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シャングリラの夢:前

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 巡礼者は、世界各地の教会を巡る。その目的は、『理想郷』へと至ることだ。
 理想郷。あまねくすべての人間が招かれるという、黄金の郷。神のおわす、世界の果て。少女の父も母も兄も、祖父も祖母も友人も、知っている人はみんなみんな、そこに招かれた。
 ――少女一人だけを、残して。
 少女だけが理想郷へと招かれない、召されない。周りの皆が理想郷へと旅立って幾年経とうとも、少女だけが。だから少女は、聖典に従い、巡礼者となったのだ。
 巡礼者は教会へ赴き、そこでまず『迎杯の儀』を行う。赤き血を七滴、杯へと落として、神父がそこに聖水を混ぜ合わせる。そして、それを神が飲み干してなくなるまでの間、巡礼者は教会で神のために働くのだ。
 例えば、ミサで聖典を読み上げたりであるとか。教会に来た信者の人々にパンを配ったりであるとか。果ては神父への奉仕であったりだとか――まあこれは職権乱用ではあるが、巡礼者に拒む権利はない。巡礼者は理想郷を目指す限り、教会にいなければいけないのだがら。杯が尽きるまで。
 そして杯から赤い水がきれいになくなれば、巡礼者は教会を出て、次の教会へと向かう。それを繰り返し、繰り返し、繰り返して。神に祈りを捧げ、歩き続ける。
 いつかは――、自らも理想郷へと至れるように。

作品名:シャングリラの夢:前 作家名:故蝶