原の、とこしえの森と呼ばれている場所です。」
「この先は、どこへ向かって歩いていけばいいの?」
「私がこれからおふたりを案内します。そのまえに、おふたりの服装を変えなければなりません。」
ヤタは身にまとっている黒い羽根のコートから、二枚だけ羽根を引き抜くと、息を吹きかけた。すると、羽は二着の白い服に変わった。
「これに着替えるの?」
「この世界の人々に、おふたりが怪しまれないようにです。」
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵