雪と真珠
ウサギの姿は日のあたらないこの一角でとても目立ちました。
ぴょこぴょこと自分の横を跳ねて横に広がる木の根を飛び越えて進む姿を見ながら周りを気にしました。
自分がこの暗い一角でこれほどはっきりとウサギの姿が見えている以上他の狼、特に目が良いと言われている灰色の毛を持つ狼にはすぐに見つかってしまうと思いました。
しかし狼は友達といってしまった以上守らなければと決心していました。
やがて狼の住処に着きました。
「着いたよ」
狼はウサギに言いました。
狼の住処は太い木の根元にあいた穴でした。そして木の横には大きな岩がありました。
「汚いけれど中で少し待っていてくれるかい」
そう言うと狼は岩を登って木に上がり少し木を揺さぶります。
すると折れかかっていた小さな枝や落ちかけていた葉がはらはらと落ちていきました。
何回か試していると細いひかりが岩の上に筋となって降りました。
狼は木を下りて住処で待っているウサギに声をかけました。
「これで周りははっきり見えるかい?」
するとウサギの白い耳が穴から出てきて全身が出てきます。
「はっきりと見えるわ、ありがとう」
「どういたしまして」
そう言うと岩からも降りて狼は住処に入りました。
「貴方のおうち綺麗ね」
先に戻っていたウサギは後から戻ってきた狼に言います。
「汚いのは誰だって嫌だよ」
「確かにそうだけどね」
うふふと初めて狼の住処で笑い声がしました。
狼も釣られて笑ってしまいました。
「ところで、貴方の名前はなんと言うの?」
ウサギはくすくす笑いが収まると狼に聞きました。
すると狼は悲しい気分になりました。
「僕には名前は無いんだよ」
ウサギは狼の悲しい様子を気にしないで「だったら私が付けてあげるわ!」と明るい声で言いました。
「本当かい?」
狼は我が耳を疑いました。
「本当よ、なんていう名前がいいかしら」
「名前を付けてくれるなら何でもいいよ!」
狼は気分が高揚するのが分かりました。
自分の欲しかったものが手に入るのです。今まで夢に見ていたことでした。
狼は今まで名前が欲しくても自分で名乗らなかったのには理由がありました。
それは名前は『付けてもらう』ものだという信念があったからでした。
狼はそれを友達に付けてもらおうと思っていたのです。
だから例え変な名前でも友達が付けてくれたなら快く受け取り名乗ろうと決めていました。
「そうね……そうだわ!」
ほほに前足を当てて悩んでいたウサギは何か思いついたように狼に向き直りました。
「貴方の耳に付けた白いお花がすごく貴方の黒い毛に合っていたの。それで沢山想像してみたのよ。そう、貴方には雪の白がとても似合うと思うわ・・・・・・だからスノウってどうかしら?」
スノウかあ……とウサギの付けてくれた名前を頭の中で言いなおします。
たしかに自分の黒い毛は白雪ですごく目立つなあと納得してしまいます。
「私っておかしいわね。普通は雪みたいに白い子に付けるのに……」
「そんなことないよ! 僕はとてもいいと思う」
「本当?」
「本当さ! 僕の名前はスノウか……いい名前だ!」
狼はこれからやってくる雪の季節がとても楽しみになりました。
更に、雪の季節になったら沢山外を走ってこの一角の外も走ろうと心に決めました。
「私にも名前を付けてくれる?」
浮かれ気分になっているスノウにウサギは言います。
スノウは浮かれ気分から真剣な表情になりました。
今までスノウは付けてもらうことを望み夢見ていましたがまさか『付けて』と言われることになるとは思いませんでした。
「君には名前はないのかい?」
スノウは聞くとウサギは「忘れちゃったわ」と言います。
そういえばウサギは自分がなんだったのか忘れていたのを思い出しました。
「どういう名前がいいかな?」
「そうね……貴方が今までに見た一番綺麗な物の名前がいいわ」
「綺麗なものかあ」
スノウは記憶の抽斗を漁りました。
そして一つとても印象に残っている事を思い出しました。
それは時折話し相手になってくれる梟と月を偶然一緒に見たときのことでした。
スノウは月がとても綺麗だと言うと梟は夜に浮かぶ月のように綺麗な物を昔見たことがあると言うのです。
梟が昔この森の端まで飛んだとき一粒の綺麗な玉を見たのです。
見とれていると一緒にいた仲間がそれはパールという宝石だと言いました。
それ以来月を見ると梟は自然とそのとき見たパールを思い出す、と梟はスノウに語りました。
その話を聞いたとき本物のパールという物を見てみたいと思ったのでした。
「何か言い名前思いついた?」
ウサギは眉間に皺を寄せて悩むスノウに伺います。
「……パールなんてどうかな?」
「パールって?」
「月みたいに綺麗な玉なんだ」
「初めて知ったわ! それに可愛い名前ね」
ウサギはパールという名前を気に入ったようでスノウは少し安心したのでした。
「私はパール、パールって言うのよ! 貴方の名前は?」
「僕はスノウだよ! 君の名前は?」
二人で互いに付けた名前を呼び合うとスノウは幸せを感じました。
しかし、スノウは心から笑うことができないでいました。