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太陽の東と月の西

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あかるの叫び声を聞いた瞬間、美夜子が弦を引いている腕を止めた。飛び散ったヤタの黒い羽根がひらひらと美夜子の頭の上にも舞い降りた。
「……ヤタ。」
 つぶやいたその声はヲロチのものではなく、美夜子の声だった。
その瞬間、美夜子の体から強い風と光が発し、ぬばたまが美夜子に贈った水晶の玉飾りが弾けて、玉があたりに飛び散った。光の粒子となったヲロチが美夜子の体から離れる。美夜子が地面に倒れ、美夜子から抜け出たヲロチも苦しそうにうめきながら両手と両膝を地面につけている。
「美夜子!」
あかると白鶴がすぐさま美夜子に駆け寄る。
「ヤタ様!」
ふたりに続いてぬばたまがヤタに駆け寄った。
「そうだ、ヤタ!」
あかるも倒れた美夜子を抱き起こしながら重傷を負ったはずのヤタを振り返った。
ヤタは身体の中央に大きく開いた傷跡を押さえながら、
「私は今、少し身体が動かないだけです。私はもとより死んでいる者。それよりも美夜子様の様子はどうですか?」
ヤタは自分よりも美夜子を心配しているようだった。だがヤタの怪我は誰が見ても重体である。
「……ヤタ。」
美夜子がヤタの名前をつぶやいて、うっすらと目を開けた。
「美夜子!よかった、気がついた。美夜子は大丈夫だね。」
美夜子は首を回して離れた場所に倒れているヤタを発見した。
「ヤタ!」
美夜子はすぐさま起き上がり、ヤタのそばまで走っていくと、ぬばたまに介抱されているヤタを抱き寄せた。
「美夜子様、ご無事で何よりです。」
ヤタは片目を開けて美夜子が元気であることを確認した。
 「ごめんなさい。」
 美夜子は涙を流しながらヤタを抱きしめた。
―この声、温かさ。……日神子様。
ヤタは何かを思い出したように片目だけの目を一度閉じ、
「しばらく経てば、すぐもとに戻るはずです。ただそれまで動けないだけです。」
とふたたび顔をあげて言った。

子どもの姿に戻った百舌鳥の女王が、兵士を連れて近づき、ひざまずいて頭を垂れた。
「あなたがたはまさしく天の高原の大御神様のお使いです。それを信じなかった私どもが愚かでした。」
百舌鳥の女王たち、目の前で繰り広げられた二人の圧倒的な力を前に、あかるたちが天の高原の大御神の使いであると認めたようだった。
「私たちはただ、天と地のバランスを取り戻すために、根の国へ行きたいだけなの。」
あかるは百舌鳥の女王に協力を願い出た。
「根の国への入り口は確かにここにあります。しかし、そこはまた土蜘蛛が入り口の岩屋戸を堅く守っています。彼らは相手がたとえ天の高原の大御神神の使いと言えど、簡単に通したりはしないでしょう。」
「でもたとえそうでも、行かないわけには行かない。この世界を救うには、根の国へ行くしかない。そこへ私たちを連れてって。」
 あかるの言葉に子どもの百舌鳥の女王はしばらく黙ってから深くうなずいた。
「この城の一番奥に、根の国への入り口をふさいでいる岩屋戸があります。そこへ案内しましょう。ついてきてください。」
夜が明けてから、あかるたちは百舌鳥の女王についていくことにした。ぬばたまと美夜子がヤタを両側から抱えながらあとをついていく。朝日が、割れた宮殿のガラスを照らしていた。

「あそこが岩屋戸です。」
しばらく城のなかを進んで、百舌鳥が指した方向を見ると、そこには大きな岩があった。
石の向こうから何かの音がする。
「どうやら気づかれたようだな。やつらがやってくるぞ。」
元に戻ったヲロチがすぐ後ろからついてきていたらしい。
「百舌鳥もだらしが無い。そもそも天の高原の国の者など、我らは最初から信用してはおらぬ。」
岩陰から突然、しわがれた声が聞こえてきた。そして次には岩の隙間からもくもくと煙が出てきた。その煙は、ところどころに集まって雲のように固まると、雲は何かの形に変化した。
「蜘蛛だわ!」
 美夜子が叫んだ。
それは巨大な蜘蛛だった。人間とほぼ同じ大きさの蜘蛛が、雲から変身して群がって出てきた。蜘蛛は胴体が黄色と黒の縞模様になっていた。八本の脚には硬そうな毛がびっしりと生えていた。さらに最後にそれらよりも一回り以上大きな土蜘蛛が出てきて、入り口の岩の前に立ちはだかった。
「あれは根の国の入り口に住む土蜘蛛の一族です。毒をもっています!」
百舌鳥の女王があかるに言った。
出てきた蜘蛛があかる達に襲いかかってきた。
「わたしが援護するわ!先に進んで、あかる!」
美夜子があかるの後方から次々と矢を放って、あかるを助けた。美夜子に射られた蜘蛛は、後ろへひっくり返り、そのあとも八本の脚をばたばたと不気味に動かしていた。百舌鳥の女王の兵士たちがそれを取り囲み、一匹ずつとどめを刺した。
白鹿、百舌鳥の女王と弟のイナバ、白い猪もそれに加勢した。ばたまもはヤタの前に立ってヤタを守っていた。
百舌鳥の兵も女王の命令で大勢があかるたちの加勢に加わったが、土蜘蛛との戦いはほぼ五分五分であった。
あかるは美夜子の言うとおり、白鹿の背中に乗って岩屋戸の前まで来た。その前まで来ると、あかるは白鹿から降りて、後ろにいるヲロチを呼び寄せ、
「ヲロチなら開け方を知っているよね?」
と、岩屋戸を開ける方法をヲロチにたずねた。あかるは先ほどのヲロチの所業などすっかり忘れているかのようだった。
「知ってはいるが、その戸を開けたら最後どうなるか、実は私も知らぬのだ。」
「やってみるわ。教えてヲロチ!」
「岩に金環食の剣を突き刺し、それを引き抜くのだ。」
「岩に?そんなことできる?」
「やってみなければ、わかるまい。」
あかるは一瞬、剣の刃が折れたらどうしよう、とためらった。しかし、剣の力を信じることにした。これまでもずっと、剣の力を信じてきたのだから。あかるは柄にすべての力を込めて、剣を岩に突き刺した。
「刺さった!」
「あとはそれを引いてみろ。」ヲロチも岩を見つめなが言った。
だが今度はそう簡単に岩から剣を引き抜くことができない。
「無理だ、いくら力を込めても引っ張れない。」
 あかるが剣の柄をぐぐぐっと、岩から引っ張りながら言った。
「それはおまえが身体の表面だけの力を使っているからだ。さっきそれを突き刺したときと同じように、おまえをこれまで助けてきた剣の力を信じろ。剣にも心があるのだ。」
あかるはみんなを、大好きなこの世界を救いたいという純粋な思いを手の内にある柄に込めた。
そしてあかるはついに剣を岩から引き抜いた。
―ゴゴゴゴゴゴゴ
地響きがする。岩も地面も大地全体が揺れている。
「地震だわ!」
土蜘蛛を射続けていた美夜子が叫んだ。
ヲロチが天を見上げている。そのままあかるに向かって、
「地震ではない。お前があれを動かしたのだ。」と言った。
太陽が一瞬大きくなったような気がしたが、次は黒い月の陰が太陽のその姿を隠した。日食の光が完全な金環食をつくった。暗くなった空に流星がいくつも流れている。
「流れ星!」
 あかるが頭上の流星を仰ぎ見た。

巨大な岩屋戸の岩が、あかるが引き抜いた場所からだんだんと地面に向かって崩れ落ちた。
―ガラガラガラガラ
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵