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太陽の東と月の西

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崩れた岩の部分をのぞくと、奥が暗い洞穴に続いているのが見えた。それは人ひとりがようやく入れるぐらいの大きさであった。ついに根の国への入り口が開いたのだ。
その暗闇から何かの音がした。
―シュルシュル
穴の中から一本の根っこのようなものが伸びてきた。根はそのまま手の形になり、あかるの足にいきなり絡みついた。そしてあかるを岩の奥に引きずりこんだ。
異変に気づいた白鹿があかるの手を掴もうとしたが、すでに遅かった。あかるは穴の中に引きずり込まれた。
「あかる!」
「あかる様!」
美夜子とヤタがすぐに穴に近づきなかを覗き込んだ。穴のなかは深い洞窟となっているようだった。だがそこにあかるの姿はまったく見えなかった。
「あかるー!」
美夜子がもう一度あかるの名を呼んだが返事はなかった。
「どうしよう、あかるが誰かに穴のなかへと連れ去られたみたい。それに、まだボスの土蜘蛛を倒していないわ!」
 百舌鳥の女王とイナバが、一番大きな土蜘蛛を相手に必死で戦っているのが見えた。
「美夜子様。」
「どうしたの、ヤタ?」
「私はあかる様を探しに行きます。美夜子様はヲロチ様と力を合わせてあの土蜘蛛を倒してください。今のあなたならもう大丈夫です。」
「え?何を言ってるの?まだ傷は完全に治ってないのよ!」
「すぐに戻ってきます。」
ヤタはカラスの姿になると穴のなかに飛んでいった。
「ちょ、ちょっと!ヤタ!」
美夜子があわてて穴の奥を覗き込んだがすでにヤタの気配は消えていた。
「あいつは大丈夫だろう、それよりも他の連中が土蜘蛛相手にかなり苦戦しているようだが。」
美夜子がヲロチの声で後ろを振り返った。確かに白鶴やぬばたまが大きな蜘蛛を取り囲んでいたが、蜘蛛は口から毒の糸を吐き出して、すでに多くの兵士を殺していた。彼らだけではとても手に負えないように見える。
 美夜子はヲロチを一度、きっとにらみつけ、すぐにみんなのところに駆け戻った。
美夜子がその場にたどり着くまえに、ぬばたまが命がけで土蜘蛛を倒そうとしていた。土蜘蛛の脚に何度も切りかかっていたが、土蜘蛛はいっこうに衰える気配がなかった。百舌鳥の女王やイナバがすでに怪我で動かなくなっていた。
「こんな蜘蛛ごときにやられるわけにはいかない!」
そう叫ぶと、ぬばたまは体当たりで土蜘蛛を岩屋戸の岩壁に押さえつけた。押さえつけたときの衝撃で、ぬばたまの黒い羽根があたりにばらばらと散った。
「ぬばたま!」
「美夜子!私ごと、こいつを射抜くのだ、早く!」
「何言ってるの!そんなことできないわ!」
「このままでは全員殺されてしまう!ヤタ様のためにもおまえを死なせるわけにはいかないのだ!」
 押さえつけられた土蜘蛛がじたばたと八本の脚を動かしていた。土蜘蛛はさらにシュッ、シュッと不気味な音をたてながら、口から長い糸と毒をぬばたまに向かって吐き出し始めた。
―どうしたら!
 くちびるを噛むと美夜子はヲロチを見た。
「ヲロチ! お願い、あなたの力が必要よ!」
 ヲロチの赤い瞳をまっすぐと見た美夜子の瞳に、もうヲロチに対する恐れや憎しみはなかった。
 美夜子は弓を胸の前にして、再び神がかりのために意識を集中し始めた。
これまでヲロチの力を使うことを拒否してきた美夜子は、初めて心からヲロチに協力を求めていた。
 そして美夜子は神がかりした。

―風が吹いてる。
―影がふたつに揺れているわ。
―いや、違う、よく見てみろ。心の眼で見るのだ。
―みえた!
―今だ!矢を放て!

美夜子は眼を見開き、土蜘蛛と、それを必死で押さえているぬばたまに向かって矢を放った。矢はぬばたまの体をわずかにはずして土蜘蛛の胴体の真ん中に命中した。射抜かれた土蜘蛛の胴体に開いた穴から緑色のどろっとした液体が流れ出た。
―ギギギギッギギ
 土蜘蛛が断末魔の叫びをあげた。
敵が倒れたのを確認したぬばたまが、力なくその場に座り込んだ。美夜子はそのままぬばたまに駆け寄った。ヲロチが自然に光となって美夜子の身体から離れる。
「ぬばたま!」
「美夜子、ありがとう。」
美夜子はぬばたまの命を自分の手でしっかりと確認するように、ぬばたまの体を抱きしめた。
「よかった、本当によかった……。」
 そして美夜子はあかるを思い出した。
「あかるとヤタを追いかけなきゃ!」
白鶴や白鹿が、
「私たちもお供します!」
と、美夜子に言った。
「死者以外のものは根の国に入ることはできない。」
 それを聞いたヲロチが美夜子に向かって言った。他の者にはヲロチの姿は見ることができない。
「ヤタは?」
「あれはもともと生きている者ではなかったのだ。」
「私は行くことができるのね。」
「おまえは神の生まれ変わりだ。普通のものが持ち得ない、強い力を持っている。行くのか?」
 ヲロチが赤い瞳でまっすぐに美夜子を見た。美夜子は初めてその赤い瞳を美しいと思った。
「もちろんよ、あかるを助けにいかなくちゃ。」
 美夜子は即答した。そしてその場にいる者たちに、ここからは自分ひとりだけで行く、と告げた。
岩屋戸の穴に入るまえに、美夜子はもう一度、ぬばたまや白鶴たちの方向を振り返った。
―ぬばたま。
ぬばたまが黒い瞳で美夜子の目を見たまま、ゆっくりとうなずいた。それから、にっこりと笑顔を見せた。それは美夜子が初めて目にするぬばたまの笑顔だった。

美夜子は穴のなかの暗闇を覗き込み、岩屋戸の隙間に入っていった。なかはトンネルのような洞窟になっていた。洞窟に入るとすぐさま奥へ進もうとする美夜子をヲロチが止めた。
「待て、まずはこの戸を閉めなければない。」
「どうして?またここに戻って来るかも知れないのよ?」
「それでも、ここを開けたままにしてはならない。ここは本来決して開けてはならない戸だ。これは神であるものの役目だ。」
「どうするの。」
「崩れ落ちた岩をできるだけ一箇所に集めて、そのまえでおまえの弓の舞を舞うのだ。」
美夜子が持ち運べる岩を集めているうちに、ヲロチが首に下がっている玉飾りのうち大きな青い勾玉をひとつ取り出すと、それを握って額に当てた。するとそれは琴になった。
「私が弾く琴の音に合わせて舞うのだ。」
美夜子はヲロチの言うとおりヲロチが演奏する琴の音に合わせて舞を舞った。すると崩れた岩がひとりでに動き出し、もとの位置にすべて戻った。そしてあたりは真っ暗闇となった。
洞窟の中は下に向かってやや傾斜しており、二人はそのなかを下へ下へとゆっくり進んでいった。
「この先を抜ければよい。ここから根の国へと繋がっている。」
「真っ暗で何も見えないわ。」
「私は、先に行く。」
 ヲロチが突然、美夜子に言った。
「は?あんた何言ってるの!こんな真っ暗闇のなかに私だけおいていくなんて、あんたどうかしてるわ!」
「おまえのその弓に、明かりをともせばいい。そうすれば、少しは見えるようになるだろう。」
「弓に明かりを?どうやって?」
「目を閉じて、思い出すだけでいい。月の出る夜のことを。おまえの好きな星の瞬きのことを。そのことをただ、一心に考えるんだ。」
美夜子が目を閉じて、弓に思いを込めた。するとヲロチの言うとおり、月弦の長弓にぼんやりと明かりが灯った。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵