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太陽の東と月の西

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「これで、自分の足元くらいはどうにか見えるだろう。」
ヲロチがどんどん先に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って!あんた本当に、私だけをここに置いていくつもり?それにあかるはどこにいるの?」
「ヤタがおまえに気づいて、すぐに戻ってくるだろう。」
「それに。」
と言って、ヲロチは一度だけ美夜子を振り返った。
「あの娘がどこにいるか、おまえにならわかるはずだ。」
言い終えると、ヲロチの気配はもう消えていた。
美夜子は弓の照らすぼんやりとした明かりだけを頼りに歩き始めた。
―あかる、どこにいるの。
歩きながら美夜子は、子どもの頃からこれまでの、自分とあかるの関係を考え始めた。

あかるは暗い地の底に倒れていた。自身を忘れているあかる。
―日神子。
誰かがあかるを呼んだ。でも、それが誰の呼び声なのかあかるにはわからなかった。
―なんて懐かしい声。でも、お母さんの声でも、お父さんの声でもない。この声は・・・。
あかるはそれが誰の呼び声であるかを思い出した。

―ヲロチだわ。
そうヲロチだ。この声だけは間違えたりしない。子どもの頃から、本当の弟のように、大事に想っていた。なのにどうして、母に叛き、天の高原を敵に回して私に闘いを挑んだの?あなたはそれほど世界を支配したかった?
あかるは記憶のなかのヲロチに問いかけた。やがて前世での壮絶な戦いの記憶が甦った。それは天の世界の半分が、焼け野原になるほど烈しい戦いであった。ふたりの闘いは、長いあいだ互角であったが、ついに日神子がヲロチを負かす日が来た。

ヤタが日神子のそばに来たとき、日神子はすでに息を引き取る直前だった。日神子はかたわらに置いてあった半月鏡を指さした。それまでヤタが満月鏡として知っていた鏡だった。
「この鏡をふたつに分けたのは、私が今、自らの魂をふたつに分けたからだ。
「ヤタよ。残りのことはすべておまえに託す。……だから私が死んでも、お前は死んではならない。お前は生きて、私が再び甦る日を待つのだ。」
 そう言い終えると、日神子は深く呼吸をした。そして二度と息をしなかった。
「日神子様!」
ヤタが日神子の側に座り込み手を取った。すでに身体を鏡の中に封じ込められたヲロチが、ヤタと日神子のそばへ来た。ヤタはヲロチを振り返り、その姿をにらみつけた。
「何をやっている!その剣で私を刺せ!私も早く殺してくれ!」
ヤタはすでに息絶えた日神子の手を握っていた。
「日神子様の体が温かいうちに!私はどこまでも日神子様にお仕えすると誓ったのだ。だから早く!」
ヤタはそのまま、とめどなく涙を流し嗚咽し続けた。
「……だめだ、もうお身体がどんどん冷たくなってきた……日神子様!」
自らの剣を鞘から引き抜くと、ヤタは自分の身体を突き刺そうとした。
「止せ!」
ヲロチが止めた。
「何故止める!」
「日神子は未来永劫に死んだのではない。次の世界に再び転生することを選んだのだ。お前はそのときまで生きればよい。そのときこそはふたりして私を倒せばいいのだ。」
ヲロチの冷たい赤い瞳が、ヤタを見下ろした。

暗い闇が降りてきた。長い時間が過ぎた。気の遠くなるほど長い時間だ。
そして子どもの頃のあかると美夜子の姿が見えた。
―これは誰かの目を通してみた私たちだ。……これは、ヲロチの思念だ。私が生まれた後もずっと私のことを見守ってきたのね。美夜子のことも。
―美夜子。
あかるは目を開いた。
「美夜子!」

その頃、美夜子は洞窟を出て暗い平原のようなところへ出ていた。弓の微かな明かりがあるとはいえ、眠れる森での修行が無ければ、歩くことさえままならなかっただろう。
「眠れる森には星があったけど、ここには星さえない。暗闇しかない世界ね。」
美夜子はあたりを見回した。だがやはりどこまでも暗闇が続くばかりで何も見えない。
「疲れたわ。」
美夜子は地面に座り込んだ。その時、
―美夜子。
誰かが自分を呼んだ気がした。美夜子ははっとして振り返る。
「あかるだわ!あかるの気配を感じる。それほど遠くないところに。」
そして次の瞬間、何かを思い出すように、美夜子の心に様々な記憶の映像が流れた。あかるが前世の記憶を思い出したとき、美夜子もまたすべての前世の記憶を取り戻したのだった。
―あかる。
美夜子の頬を一筋の涙が流れた。離れた場所にいるあかると自分が、同じ魂の記憶を共有しているのだと、美夜子は身体を流れる血のようにそれを感じていた。

しばらくすると、美夜子は近くに誰かの気配を感じた。
見回すと、少し離れたところに背の低い小柄な人間らしき影を見つけた。まだ子どものように見える。手足も胴体も、枯れた木の枝のように干からびて細いミイラのような身体をしている。その皮も破れている所があり、そこから白い骨が見えた。 
その子どもは一本の槍のようなものを持っていた。
「……子どもの兵?」
美夜子は醜い彼の姿に、何故か恐れを感じなかった。美夜子が見つめると、ミイラの兵士は美夜子の前方をしばらく歩き始めて、美夜子を振り返った。
「ついて来いってこと?」
美夜子は彼の後ろについて歩き始めた。

目を覚ましたあかるが起き上がると、目の前に大きな樹があった。あかるは立ち上がってその樹の幹にそっと触れた。その樹の表面は、樹皮というよりもまるで岩のようであった。しばらくすると、その樹のなかから声が聞こえてきた。

「目覚めたか、太陽の娘よ。」
「あなたは誰?」
「私は岩の木だ。根の国の王、この死者の国を治めるものだ。何人も決して生かしはしない死の大地に、根を張り続けている者だ。」
「あなたが私をここに連れてきたんだね。どうして私をここに連れて来たの?」
「おまえが開けてはならない岩屋戸を開けてしまったからだ、娘よ。」
あかると岩の木は会話を続けた。
「それにもうすぐ、おまえの片割れもここへやってくる。」
「もしかして美夜子が近くに来ているの?」
「空を見よ。」
岩の木の言うとおりにあかるが空を見あげると、かすかに空が明るい。丸い光を発している玉のようなものがある。
「あれは……太陽?」
「そうだ。太陽だ。天に輝く太陽の娘よ。」
それは確かにぼんやりとした小さな太陽であった。
「あの太陽はおまえがともしたのだ。本来は太陽などでない、この根の国に。だんだん光が強くなっているのがわかるだろう。おまえの片割れが、どうやらこちらに向かってきているようだ。」
「美夜子が?」
「だがその前に月神の息子のほうが早くここへ着いたようだ」
あかるは背中によく知っている誰かの気配を感じた。それはヲロチだった。
「ヲロチ!どうやってここに来たの」
ヲロチはあかるの質問には答えず、黙って岩の木のたもとまで来た。

さらに頭上の光が強くなった気がした。そのとき、また見覚えのある人影があかるの目に映った。それは美夜子だった。
「あかる!」
美夜子が叫んだ。
「美夜子!」
再会したふたりは喜び抱き合った。あかるは二千年ぶりに自分の片割れと出会ったような気がした。
「どうやってここまで来たの?」
「彼が私を連れてきてくれたの。」
美夜子は二人から離れたところに立っている、子どものミイラの兵を指さした。
そして、美夜子はあかるの顔を見た。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵