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As for one  ~ Wish番外編① ~

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 祖母の問い掛けに、航が枕元に置いてあるスケッチブックとペンを手に取る。
『9じ』
 しれっとした顔で書くと、食事を始める航。
「ま!」
 驚きつつも呆れる祖母。
「あんまり根を詰めると、後で疲れちゃうわよ」
 困った様に笑う祖母に、わざわざ茶碗を置いて一言。
『へいき』
「ま!」
 仕方ないわね、と笑う祖母。
 三日前、握り締めたペンでスケッチブックの見開きページに五・六文字だったのが、ギターの上達と共にペンを指で持てるようになり、一ページあたりの文字数が少しずつ増えていき、まだ漢字はムリだが、筆談で会話が出来るようになっていた。この回復力に医師達は驚き、祖父母達は手を取り合って喜んだ。が、当人はギターに夢中で、気にも止めていない。
「午後からリハビリが入っているんだから、食事の後は休憩しなさい」
 祖母の言葉に、航の箸が止まった。
「あれもこれもじゃ、負担がかかっちゃうでしょ?」
 心配そうな祖母の顔に、箸の先端をくわえたまま頷く航。
『リハビリのあとならいい?』
 様子をうかがうようにスケッチブックをそっと差し出す。
「やり過ぎないならね……」
 仕方なく微笑む祖母。航の箸が動き始めた。


  ―――――――――――――――
『……航……』
 食べ終わったケーキの前、姉が航を抱きしめた。
『お父さんとお母さんのより、ずっと嬉しいわ。おおきに!』
 テーブルの上には、小箱に入ったプレゼントが二つ。
 ギターを抱えたまま、航は姉の腕の中だ。
『姉ちゃん、苦しい……』
 抱えたギターと姉の抱擁で、航がふて腐れたように声をあげる。
『この曲な、軽音部の子が“文化祭で弾きたいねんけど、意外と難しい”って言うててん!』
 小さな弟を腕から解放して、満面の笑顔ではしゃぐ姉。
『明日学校行ったら、“ウチの小三の弟でも弾けんのに”って、自慢したる!』
 そう言って、残っているジュースを飲んで、ギターを片付けている弟を見る。
『大変やったやろ?』
 笑顔の姉に、片付け終わった航がテーブルに戻り、
『何が?』
 食べかけのケーキを突付きながら、首を傾げてみせる。
『練習』
『別に』
 黙々とケーキを食べる航に、姉が顔を近づけて、
『ホンマに、おおきに』
 囁く。
『別に』
 ケーキを口いっぱいに頬張り、航が少し笑った。
  ―――――――――――――――

 更に数日が過ぎた。
 元々、伝い歩き程度に回復していた足腰が、自身の力で歩けるようになるまでに大した時間は掛からなかった。時々よろめくものの、今では自力で姉の病室まで行けるようになった。ギターに至っては、以前と変わりなく演奏できるまでに回復した。
 折しも、じきに九月。新学期である。祖父母・医師達の心配はそちらへと向けられた。
「……そうですね。また、マスコミが来ないとも限りませんし……」
 姉の病室の隣の部屋で、祖父達が医師と相談中だ。航は姉の病室でギターを演奏している。祖母達はそれの付添いだ。
「例えマスコミが来ないとしても、あの事故の事は、この夏、散々TVで放送していましたから、学校へ行ったら行ったで同じ様な事になるのではないかと……」
 医師の見解はこうだ。
 先日のような大人数ではないにしろ、マスコミが航の後をつけないとは限らない。前回、警察からかなり厳重な警告がされたから、マスコミが手を引いていたとしても、この夏の報道で学校の生徒達はみんな知っているだろう。となると、今度は、学校で好奇の的となる。回復したからこその登校とは言え、回復したのは身体であって、精神はまだ脆いままだ。“休学”も考えたが、本人が通学を希望している。
「転校って言うてもなー……」
 母方の祖父が少し薄くなった頭を掻いた。
 転校したところで、地元では大差ない。かと言って、自分達の手の届かないところではどうしようもない。
「ウチで学校に通わせるというのはどうでしょう?」
 父方の祖父が“この病院には通えなくなりますが……”と申し訳無さそうに提案した。
「関東……方面でしたよね?」
 医師の問い掛けに父方祖父が頷く。
「ええ。ウチの方なら、こっちよりは話題になっていないでしょうし。地域柄、他人には無関心な子が多いですから……」
 古くからの住人が多く、近所付き合いもマメな京都より、都会のマンションやらに引っ越してきた新参者が多い土地の方が変な詮索も入りにくいというのは、一理ある。“話せない”という事を除けば、他の子となんら変わりはないのだから……。
「……そうですね……。本人が落ち着くまではその方がいいかもしれません」
 そう言いながら、医師が母方祖父を見る。
「こっちで辛い思いするよりは、その方がよろしいな……。帆波とは、ちょっと会い難(にく)うなりますけど……」
「帆波には、ちょくちょく会いに来るようにしましょう。航だって、会いたいでしょうし」
「お願いします」
 頭を下げ合う祖父達を見て医師が頷いた。
「各担当医とも話したんですが、この様子ですと一週間もあれば退院できるでしょう。カルテ等の写しを退院に合わせて作成し、向こうの病院宛に紹介状を書きます。通学の日取り等は、そちらと相談して下さい」
 医師が微笑むのと同時に航の演奏が終わり、三人は部屋を後にするのだった。
 ――― 演奏が終わったと同時に姉の集中治療室へと戻って来た祖父達と医師が、もうすぐ退院という事とそれと同時に転校という事を話す。同時に告げられ、最初は戸惑った航だったが、
「しばらくは、学校へは行かずに病院での経過を見て、あちらの医師と相談の上、登校日を決めようね」
 という医師の言葉と
「“どこ”って?お前のお父さんが通ってた中学校だよ」
 との祖父の言葉にそれを承諾した。


 そして、一週間後、予定通りに退院した航が父方祖父母と京都を離れる事となった。
「君が来れへん間は、俺が帆波の傍におるさかい」
 見送りに来た“智兄”が航の肩をポンポンと叩き、
『連休の時には来る』
 航がメモを差し出す。
「わかった」
 頷き合う二人の横で、
「着替えなんかは、後でまとめて送りますさかい」
 母方祖父が父方祖父母に頭を下げた。
「それも、送ったらええのに……」
 母方祖母が航の肩にかかっているギターケースを指差して呆れる。
 首を振り、ケースのストラップを握り締める航。ギターだけは、自分で持って行くときかなかったのだ。
「手ぶらで来ても、手持ち無沙汰になるだけで、退屈だからな」
 父方祖父の言葉に、航が頷いた。
 やがて、ホームに新幹線が到着し、三人が乗り込む。
「堀越さん、お願いします」
 母方祖父母が深々と頭を下げ、
『姉ちゃんをお願い』
 航のメモに、青年が頷き、
「次の連休には必ず来ますから」
 父方祖父母と航が、ドアの中から手を振った。




 ――― それから一ヵ月後、航は慎太郎と出会う事になる。