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太陽の東と月の西

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頭上から眩しい光が見え、そのまま光のなかに包まれた。眩しさに慣れたふたりがようやく目を開けて見渡すと、そこには見覚えのある世界が広がっていた。

「ここは、天降山だ!」
あかるが叫んだ。そこはまぎれもなく、ふたりが育った町の、あの天降山だった。ヲロチは天降山へと戻り、地下の巨神もそれを追って、天降山へ来たのだった。あかると美夜子は頃合いをみて地上に飛び降りた。
「見て、あかる!山が燃えているわ!」
見ると山は空を焦がして真っ赤に燃えていた。
「あれは何?」
燃える火の玉のようなものが、山に向かうようにしていくつも浮かんでいた。
「船だわ。火の船よ!」
それは、根の国の神が出てきたあとに開いた大きな穴から、空に浮かぶ火の船の船団が山に向かって進んでいくところだった。
「ヲロチは?」
あかるがヲロチの姿を探した。ヲロチは天降山のうえで巨神と戦っていた。八つの頭が巨神に噛み付き、八つの尾も巨神の身体を打ち付けていた。しかし巨神にはあまり応えていないようだった。
「このままだと、ヲロチのほうがきっと負けるわ!」
 美夜子が言った。ふたりの目から見てもヲロチに危機が迫っているのがわかった。あかるが町のほうを振り返った。
「それに、このままだと町まで火が燃え広がってしまうかもしれない!」
「ともかく、ふたりの戦いを止めるしかないないわ。」
 ヲロチの八つの胴体のうち、真ん中にある胴体の真ん中で何かが強い光を発して点滅していた。
「あれがきっと、大地の真珠だ!」
 あかるが指さして叫んだ。美也子はしばらく点滅をじっと見つめていたが、
「……私の矢で、ヲロチの身体の中にあるあの玉ごと射抜いてみるわ。うまくいけばヲロチも死なずにすむかもしれない。」
「美夜子。」
あかるが美夜子を見た。
「私を信じて、あかる。私だってヲロチを死なせたくない。だって私たち、前世で命を懸けてあいつを守ったのよ。」
「わかった、私がヲロチと根の国の神との間に割って入る。少しだけならふたりの戦いを中断できるかもしれない。」
「お願い!」
あかるは燃える火を避けながらふたりの足元まで走って近づいていった。そして金環食の剣を鞘から引き抜いた。ふたりの間に狙いをすませて、あかるは剣を大地に向かって振り下ろした。空に一瞬閃光が走り、地響きがして山の真ん中に巨大な亀裂が走った。
巨神がその亀裂に足を取られて身体を屈めた。巨神に首をつかまれていたヲロチの身体も一瞬、動きが止まった。
美夜子はヲロチの胴体をめがけてきりきりと弓を引いた。
―矢よ、玉に当たれ!
美夜子は願いを込めて白鶴からもらった矢を放った。その矢は弧を描いて飛び、ヲロチの胴体の点滅する部分を見事に射抜いた。
光る真珠の玉が宙に浮いた。美夜子の放った矢が大地の真珠を抜き取ったのだった。

―ぎゃああああああああああああ!
大地を大きく揺るがすほど、大きな叫び声をあげて、大蛇の姿になったヲロチが地に倒れた。
「やったわ!あかる!」
美夜子が叫んだ。真珠はちょうどあかるのいる方向に落ちてきた。美夜子の声に気づいたあかるが飛び上がってその玉をキャッチした。あかるは手に掴んだ玉を、今度は根の国の神に向かって投げた。
「あなたの玉だよ! 」
巨神は手のひらのなかに真珠を受け取ると、体を折り曲げて穴の開いている場所でうずくまった。すると、みるみる山になるように固まり、周りの景色がもとの天降山の姿に戻っていった。山を焼いていた火の船もその後を追うように帰っていく。
「……神が根の国に帰るんだ。」
 あかるが黒い煙をあげて燃える山を見あげながらつぶやいた。
「待って!」
美夜子が、山に沈んでいく巨神に向かって叫んだ。
「根の国の神よ!どうかヤタに伝えてほしい。ありがとうと、ヤタに伝えて!」
美夜子は涙を流しながら山に向かって叫んだ。

根の国の神が、完全な山の景色に戻るのを見届けると、あかると美夜子はすぐにヲロチの姿を探した。ヲロチは人間の姿のまま、焼け続ける山のなかに倒れていた。そこは最初にヲロチがふたりを連れてきた湖の岸辺だった。ふたりが近づくと、ヲロチは、胸から血を流しながら、荒い息を吐いていた。
あかるが着ている服を破いて傷口に当て、どうにか止血しようとした。
「……何故、今すぐ私を殺さないのだ。」
うっすらと目を開けて、ヲロチは呟いた。汗ばんだ白い頬に銀色の髪がはりついている。
「おまえは、私を殺すために自分の魂をふたつに分けたのだろう。ついにその願いが叶う日が来たのだ。私を殺して、二千年前の神々の命を果たすがいい。」
ヲロチの言葉を聞いて、美夜子は背中から一本の矢を引き抜いて弦に番え、ヲロチに向かって弓を引いた。
「美夜子!」
あかるが美夜子を見た。
ヲロチに向かって弓を引いたまま、美夜子は立っていた。
「今、殺さなければ、すぐに回復してまた暴れるぞ。」
「……もしもあなたがまだ天の支配を諦めていないなら、何度でも謀反を起こすがいいわ。でもその度に私たちも甦り必ずあなたを封印してみせる。何度でも生まれ変わって。」
 美夜子は言い終わると弓を降ろした。ヲロチはそれを見ると目を閉じた。
「すごい血だわ。」
 ふたりが介抱するためにヲロチを抱き上げた。
「どうしよう。いくら神様だからって、このままだときっとヲロチが死んでしまう。」
美夜子が何かに気づいて空を見あげた。
「……あかる、空を見て。」
美夜子が指差した空の方向を、あかるは見た。
そこには、真昼の白い月が浮かんでいた。
「月だ。」
 あかるはつぶやいた。真昼の月は見たことの無い速さで、空の中天まで昇っていった。そしてその月は三人の頭上まで来るとその場所で止まった。
やがて月から透き通った光の粒がキラキラと三人の頭上にいくつも降りてきた。その光を浴びて、ヲロチの身体の傷がみるみる癒えていく。
「……父上。」
 ヲロチが月を見上げながら父の名を呼んだ。そしてヲロチは上半身だけ起き上がり、癒えた胸の傷跡を押さえた。
「あれがヲロチのお父さんなのね。」
あかるが呟いた。光が止んだあとも三人は月を見上げていた。ヲロチの回復を見届けたかのように、月はふたたび地平線へと沈んでいった。

やがて、どこからともなく湿った風が吹き、空を雲が覆い始めた。そして雨が降ってきた。
「雨だわ。」
山火事が収まっていく。三人は黙って空から降る雨を見つめていた。山火事が完全に収まった頃に、雨は止んだ。

雲が晴れ、青空がのぞいた。晴れ間から太陽が西へと傾き始めているのが見える。
「私を鏡に封印しないのか?」
 座ったままヲロチがふたりに向かって言った。
「ヲロチ……天の高原へ戻らないの?本当は今でも天の高原を恋しく想っているでしょう?」
あかるがヲロチにたすねた。
「そうよ、あんたも素直になりなさいよ!」
美夜子が手を腰にあてて言った。ヲロチは黙って傾きつつある陽射しを眺めている。
「……私、先に行って、町の様子を見てくるわ。」
美夜子は久しぶりに帰ってきた町の様子が気になるらしく、走って様子を見に行った。

ヲロチの白い肌と銀色の髪が、夕陽に照らされて美しい朱色に染まっている。
「……見よ、あの地平線。」
ヲロチが独り言をつぶやくように言った。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵