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As for one  ~ Wish番外編① ~

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 クスクスと笑いながら、ギターを航に手渡す青年。
 ペコリと頭を下げる航に、
「頑張れよ!」
 と手を振り、青年は部屋を後にした。


 翌日。
 恋人の病室より先に、航の所へ青年がやってきた。
「上に行く前に、渡そと思て……」
 ガサゴソと手に提げた袋からスケッチブックとクレヨンを取り出し、航に手渡す。
「手帳より書きやすいと思うねんけどな」
 確かに、柔らかい表紙の手帳より、硬い表紙のスケッチブックの方が表紙が土台代わりになるから書きやすい。
「ペンやと蓋が大変やろと思てな……。鉛筆もあれで結構力がいるさかい、力を使わんでええように、クレヨンや」
 これやと削らんでもええやん? と微笑む。ベッドの航が、早速クレヨンを手に取り、書こうとする、が……。思うように指先が動かず、表紙がめくれない。慌てて青年が手を貸す。
 スケッチブックを大きく開き、見開きのページを使って航がクレヨンを動かす。
『ありがとう』
 ゆっくりと書かれた大きな文字に、
「どういたしまして」
 青年が航の頭を撫でた。
「今日はこれからリハビリか?」
 青年の問いに航が首を振る。
「終わったんか?」
 今度は頷く。
「ほな、これからギターの練習やな」
 航が再び頷き、青年がベッドの脇のギターを航に手渡した。
「指先を動かすんは脳にも刺激が行くよって、ええ事やって言うたはったな……」
『だれが?』
 ギターを膝の上に置いて、航が書く。
「医師(せんせい)」
 ふーん……と航。
「一応、これを買うて渡してもええもんかどうか訊いたんやわ。航くんの負担になるようやったらあかんやろ?」
 色々話してくれはったわ、と青年が航を見る。
『いろいろ?』
「手先を使う仕事の人ってボケへんのやて。指先の刺激が脳にええんやてさ。ギターって両手の指を使うやんか。身体が疲れへん程度やったら、頭の方にもええって。字を書くんも同じで、考えて、指使(つこ)うてっていうのは航くんが苦痛にさえならなんだら構へんってさ」
 微笑みながら、青年が尚も続ける。
「お祖父さんら、君にいっぱい話し掛けはるやろ? あれもリハビリみたいなもんなんやて。話し聞いて、答えを考えて……って。みんな、一生懸命やな」
 青年の言葉に、航が膝の上のこぶしを握り締めた。
「ほな、そろそろ行くわ」
 席を立つ青年に、航が上を指差す。
(姉ちゃんとこ?)
「帆波、待っとるさかい」
 恥かしそうに言う青年に航が少し笑った。
「あ! そうや!」
 ドアノブに手を掛けたまま、青年が振り返る。
「この前、帆波のとこでギター弾いたやろ? 帆波、ちゃんと聴いてたんやで」
 首を傾げる航。
「後で脳波みたら、君がギター弾いてた時間、脳波がエライ安定してたんやて」
 航の瞳が丸くなる。
「帆波、ちゃんと生きてんのやな……」
 青年の言葉に、今にも泣き出しそうな顔で航が頷いた。
「練習、頑張れよ!」
 小さく手を振り、青年がドアの向こうへと姿を消した。


  ―――――――――――――――
『なんや、またギター弾いてんのか?』
 仕事を終えて戻って来た夫婦の部屋。隠れるようにギターを弾いている小さな息子の姿を見止め、父が笑った。
『うん……』
 航はというと、返事も空ろにギターを引き続けている。
“♪♪♪”
『……それ……』
 航のたどたどしいメロディに父が気付く。
『……それ、帆波の好きな曲やな……。なんて言うたっけか……』
『……知らん……』
『知らんで弾いてんのか?』
 笑う父に、“父ちゃん、うるさい!”と航が手を止めた。
『名前なんか知らんでも、曲は弾ける!』
 プゥッ! と頬を膨らませる息子に、父は笑いが止まらない。
『で、なんで弾いてんにゃ?』
 子供が弾くには、ちょっと難しい曲なのだ。
『来月、姉ちゃんの誕生日やんか……』
 少し恥かしそうに、航が話しだす。
『俺、お小遣いとかあんまりないさかい、“お金使わんでもええやつ”って思て……』
『ふーん……』
『“プレゼント買うさかい、小遣いちょうだい”って言うのも、なんか違う気ぃするから……』
 拗ねるように話す息子の頭を父がクシャクシャと撫で回す。
『なんやねん!?』
 グチャグチャになった髪を直しながら、航が父を睨みつけた。
『エライなー、思て……』
 で、
『なんで、“ここ”でやっとんねん?』
 航の部屋は隣だ。それをわざわざ両親の寝室まできてやっているのは謎である。微笑む父をチラリと見て、
『聴いて覚えてるだけやから、ちょっと分からんとこと……。出来ひんとこがあってん……』
 言う航に、
『俺に、手伝えってか?』
 父が自分のギターに手を伸ばした。
『そやかて、姉ちゃんにCD借りる訳にはいかへんやん』
『バレるか?』
『うん』
 でな! と、弾き始めて、
『ここやねんか……』
 航が父を見る。そして、
『どーしても弾けへん……』
 つまずいて手が止まった。
『……もっぺんやってみ?』
 止まってしまった航の左手を見て、父が言う。
『もっぺん?』
『うん。ちょっと前からな』
 父の笑顔に頷きながら、つまずいた少し前のフレーズから弾いてみる。
 そして、また、同じ所でつまずく。
『指をな、こっちやなくて、こう……』
 小さな手では弾きにくい箇所を弾きやすくなるように、指の運び方を少し変えて教える父。
『……こう……』
 父の動作を繰り返す航。
“♪♪♪”
『出来たっ!』
 エヘヘ、と嬉しそうに笑いながら航が演奏を続ける。
『よー覚えとんなー……』
 感心する父に、
『なんかあるごとにこれ聴いてんねんで、姉ちゃん』
 小学校低学年の弟と高校生の姉の部屋は隣同士である。壁一枚隔てただけの部屋で、CDの音が漏れない筈がない。
『父ちゃん』
『なんや?』
『俺、ここで練習してもええ?』
 CDの音同様、ギターの音も隣には聞こえてしまう。
『ええけど、たいして違わへんのとちゃうか?』
 笑いながら息子のギターに合わせて、自分も演奏を始める父。
『だいぶ違う! 間に俺の部屋が入るやん。それにな……』
 手を休める事無く、航が続ける。
『それにな、ここやと父ちゃんと遊んでると思われるし、母ちゃんに聞かしてんのかなとも思うやん?』
 随分と口が達者な三年生である。
『そこまで考えとんのか!?』
 驚く父に、
『当たり前やん!』
 偉そうに胸を張る息子。
『そやから、母ちゃんにも伝えといて! “誕生日まで、絶対に内緒やで!”って』
 父がクスクスと笑いながら頷いた。
  ―――――――――――――――


 そして、三日が経った。
「航ちゃん! ……航ちゃん!」
 航の病室内に父方祖母の声が響く。が、
“♪♪♪”
 航はギターに夢中で気が付かない。
「航ちゃん!!」
 祖母の渾身の叫びに、
“♪♪……♪……”
 航のギターが止まった。やれやれと祖母が胸を撫で下ろす。
「お昼よ」
 お腹空いたでしょう? と食事をトレイごとベッド用のテーブルに乗せる。
 この三日間、暇さえあればギターを弾いていた航。気が付けば、一人で食事できる程に“手”の運動能力が回復していた。
「何時頃から弾いてたの?」