太陽の東と月の西
小屋のようなところへ案内された。大きな丸太を組んで作られた小屋で、なかも清潔でこざっぱりしている。白い布をかぶせた、ふたつ分のベッドがあり、そこに座った。
「疲れたわ。もう、うちに帰りたい。」
美夜子はベッドを見るとすぐに倒れこみ横になった。
「ログハウスに来たみたいだね!」
あかるは小屋の中を面白そうに見回して言った。
「・・・あかるはどんな状況でも楽しめる性格でいいわね。これから私たち、どうなることやら。」
美夜子はぐったりと横になったまま、小屋のなかを楽しそうに見て回るあかるを眺めていた。
ふたりは目覚めてから、さっそく耳木菟に呼ばれた。目覚めたといっても、この森は夜だけが永遠に続いている森なので、たいまつが煌々と焚かれている広場のようなところへ来た。
「あかる様、美夜子様、今日より、おふたりの修行を始めます。まず、私がおふたりにその剣と弓の本来の使い方を教えよう。それは、普通の剣や弓とは威力があまりにも違うものじゃからのう。」
「私は普通の弓さえひいたことが無いのよ。」
美夜子が眉を額のまんなかに寄せて、耳木菟の翁に言った。
「今のおふたりが覚えていなくとも、魂は前世の戦いの経験をはっきりと覚えておる。魂に記憶されていることは、肉体が生まれ変わろうとも、そう簡単に忘れ去られるものではない。この森で修行を始めれば、すぐに思い出すじゃろ。」
「へー、そういうものかな。」
「私は見てるから、あかるから先に習いなさいよ。」
「うん、教えて!フクロウのおじいさん。」
あかるが素直にうなずいた。あかるのほうは相変わらず興味津々であるが、美夜子はうんざりといった顔である。
「あかる様の剣は、太陽と月を以ってして万物を動かすことができる、まさしく世界を支配できる剣です。よほどの力を持つ神でも、金環食の剣を操ることは難しいと聞いたことがあります。先ほどの虫との戦のように気軽に扱うことができるのは、あかる様が日神子様の生まれ変わりだからに他なりません。」
あかるはまず剣の基本的な扱い方を教わり始めた。あかるは金環食の剣を使って、斬る、貫き通すといった基本的な動作を教わった。あかるはまるで天性の剣士としての才能があるように、すぐにこれらのことをマスターした。
休憩のとき、あかるはこの旅が始まった頃より気になっていたことを耳木菟の翁にたずねた。
「耳木菟は、前世の私たちを知っているの?」
「もちろん、よく知っていますとも。あれからずいぶんと長い時間が過ぎました。今では伝説となったあなた様のことを、実際に覚えているものは長寿の力を持ったわずかな者しかおりません。私はそのひとりです。」
「私と美夜子は、前世ではひとりの人間だって、鏡の神様がそう言っていたわ。私たちは、日神子という名前の一人の女神だったって。」
「そうです。もとは一人の女神でした。」
「それと、前世の私たちはヲロチとどういう関係だったの?」
「ヲロチ様の父上である月神様は、天の高原の大御神様の弟にあたられるので、ヲロチ様はあなたがたのいとこにあたるのです。」
あかるは耳木菟の翁の大きな目を見つめながら、
「それでヲロチに初めて会ったとき、とても懐かしい感じがしたんだ。」
と呟いた。
耳木菟の翁はあかるに剣の手ほどきをひととおり教え終わると、ヤタをあかるのもとに呼んできた。
「あかる様は飲み込みがとても早い。もうわしから直接教えることがほとんどないようじゃ。ヤタもまた剣の名手。これからはヤタを相手に修行をお積みください。」
と、耳木菟の翁は言った。
次に耳木菟が、あかるが修行するのを座って眺めていた美夜子のところへ飛んで来た。
「美夜子様がこの森でまず始めることは、まずあの夜空の星を見続けることじゃ。」
「あの星を見る?」
「そうじゃ。美夜子様がまず最初にやるべきことは、ただそれだけじゃ。」
「星を見るだけでいいの?」
「これは弓使いにとってとても大切な修行です。ましてや美夜子様はただの弓使いではありません。星から多くのことを学ぶはずです。」
美夜子は永遠に続くこの森の夜空を見た。生まれ育った町よりも、多くの星が空に瞬いていた。
こうして、二人はそれぞれ眠りの森で修行を始めることになった。
次の日も、あかるはヤタを相手に剣の修行を始めた。
「親しめば親しむほど、剣は体の一部になります。」
ヤタが剣を払うと、まるで風が吹くような音がした。
「私の剣が起こす風は、触れた相手の身を切ることができます。気をつけてください。」
「どうすれば防ぐことができるの?」
「相手の動きを、相手が動く前に、読んでいくのです。」
あかるは見よう見まねで、ヤタの動きを学び始めた。
あかるはあっという間に上達していった。1日の終わりには、あかるの剣がヤタの剣を弾き飛ばした。
次の日、ヤタはぬばたまを招き、今度はぬばたまとヤタと二人がかりで相手になった。
「私たちはこの森で千年以上修行を積んでいるんですよ。あかるさんにいくら才能があっても、二人がかりを相手にするのは無理だわ。」
と、ぬばたまが言った。しかしあかるは、
「やってみなくっちゃ、わからないよ!」
と、不敵な笑みを浮かべた。そんな自信に満ち溢れたあかるの顔を見て、ぬばたまは驚いた。そしてあかるの底知れない強さに、すっかり魅せられている自分に気がついた。
そんなあかると対照的に、美夜子は毎日ただぼんやりと星を眺めているだけだった。
その姿を見たぬばたまが、いぶかしげな顔をして耳木菟にたずねた。
「翁さま。あの娘はただの人間ではないですか。天の太陽の神様は、何故あのように非力な娘に、弓を授けたのでしょうか?」
「あの二人こそ、昔も今も天の大御神様が希望を託した唯一の娘じゃ。今におまえもわかるじゃろう。」
「もはや、私たちでは今のあかる様の相手にはなれません。」
あっという間に強くなったあかるの剣の相手のことで、ヤタは耳木菟に相談した。
「ヲロチ様に頼むのが一番よいじゃろう。」
松明を灯した耳木菟翁とヤタはあかると美夜子を連れて、ヲロチのところへ行き、あかるの剣の相手になってくれるように頼んだ。森に来てから、ヲロチは森の中で一番大きな木の下で、毎日座禅を組んだまま瞑想を続けていたのだった。
「ヲロチ様、ふたりに剣と弓の扱い方を教えていただけないでしょうか?」
「ええー?この大蛇の化け物に戦い方を習うの?こいつは私たちにとり憑くこうと狙っているのよ!」
美夜子の抗議に対してヤタが、
「その剣と弓はただの剣と弓ではありません。神の中でも位の高い神だけが操ることのできる剣と弓です。その剣と弓だけで、太陽を動かし、月を満ち欠けさせることができるほど、とても大きな力をもつ存在なのです。このような大きな力をもつ剣と弓は、私のような普通の者では、触れることすらできないのです。」
と、言った。
「ふーん、そうなんだ!」
あかるがあらためて不思議そうに自分の手の中の剣を見た。
「ヤタが触れることもできない剣と弓を、どうして大蛇の化け物が扱うことができるっていうの?」
美夜子がまだ不服であると言いたげに、両腕を腰においてヤタにたずねる。
「それはヲロチ様が、あなた方ふたりと同じほど大きな力を持っているからです。」