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太陽の東と月の西

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あかるは心の中でヲロチの名前を呼んだ。
するとヲロチの身体が銀色に発光し始め、その光はみるみる空に昇っていき、銀色に輝く巨大な八頭八尾の大蛇の姿になった。その銀色に輝く大蛇は、次にキラキラと輝く細かな光のかけらとなって、あかるの身体にいちもくさんに流れ込んでいった。
「だめよ!あかる!」
ふたりの様子から事態の異変に気づいた美夜子が、被された網のなかから悲鳴をあげるように叫んだ。
空がだんだんと暗くなる。あたりの様子が突然変化したことに、兵士たちやイナバも気がついた。
「なんだ?何故空が急に暗くなったのだ。」
暗くなった原因に気づいたぬばたまが、空を指さし思わず声を上げた。
「見て!太陽が……太陽が欠けていく!」
それは空に輝いているはずの太陽が、日食を起こしたからだった。
次の瞬間、光に包まれたあかるの身体から強い竜巻のような風が吹いて、周りを取り囲んでいた多くの騎馬兵が乗っていた馬もろごと遠くに吹き飛ばされた。
風と光が静まり、あかるの姿が見えた。あかるはかすかな金色の光を身体から発しながら、竜巻の目のなかに立っていた。あかるの髪の毛も金色に変化していた。ゆっくりと開いたあかるの眼の色が、真っ赤に染まっている。
あかるが金環食の剣をイナバに向かってかまえた。その剣をあかるがひと振りすると、地面に亀裂が縦横に走り、美夜子が捉えられている場所を除くすべての地面が円く大きく陥没した。吹き飛ばされなかった騎馬兵の多くがあかるのつくった大きな穴の中に馬ごと落ちた。
「そんな馬鹿な!」
 イナバが目の前に起こった事態が信じられないというふうに叫んだ。
「あれは?」
と、ぬばたまがヤタに問う。
「あかる様が神がかりしたのです。自らヲロチ様を憑依させたのだ。今はあかる様の身体に、ヲロチ様の精神と力が降りている。」
と、ヤタが答えた。
「しかしあかる様がヲロチ様を抑えきっているのかどうかまでは今はわからない。」
 ヤタはまだ不安そうな表情であかるを見た。
ヲロチを憑依させたあかるは、イナバの姿を認めると空高く飛び上がり、あっという間に背後に回った。そしてイナバが気づくとすでに、自分の首にあかるの剣の刃が当てられていた。
「そのあの娘を放せ!」
「くっ!」
イナバはあっという間の出来事に何の抵抗もできなかった。
「よかった、あの意識はあかる様のものだ。あかる様の精神がヲロチ様の精神を抑えたのだ。」
 ヤタがようやくほっとした表情であかるを見た。
イナバが白い猪だった男に視線をむけた。
「仕方ない。返してやれ。」
と、悔しそうな顔をしたイナバが手を払い、合図した。白い猪から人間に変身した兵士も歯軋りしたが、網を取り払って、美夜子の身体を開放した。
「娘一人に、こんな馬鹿なことがあるのか。我らの軍団は最強なはずだった。」
 あかるの剣から開放されたイナバのもとに白い猪だった男が駆け寄った。
「ここはいったん、全員引くしかない」
やがて騎馬兵と猪の大群もぞろぞろと引き上げ始めた。

イナバと騎馬兵たちの姿が遠くなると、あかるが地面に倒れこんだ。
「あかる!」
開放された美夜子やヤタが、あかるのもとへ駆け寄る。
あかるの身体が再び発光し、その光があかるの外へ移動すると、人間の形にかたどられた。それはもとの通りヲロチの姿に戻った。あかるが目を覚まして、美夜  子を見た。
「美夜子、無事だった?」
「大丈夫よ、あかる。」
美夜子がうっすらと涙を浮かべていた。そんな美夜子を見てあかるが微笑んだ。あかるは変わった様子もなく元気に立ち上がった。そしてヲロチを見たが、ヲロチは黙ってどこかへ去って行った。
「ヤタ様。」
ぬばたまが口を開いた。
「先ほどは私の一時的な感情のせいで、あの娘を危険にさらしてしまいました。」
ぬばたまがヤタに深く頭を垂れた。
「全員無事であったのだからもうよいのだ。」
ヤタは美夜子を猪の大群のなかに置き去りにしたぬばたまを、責めるつもりはないようだった。しかし美夜子はいまだにぬばたまを許せない様子で、わざと目を合わせず距離を置いているようだった。

一行は再び歩き始めた。
しばらく行くと、遠くに家らしき建物がぽつりぽつり見え始め、やがて柵に囲まれた集落のようなものが見えた。
「あれが、耳木菟の翁様が言っていた歌舞の村です。これからあそこで舞を習います。」
「でもあの村の人たち協力してくれるかしら?」
美夜子が心配そうな顔でたずねる。
「耳木菟様の名前を出せば、協力してくれると思います。表向きは百舌鳥の一族に従っていますが、もとは誇り高い一族です。」
と、ヤタは言った。
一行は、村のまえに着いた。村は小さな村だったが、高い柵に何重にも囲まれていた。村の入り口には門があり、門番がふたり、両側に立って警護をしているようだった。
「村の長である白鶴に会いたい。眠れる森の耳木菟の翁にここえ来るよう教えられた者だと伝えてほしい。」
ヤタが言うのを聞くと、門番たちは四人をじろじろと観察し、ひとりが村のなかに入って行った。
しばらくすると数人の村人を引き連れて白い服を着た若い女が出てきた。女は色白で黒目がちな美人だった。白い花のようにどこか可憐な雰囲気をもっていた。
「私がこの村の女の長、白鶴です。」
 ヤタは女に深くお辞儀をすると、
「私たちは旅の者です。眠れる森の耳木菟の翁に教わってこの村に伝わる剣の舞と弓の舞を習いにきたのです。」
と言った。
「耳木菟の翁があなた方をここに使わされたのなら、何か深い事情があるのでしょう。どうぞ村にお入りください。」
一行は白鶴に連れられて、村の中で一番奥にある家に案内された。近くに白鶴の住む大きな家があった。あかるたちがしばらく住むことになったその家は、白鶴の屋敷のひとつであるようだった。
白鶴は村の長であり、村で一番の舞手でもあるようだった。白鶴はふたたびヤタから事情を聞き、剣の舞と弓の舞をふたりに教えることを快諾した。
「剣の舞を習うことが、どうして剣を使うことの訓練になるの?」
あかるが不思議そうにヤタにたずねた。
「ただ舞を教わるだけではなく、舞に秘められた剣や弓の本質と精神を学ぶのです。」と、ヤタは答えた。

こうして、ふたりはさっそく白鶴から剣の踊りを習うことになった。白鶴はふたりを大きな平たい石がある場所へ連れて行った。
「ここは石舞台と呼ぶところです。この場所には聖なる力が宿っています。まず私が踊りますので、ご覧ください。」
 白鶴は剣の舞と弓の舞をそれぞれ踊った。その舞を舞う姿は優雅で息をのむほど美しかった。白鶴が腕を動かすたびに、白い服のすそが春風に舞うように揺れた。美夜子は食い入るように白鶴の舞を見ていた。
習い始めると、あかるは今度はかなり苦戦しているようだった。
「舞って、実際に剣を持って戦うより難しいね。」
あかるはなかなか舞の振り付けが憶えられず、所作も立ち振る舞いもあまりにたどたどしく踊るので、白鶴がつきっきりで教えることになった。
一方、もともと日本舞踊を習っている美夜子は、白鶴の弓の舞いをなんなくマスターした。すぐに白鶴の指導なしでもひとりで踊れるようになった。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵