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太陽の東と月の西

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「あの山の端、山の稜線、たなびく雲。美しい。おかしなことだが、私は長い間この山に居続けるうちに、ここから見えるあの景色を気に入るようになったのだ。」
あかるがヲロチに向かって手を出した。ヲロチは黙ってその手を取った。ふたりは手をつないだまま、黙って西日に向かい歩き始めた。
「前世の私たちが、まだ子どもだった頃は、こうしてよく手をつないで歩いたね。」
あかるが嬉しそうに言った。並んで歩くふたり。その姿は夕陽に照らされている。やがてヲロチは立ち止まりあかるの手を離した。あかるがヲロチを見あげる。
「ここから先は、あの娘と一緒にゆくのだ。」
あかるが前を見ると、美夜子がこちらを向いて立っていた。美夜子は両手を後ろに組んでふたりの姿をみていた。美夜子の顔は、少し微笑んでいるように見える。
「その剣と弓は、もともとおまえの母上様のものだ。母の元へ返しに行くがよい。」
 ヲロチが細いあごで夕陽をさした。
「……もう会えないの?」
「……私と会うときは、また戦いになるだろう。」
「それでも、私はまたあなたと会いたい。」
あかるは前を見つめて歩き出した。美夜子のそばまで来ると、ふたりは子どもの頃よくそうしていたように、手をつないだ。
「帰ろう、美夜子。」
「でも、寂しいわ。みんなと、もう二度と会えないのかな。」
美夜子の眼にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「私がいるよ。私は美夜子とずっと一緒だよ。」
「……うん。」
美夜子はにっこりと微笑んだ。
ふたりは歩き続けた。遠い地平の夕陽を目指して。まだ背中に、遠くからのヲロチの眼差しを感じていた。やがてふたりの姿は眩い夕陽の光に飲み込まれていくった。

目が覚めるとあかるは自分の部屋のベッドの上にいた。いつも目覚める朝の時間と同じ時間だった。でも、まぶたの裏にはまだ夕陽の光がいっぱい広がっているような気がした。帰ってきたのだ、とあかるは思った。ベッドから起きて窓を開け、天降山を見た。山はこれまでと何も変わらない緑の濃いいつもの山だった。

それからしばらく、町には毎日のように雨が降り続いた。雨は全国的に降り続け、雨不足はすぐに解消された。そして誰もが、この水不足の年のことを忘れてしまった。
下校時間。最近はふたりとも、期末テストの準備で忙しい。あれから一度も、あかるはあの冒険のことを口に出していない。美夜子もあかるにその話をすることはなかった。
「美夜子、今度の日曜日、久しぶりに一緒に映画に行かない?」
「あ、あかる、ごめん!今度の日曜日は、もう同じクラスの子と約束しちゃった。」
 最近の美夜子は、自分と同じクラスの子とも仲良く遊ぶようになった。
「なーんだ、じゃあ、また今度でいいよ。」
「うん、ありがと!じゃあね、また明日。」
「うん、バイバイ!」
 バスに乗り込んだ美夜子をあかるは手を振って見送った。
「ひさしぶりに市立図書館にでも行ってこようかな。」
 あかるはぽつりと独り言をつぶやいた。夕陽を背に照らされて、あかるの足下に長い影が伸びていた。夕陽がまるで、あかるの身体に染み込んでくるようだった。あかるは思わず後ろを振り返った。天降山に、いつものように日が沈もうとしていた。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵