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太陽の東と月の西

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「さよう、今やこの世界は滅亡の危機に瀕している。一刻の猶予も無い。ただし、今すぐもっと強い力を手に入れる方法が、まだ一つ残っている。それは前世の日神子様もついにできなかったことじゃ。」

「おまえたちふたりが、私を神がかりさせることだ。」
耳木菟よりも先に言葉を発したのは、ヲロチだった。全員がヲロチの方向を振り向く。
「かみがかり?」
「ヲロチ様を憑依させるということです。成功すれば、ほぼ無敵でしょう。」
と、ヤタがふたりに言った。
「憑依って、そんなこと無理だわ。」
「お前たちはまだ力をつけていない。今私を神がかりさせれば、二倍の力を持つことができ、力不足を補える。」
ヲロチが、あかると美夜子を交互に見ながら言った。
「危険だわ。こいつは絶対に信用できない!あいつに完全にのっとられたら、どうするの!」
美夜子が敵意を隠すことなくヲロチを睨めつける。
「さすがにするどいな。」
ヲロチが楽しそうに美夜子に言った。
「もしその選択をするのなら、おふたりが心の強さを維持する必要があります。美也子様の言うとおり、乗っ取られてしまう危険性があるのです。乗っ取られた場合、ヲロチ様は体と力を得ることができる。そうなった場合、もしかしたらヲロチ様はふたたび天に叛旗を翻すかもしれません。」
ヤタがちらりと横目でヲロチを見た。
それまでこのやり取りを黙って聞いていたあかるが、口を開いた。
「本当に強くなれるのなら、私はどんな手段も選ばない。」
「あかる!」
美夜子が眉をしかめて、あかるを見た。
「これは今すぐの話ではなく、このさき万が一になった場合の手段じゃ。今日はだいぶ時間が経っている。もう休むがいい。」
 耳木菟がふたりを小屋に帰した。
小屋の前まで戻ってきたふたりは、まだヲロチを憑依させるかどうかで話し合っていた。
「本気なの?どうして?あいつに体のっとられたら、どうするの?」
「・・・ヲロチが大蛇になったときも、私は何故かヲロチが本気で私たちを食べるような気がしなかったの。」
「あかるは、もともとあいつにたぶらかされているんだから!私は絶対にだまされない!」

そんなふたりの様子を遠くの木陰から、そっと見ている影があった。そこには、密かに笑みをもらすヲロチの姿があった。ふたりの仲を引き裂こうとすることもヲロチの作戦の一つだと、ふたりはまだ気づいていなかった。
 
小屋に戻ると修行で疲れていたあかるはすぐに寝てしまった。美夜子はあかるに対する怒りで眠れそうに無かった。なぜ自分がこんなに腹を立てているのか、自分自身でもよくわからなかった。
森の小道をしばらく歩いていくと、美夜子の視線の先にヤタが立っていた。ヤタは夜空を眺めていた。夜の森にきてから、それが眠る前のヤタの習慣なのだと、美夜子は前から気がついていた。
「ヤタは、いつも星を見ているのね。」
「美夜子様。」
美夜子が近づくと、ヤタは美夜子の足元を気にしながら、微かに微笑んで美夜子を見た。
「これが私の仕事のひとつだからです。」
「未来を少しだけ予兆することができます。」
「本当に?」
「私に分かるのは少しだけですが。昔ふくろう様のもとで修行していた頃に、星を読む方法を教えていただいたのです。星を読み、行く先を決めるのも道先案内人の仕事ですから。」
美夜子がヤタの隣りに腰掛け、自分も星を見つめた。

「美夜子様はずいぶんと目がよくなりましたね。私がカラスの姿になって遠くから戻ってくるときも、だいぶ離れたところでもすぐ見つけられるようになりました。」
「わかるの?」
「はい。」
美夜子は再び夜空を見た。
「私は昔から、星を眺めることが好きなの。あかるは、雲や風や、太陽や月も好きだけれど、でも私はなによりいちばん星が一番好きなの。」
「それでいいのです。あかる様はあかる様、あなたはあなただ。」
美夜子はヤタを見た。ヤタには自分の気持ちを全部見透かされている気がした。それと同時に、自分自身のいらだちやとまどいをヤタに理解してもらえている喜びを感じていた。

目が覚めた次の日、ぬばたまが青ざめた顔で耳木菟のもとへやってきた。
「耳木菟様!森の小川の水の量がずいぶんと減っています。」
報告を聞いて、一行は急いで小川に来た。
「たしかに水の量がだいぶ減っているわ。」
この川で、たびたび水晶を集めてきた美夜子が言った。
「ついに根の国の影響がここまで来てしまったのだ。」
と、耳木菟の翁が言った。ヤタも、
「私たちはいつまでもここにいるわけにはいかない。」
と他の三人を見て言った。ついに彼らは眠れる森から出発することになった。

耳木菟の翁と別れの時が来た。
「この森を抜けたら、まずは古くより歌舞を伝える村に行くがいい。」
「はい。」
「根の国の入り口を守る百舌鳥の女王の力は強大だ。さらに根の国の入り口にある岩屋戸を守る土蜘蛛は、彼らよりもっと強いだろう。姫様たちも、まだ少し修行が必要だ。」
と、耳木菟はヤタにこれからの戦いについて予言した。
「その歌舞の村に白鶴という名の舞の名手がいる。その者に剣と弓の舞を習うがいい。ただの舞ではない。そのなかに神々の記憶が伝えられている。金環食の剣と月弦の弓の本当の使い方を知ることになるだろう。」
耳木菟がそばに立つぬばたまを振り返る。
「ぬばたま、共に行って、ヤタを助けよ。この千年修行してきた成果を、この世界を救うために役立てる日が来たのだ。」
「はい。耳木菟様。務めを立派に果たして、またこの森に帰ってきます。」
ぬばたまがしっかりとうなずいてふくろう翁に答えた。
「ヤタよ、私のところで学んだことを、しっかりとその務めを果たすことで生かすのじゃぞ。」
「わかりました。耳木菟様。これまで私を霊鳥として育ててくださったことに感謝します。」
最後に耳木菟はあかるたちに向いた。
「あかる様。美夜子様。生きているあいだにもう一度、こうして太陽の神の娘に会うことができて、わしは本当に幸せじゃった。天からの尊い使命を果たされよ。」
そう言ってふたりの肩に一度ずつ乗った。

耳木菟は森で一番高い樹のてっぺんにとまって、いつまでもみなの姿を見送っていた。眠れる森にいるあいだに、視力が驚異的によくなった美夜子は、歩きながら何度も振り返ってその姿を見た。しかしやがて、その姿も見えなくなった。
空が、白々と開けていく。
「朝だ!」
あかるが叫んだ。
「ほんとう、何日ぶりの朝かしら。」
ひさしぶりに見る太陽の光は、誰の目にもまぶしかった。
「朝日が一番気持ちいいね!」
久しぶりの日光を浴びて、あかるが本当に気持ちよさそうな顔で言った。

森のなかには、朝日が木漏れ日をいくつもつくっていた。そのなかに続く一本の道を一行は先へ先へと歩いてゆく。
「この森の樹は、以前よりももっと枯れかかってきている。」
あかるが樹の幹に手をあてて言った。
「この国でも、ずっと雨が降っていないのだ。こんなことは初めてだ。」
ぬばたまがけわしい顔つきで言った。
「あなたがたの世界とこの世界は、力のバランスでよく似ているのです。」
 ヤタがあかるに言った。

 しばらくと行くと、最初に来た頃と同じような平原に出た。
作品名:太陽の東と月の西 作家名:楽恵