太陽の東と月の西
「い、いや、なんでもない!」
「あかるって最近、ほんっと変!」
美夜子は依然納得がいかない様子である。
そこで、あかるは話題を変えようと、先日図書館で見つけた、不思議な模様が書かれた紙を鞄から取り出して美夜子に見せた。
「実はこんな不思議な模様を、図書館で見つけたんだけれど。」
「……え!」
その紙を見た瞬間、美夜子は驚いて絶句した。
「どうしたの?」
予想外の美夜子の反応に、今度はあかるが驚いて理由をたずねた。
「……この模様を昨日、夢のなかでみたのよ。」
美夜子はくいいるように紙を見つめた。
「間違いない。これとおんなじ丸がいっぱい描かれた模様だった。」
「ええ! うそ!変だな。実は私もこれと同じ模様を夢で見たんだよね。」
「え!あかるも夢でこの丸い模様をみたの?」
美夜子が一枚の紙を鞄から取り出した。
「今朝、夢の内容を忘れないように、紙に描いておいたの。」
二枚の紙をあわせて見比べるふたり。
「……やっぱり、私が見た夢の模様と同じだわ!」
「本当だ、同じ模様だわ。」
「どういうことだろう……。」
紙を眺めていた美夜子は、あることに気がついた。
「これって古い時代の鏡の模様に似ていると思わない?まえに歴史の本で見たことがある気がするの。」
「そうかな?私はわかんない。」
あかるは両腕を組んでしばらく考え込んでいた。
「ところで、あかる。」
「うん、ま、まだ何かあるの?」
今度は美夜子が話題を変えた。あかるは少しおびえた様子で美夜子を見た。
「さっきの話の続き!今週末こそは空いてるんでしょうね?」
「え?あ、だから今週の日曜も実は、えーっと……。」
急に予定を振られたあかるは思わず、しどろもどろになる。
その反応を見た美夜子が、明らかに不審そうにあかるを問い詰める。
「やっぱり、私に隠れて誰かとデートしてるんでしょ!」
「ち、違うよ!それは美夜子の誤解だよ!」
「じゃあ何だっていうの?今度という今度は何の用事なのかはっきり言ってもらわないと!」
「実は……天降神社で日曜日に例の雨乞いの儀式があるんだよ。だから……。」
「雨乞い?前に私があかるに教えたあの天降神社の雨乞いのこと?なんだ。そんなに雨が降らないのが気になってるの?」
なんだ、というふうに美夜子は言った。
「うん。天気に関係するような伝統行事なら見ておいて損はないかなって……。」
「わかった。じゃあそのお祭りに、私も行きたい!」
「え!」
「何?誰か別の人と一緒にいく約束しているわけでもないんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……。」
「じゃあ決まりね!お祭りの伝統芸能とかって私も興味あるし、日舞ならってるから。」
「じつはあと、それと……。」
あかるは口ごもりながら、例の図書館で出会った高校生のことを話そう、どうしようかと心の中で悩んだ。
「それと、何?」美夜子がきっとした目であかるを見た。
「……いや、やっぱりいい。」
怖い顔をした美夜子を見たら、それ以上は何も話さないほうがいい、とあかるは判断した。
「と、に、か、く!あさっての日曜日は、私も一緒に神社に行くからね!」
「わかった、わかった。美夜子の家は神社に近いから、ならあさっては神社に現地集合で決定ね。」
神社に行かないよう美夜子に説得することを諦めたあかるは、こうして美夜子と日曜日に神社で会う約束をした。
「うん!」と元気よく返事をして、美夜子はにっこりと笑った。
そんなふたりの様子を、はるか頭上の電信柱にとまった一匹のカラスが見つめていることに、ふたりは当然ながら気がつかなかった。
「美夜子と一緒か……。」
家に帰ると、あかるはため息をついた。
―それにしても。
あかるは不思議な丸い模様のことを思い出した。いくら美夜子があかるのまねをしたがる性格だと言っても、まさか夢までは真似しようが無い。偶然に同じ内容の夢をみたのだろうか・・・。
日曜日、あかるはすでに図書館で出会ったあの高校生と神社で会う約束をしていた。
「どうしよう、万が一、あの人に出会ったら一応あいさつしないといけないし、そしたら絶対美夜子にあの人のことを説明しなくちゃいけない。あの人と神社で会う約束してたなんて知ったら、美夜子また怒るだろうな。ああ、どうしよう……。」
日曜日のことが心配で、あかるの心が晴れるときはなかった。
日曜日の朝。あかるが玄関から出ると、携帯に着信音がしたので確認すると、美夜子からのメールだった。
―ちょっと早めに着いたから、神社の入り口の鳥居のところで待ってるね。
「なんだ、美夜子、もう神社に着いたんだ。あいかわらず、いつも気が早いなあ。」
あかるも神社の入り口に着いた。普段は一年に一度、初詣に来る程度の場所である。
「だいぶ遅れてきちゃった。」
天降神社は二人が通っていた小学校の裏手にある天降山の中腹にあった。美夜子の家もこの近くの高台にあったので、二人はこの山に登る前の鳥居で待ち合わせしたのだった。神社の鳥居に着くと、肝心の美夜子の姿が見えなかった。
「あれ?美夜子、いないや。」
参道の入り口にある鳥居から、山の斜面を登っていくように続く石畳の参道をのぞく。神社の森は鬱蒼としていた。神社の本殿までは、遠いはずだった。参道をひとりで登っていくのをためらっていると、頭上から突然、
―カア
とカラスの鳴き声が聞こえた。
あかるが思わず仰ぎ見ると、一匹のカラスが鳥居のてっぺんに止まってた。
「カラスだ。なんだろ、こんなところにとまって。」
カラスはまるであかるをわざと見下ろしているようだった。
そして次の瞬間、そのカラスが羽ばたいてあかるの真正面に降りてきた。
「え!」
あかるは驚いて、目の前のカラスを見つめる。そのカラスは、まるで自分に付いて来いといったふうに、あかるの前をぴょんぴょんと跳ねながら前方に向かって歩き始めた。まるでカラスが何か意思を持っていて、あかるに参道へいくよう道を誘導しているようにみえた。あかるは持ち前の好奇心から、ついカラスに導かれるように参道を登り始めた。
しばらく参道を行ったところで、カラスは急に宙へと飛び立って、空に消え去った。
「あれ、さっきのカラスさん、いなくなっちゃった。」
仕方なく道を歩き続けるあかるの目の前に、また別の鳥居が見えてきた。
「まだ鳥居があるんだ。」
今度の鳥居は、古い形の鳥居らしい。コンクリートではなく白木で造られていた。
「あかる様。」
ふいに、知らない声に自分の名前を呼ばれて、あかるは足を止めた。自分の名前を呼んだ声の先を探すと、
「こちらです。」
と、鳥居のそばに若い男がひとり立っていた。腕を組みわずかに鳥居の柱にもたれかかっているように見える。
すでに季節は初夏になろうとしているのに、その若い男は全身黒ずくめの服を着ていた。背が高く、年齢は二十代前半ぐらいであろうか。前髪が長く眼が片目しか見えない。前髪に隠されている片目は、髪を透かしてみるとまぶたが閉じられているようにも見える。
見知らぬ人に突然自分の名前を呼ばれたあかるは、驚き目を丸くして彼を見た。
「あなたは誰?どうして、私の名前を知っているの?」
「あなたのことは、何でも知っています。」