太陽の東と月の西
「だって、偶然今、見えたんだもん。美夜子ったら、また、他人の真似をして。」
「何よ!別にいいじゃない。」
美夜子はいかにも気まずそうに顔を背けた。美夜子があかるの持ち物の真似するのは今に始まったことではない。彼女は昔から、何故かあかるの持ち物を自分も真似したがるのだった。
「だって、あかるが持っていると、なぜだか羨ましく感じるんだもん。」
「美夜子はもっと自分のセンスに自信をもったらいいのに。服とかだって全然センス悪くないよ。」
「・・・そうかな。」
しばらくふたりの間に、気まずい空気が流れた。
美夜子は、自分が何故あかるの持ち物を真似しようとするのか、実は彼女自身でもわかっていなかった。
「そうだ!」
この話題をいますぐ変えたいとばかりに、美夜子が大きな声を出した。
「そうそう、あかるは明日の土曜日は空いている?」
美夜子があかるに週末の予定を尋ねた。
「明日?ごめーん、明日はちょっと家の用事があって・・・」
「えー、そうなんだ、つまんない。なら明日はいいや、また今度ね。」
ほんとうにつまらなそうな顔をして美夜子が言った。
「じゃあね、バイバイ!」
「うん、また明日!」
あかるは少し立ち止まって、美夜子の後ろ姿を見送った。
「美夜子、また私の真似をして・・・。」
美夜子の真似したがりは毎度のことであるが、最近はちょっと複雑な心境になることが多かった。あかるは、これまでとは少し違う感情を、幼なじみの美夜子に対して抱き始めていた。
あかるが美夜子の誘いを断ったのは、市立図書館に来るためだった。あかるの目的は、前回と同様、神社の資料を読むことである。あの白い蛇の夢と気になる模様の一件以来、何故か天降神社のことが心にひっかかって仕方が無かった。だがそれとは別に、このまえ出会ったあの不思議な眼をした高校生と、もう一度会いたいという気持ちが、あかるの気持ちのどこかにあった。
「やあ、また会ったね。」
そしてあかるの会いたい人は、期待通りに今日も図書館に来ていた。
「今日も天降神社のことを調べに来たの?」
少年は明るい赤の瞳であかるの顔を覗き込んだ。あかるは背の高い少年を見上げた。何故か顔が耳たぶまで熱くなるのを感じた。
「こんにちは。」
あかるは自分の動揺を隠すように、さりげなく少年に挨拶した。
「君はどうして天降神社のことを調べているの?」
少年があかるにたずねた。
「今度、山で雨乞いの儀式があるみたいなんです。それで最近、あの神社のことが気になり始めて。」
「そう。君の関心はいつも天気の事だものね。」
少年の言葉にあかるは驚いた。
「何で、知っているんですか?」
おもわず、少年の目を近くで見る。近くで見れば見るほど、少年の不思議な赤い瞳に吸い込まれそうな気持ちがした。
「前から、時々この図書館で君の事を見かけていたんだ。」
「え?」
少年が以前から自分のことを知っていたのだと知らされて、あかるはさらに驚いた。
「このところの水不足も心配しているんでしょ?」
「ええ。私はそのこともとても気になっているんです。」
「でも多くの人間は、まだこの深刻さに気づいていない。」
少年は赤い瞳を前に向けてわずかに鋭い視線を走らせた。
「今度の神社の雨乞いの儀式だけれど。」
「はい?」
「僕も行ってみたいな。」
あかるは少年の予想外の申し出に驚いた。
「ええ?も、もちろんいいですけど・・・。」
「じゃあ、その日に神社でまた会おう。」
少年はにっこりと笑った。
「は、はい・・・。」
あかるは図書館で少年と別れたあと、先ほどまでの少年とのやりとりを思い出しながら、家に帰った。肝心な名前を聞くことを忘れた、と気づいた。そして、彼は本当に天降神社の見学に来るつもりだろうか、とも思った。
家に帰ってからも、あかるはしばらく部屋でぼんやりとしていた。
―はあ、はあ、はあ。
息が苦しい。
あかるは、またしても暗い森のなかを、ひとりで逃げ続ける夢を見ていた。
―駄目だ、追いつかれる。
夢のなかで、恐怖のあまりぎゅっと目をつぶった。そのとき、誰かがあかるの手首をつかんだ。
「あかる!」
名前を呼ばれて、誰かに助けられた。
「こっちだ。」
顔を見ると、赤い瞳があかるを見つめていた。それは図書館で出会ったあの少年だった。
「あなたは……。」
あかるは驚いて少年の顔を見つめた。しかし、そこであかるは夢から覚めた。窓の外で朝が白々と開け始めていた。
この間にも、あかるの町に雨はなかなか降らなかった。この問題は、あかるの住む町だけではなく、全国的にも深刻になりつつあるようで、節水の奨励などが全国ニュースで流れるようになっていた。
そんな世間の事情とは関係なしに、最近のあかるは、家でも学校でも上の空だった。
「あかる!ちょっと、あかるったら、人の話をちゃんと聞いてるの?」
「え?何?ごめん!」
美夜子が耳もとで大声で話しかけ、ようやく気づいたようだった。
「もう、何ぼんやりしているのよ!先週だめだったでしょ、今週こそ大丈夫だよね?」
「えーと、何の話だっけ?あ、今度の日曜日の予定だね……に、日曜?日曜日は今週も実は用があるんだ!」
あかるの返事を聞いて、美夜子はぷうっと頬を膨らませた。
「最近、なんだか変よ、あかる。……もしかして彼氏ができた、とか?」
「な、な、何言っているんだよ!そんなわけないよ。」
「なら、その動揺ぶりは何よ!」
ますます怪しいあかるの態度に、美夜子は疑いの目を向けた。あかるが頭をぶんぶん振る。
「いや、そ、その、とにかく彼氏とかじゃない!」
美夜子があかるにぐっと顔を近づける。
「実は、うちのクラスの子で、あかるが高校生っぽい男の人と市立図書館で仲良く話しているのを見たっていう子がいるんだけど。」
「いっ!」
あかるはいかにも、しまった!という表情をした。
「やっぱり、本当だったのね?ちょっと!相手はいったいどこの誰なの?なんで今まで私に隠してたの?」
美夜子があかるに詰め寄った。
「い、いや、どこの誰とか言われても、その人は最近図書館でたまたま知り合っただけの人だよ!」
「それで?」
「それでって、それだけ。」
慌てふためきながらあかるは答える。美夜子はあかるの言い分をまったく信用していないようだった。
「それだけなら、なんで隠しているのよ。とりあえず、好きな人ができたんだ。ひどい。幼馴染で唯一無二の親友である、この私に隠し事するなんて!」
「図書館に行ったのは、本当に調べ物するだけだったんだから!」
今にもつかみかかろうとする美夜子の勢いに、あかるは押される一方だった。
「そうかしら。絶対に嘘!」
と、完全に怒った顔で前を向く美夜子。そんな美夜子の顔を見て、あかるはふとあることに気がついた。
―あの人に、似てる。
美夜子の整った顔立ちや白い肌や黒い髪が、あかるがずっと気になっているあの図書館で会った少年の雰囲気にそっくりだったのだ。もちろん美夜子の瞳は、あの少年のもつ印象的な赤い瞳ではない。だがそれ以外の顔の特徴が驚くほど似ていた。あかるは見慣れた美夜子の顔を食い入るようにみつめた。
そんなあかるの不自然な視線に気がついたらしく、
「何?」と美夜子は眉を寄せて、ふたたび怪訝な顔であかるを見た。