小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

太陽の東と月の西

INDEX|19ページ/25ページ|

次のページ前のページ
 

あらかじめ打ち合わせたとおり美夜子が先に舞台に上がり、あかるがそのあとに付いて舞台の中央に進んでいった。
「なるほど、これはたいへん美しい若者だ。」
男装した美夜子の姿を見て、百舌鳥の女王がそれを褒める声が、あかるたちの耳にも聞こえた。
歌いながら弓の舞を始める美夜子。手に持つ弓は銀色に輝く月弦の長弓である。その場に居合わせたすべての人が、その美しさに息をのんだ。それほど満月の明かりに照らされた美夜子は美しかった。
美夜子が歌を歌い、続いて舞台にあがったあかるが、金環食の剣を鞘から抜いて剣の舞を舞い始める。

月の鏡よ
世界を映す
月の鏡よ
私が歌を歌うから
その光を照らせ
太陽の子を照らせ
月の子を照らせ
世をすみずみにまで照らせ

「……なんと美しい歌声だろう。このように美しい歌はこれまで一度も聴いたことがない。」
百舌鳥の女王が王座に座ったまま身を乗り出し、つぶやいた。周りの大臣や将軍さらに白鶴の村の楽団にいた村人も放心したようにふたりの舞を見ていた。
あかるの舞は白鶴の指導のおかげでなかなかの舞になっていたが、美夜子の舞は言葉にできない優雅さと気品に溢れていた。見る者の心を完全にとらえて離さない舞だった。
しばらくすると、急にあたりが影ってきた。居並ぶ女王の臣下のうち、気がついたものから宴の席がざわめき始めた。影が濃くなるにつれて、騒ぎはさらに大きくなっていった。
「おお、月を見よ!月がみるみるうちに欠けていく。」
「あれは……月食だ!」
確かに満月がみるみるうちに月食を開始していたのだった。突然始まった月食に宴の席は騒然となった。百舌鳥の女王も事態の異常さに気づいたようだった。
百舌鳥の女王があかると美夜子を指さし、
「あれは只者ではない!あのものたちを誰か早く捕らえよ!」
と、大声で命令した。女王の警護の兵士たちが武器をとると、いっせいにふたりを襲い始めた。
 あかると美夜子はすぐに兵士たちをはねのけ、舞台から降りて中庭の中央まで来た。ヤタとぬばたまもふたりを守るように兵の前に立ちはだかった。
白鶴と白鹿が楽器を地面に置き、あかる達のそばまで走ってやって来た。白鹿はあかるのそばで白い鹿に変身した。長い角、純白の毛に包まれた体にすらりとした脚の美しく大きな鹿だった。
「あかる様、どうぞ私の背中に乗ってください。私の先祖は日神子様の従者だったのです。私は空高く飛び上がることができます。」
「ありがとう!」
あかるは変身した白鹿にまたがると、前をふさぐ兵士の頭上を飛び越えて、百舌鳥の女王のもとまでひとっ飛びに跳んだ。
百舌鳥の女王は従者から受け取った二本の剣を両手に持つと、あかるに斬りつけた。あかるも鞘から金環食の剣を引き抜き、百舌鳥の女王の剣を受け止めそれを跳ね除けた。百舌鳥の女王が空中に飛べば、白鹿もあかるを乗せて高く跳びあがった。あかると百舌鳥の女王と一騎打ちとなった。

宴にいた多くの兵士や将軍と、敵味方入り乱れての戦いとなった。一方、白鶴に守られていた美夜子が長弓を手にある決意を固めた。
「私も戦うわ!」
美夜子は銀色の弓に、自分の姿を映し出した。目を閉じて、闇の向こうまで意識を飛ばし、自分が今、最も必要としている人間の気配を探した。
―ヲロチ
鏡の中から誰かの声が聞こえる気がした。
―そうだ、美夜子。私の名を呼ぶのだ。眠るおまえの魂の底から。
美夜子の身体が銀色に包まれ始めた。夜空に浮かぶ満月の光を集めたような光だった。
「美夜子!」
背後から射す強い光で、あかるは美夜子が神がかりさせたことに気がついた。竜巻が起こり光と合わさって誰もが一瞬目を開けられなくなった。
風と光が収まると、美夜子の髪の色が、ヲロチと同じ輝く銀色に変わっていた。顔をあげた美夜子の瞳が、炎を燃やすように真っ赤に燃えていた。

「はははははは!」
美夜子が大声で笑った。だがその声は、美夜子のものではなく、ヲロチのものだった。
「あれはヲロチだ!」
あかるはヲロチの精神が美夜子を上回っていることにすぐに気がついた。
「しまった、ヲロチ様が美也子様の意識を完全に封じてしまったのだ!」
ヤタも美夜子の姿を見て、神がかりの失敗に気がついた。
「ヤタ、どうしたらいい?」
「とにかくあの美夜子様をどこかへ逃がしてはなりません。」
ヤタがあかるに指示した。
「何をやっているのだ。早くあの者たちを殺せ!」
百舌鳥の女王が兵士たちに命令する。
「死ぬのはおまえたちだ!」
美夜子が真っ赤な瞳を燃えるように輝かせ、長弓を持ち直し矢を放った。神がかりした美夜子の放った矢が、百舌鳥の女王がかぶった仮面の額に、まっすぐに命中した。
「ぎゃあああぁあぁぁ!」
仮面は刺さった部分からひび割れ、地面に落ちた。百舌鳥の女王の身長が、みるみる小さくなった。見ると、その姿はまだ幼い子どもだった。
百舌鳥の女王の正体は、実はその弟のイナバと同じくらいの幼い少女だったのだ。
あかるが百舌鳥の女王の正体を知って驚き、
「百舌鳥も子どもだったんだ!」
と、大声で言った。
さらに美夜子は、子どもに戻った百舌鳥に向かって矢を放った。百舌鳥の女王の周りにいた兵が、女王をかばってその前に出た。月弦弓の矢が十数人の兵士を一気に貫いた。地面に倒れた兵士から流れた血で、あたりが真っ赤に染まった。
しかし美夜子は動じることなく、なおも百舌鳥の女王に向かって矢を放った。その矢を、白鹿に乗って百舌鳥のまえに飛び出してきたあかるの剣が振り払った。
「美夜子!」
「残念だがその名前の娘は、もうこの世にいない!」
前に立ちはだかったあかるに真っ赤な瞳をした美夜子がにやりと笑った。
「ついにおまえと決着をつけられる日が来たな!この日を待っていたぞ!」
「美夜子を解放して、ヲロチ!」
美夜子の矢があかるに向かって放たれた。あかるが剣で跳ね返すと矢は宮殿の壁に突き刺さり、ガラスの壁を粉々に砕いた。
あかるが白鹿から飛び降りて美夜子の懐深くまで入り込み、腕を押さえた。しかしその腕は恐ろしいほど強い力で払いのけられた。二人が戦うにつれ、中庭の周りを囲んでいた宮殿は崩壊し始め、その中を百舌鳥の従者や兵士が逃げまどっていた。
「おまえの鏡を奪い、今度こそ私がこの世界を支配するのだ!」
 空中を飛びながら美夜子は目にも止まらぬ早業で次々と矢を射った。あかるがそれを避けながらなんとか美夜子に近づこうとする。
あかるの美夜子に対する遠慮が次第に無くなっていった。だがヲロチの力が加わっている美夜子のほうが、やがてあかるを圧倒し始めていた。
「このままではあかる様が負かされてしまう。」
 ふたりの勝負を見守っていたヤタが、あかるの危機を感じ始めていた。
 美夜子はあかるの隙をついて、わざとあかるが乗っている白鹿に集中的に矢を射った。白鹿を守ろうとしたあかるの身体がバランスを崩し、美夜子の放った矢がついにあかるをとらえた。
「あかる様!」
ヤタがあかるの前に飛び出し、あかるをかばって美夜子の矢を受けた。
「ヤタ!」
 美夜子の矢が深々とヤタの身体を貫く。ヤタが身にまとっている黒い羽根がふたりの目の前に飛び散った。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵