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As for one  ~ Wish番外編① ~

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「眠ってても“耳”は働いてるって医師に言われて、いつも呼びかけてるのよ」
 涙を拭って父方祖母が頷き返した。
「ね、帆波ちゃん」
 次々と姉に声をかけていく祖父母達を見て、航が何か思いつく。
「どうした?」
 航の様子に気付いた父方祖父の問いに、航がゆっくりと腕を動かし、ぎこちなくギターのゼスチャーをする。
「ギターか?」
 そんなもん、どないするんや? と母方祖父が首を傾げ、
「帆波に聴かせたいんやおへんか?」
 母方祖母が「なぁ?」と微笑む。そして、頷く航に、
「呼びかけの代わりね?」
「お前のギターは、お前の“声”だ。な?」
 父方の祖父母がなるほどと頷いた。
「よろしいやろか?」
 母方祖父が医師に許可を訊ね、了承を得る。早速、父方祖父がギターを取りに病室へと戻るのだった。


“♪”
 集中治療室にギターの音がひとつひとつ、ゆっくりと響き渡る。
(……Cコード……)
“♪”
(……D……)
“♪”
(……次、E……)
“♪”
 先刻とは違い、ゆっくりだが流れるように指が動く。
(……で……)
 問題の……。
(……G……)
 “♪”
(届いた!)
 そして、そのまま次のコードへ……。
 確かめるように、父に教えてもらった順番通りにコードを押さえていく。
「ほーっ!」
 目を細めて見入る母方祖父に、
「簡単なコードから順に、段々難しくなっていってますね」
 父方祖父が説明をする。航の父“毅志”の父である。演奏はしなくても、息子の姿を見ていて、少しはギターが分かるのだ。
 やがて、コードを繰り返していたギターが、ゆっくりとメロディーを奏で始めた。余りのスローテンポに、最初は何事かと祖父達が顔を見合わせていたが……。
「この曲……」「帆波の好きな……」
 四人して、航のギターに耳を傾ける。
 ちゃんと聴いていないと分からなくなるくらいゆっくりしたテンポで、航が指を動かしていく。
 父方祖母が、ギターの音色を聴いて微笑んだ。
「帆波ちゃん、聴こえてる?」
 そう言って、空いている椅子に腰掛ける。
“……♪……♪……”
 ゆっくりと途切れながら進行していく曲に、航がふーっと溜息を漏らし、手を止めた。
「どうした?」
 父方祖父が微笑む。
 拗ねるように小さく爪弾きながら、眉をひそめる航。
 その様子に母方祖父が、
「思うように、手ぇが動かんか……?」
 航の頭を撫で、航が頷く。
「でも、ほら、帆波、笑うてるわ」
「ちゃんと聴こえてるのよ、航ちゃんの“声”」
 祖母二人が言うが、航は納得がいかないようだ。違うとばかりに、ただ首を振る。
 そんな泣きそうな孫の顔を見ていた母方祖母が、
「そうや!」
 思い出したように手を叩いた。
「航がちゃんと弾けるようになるまで、CD持ってきて帆波に聴かせたらよろしいがな」
「そうですわ! 石川さん、いい事思いつかれましたわ!」
 手に手を取って頷き合う祖母二人。
「明日はCDプレーヤー持ってきて、帆波に何曲か聴かせましょう」
 意識は無くても、聴覚は生きている。だから、いつも呼びかけているのだ。
「音楽の方が、呼びかけより分かるかもしれまへんしな」
 盛り上がる祖父母達の中、航がキョトンと首を傾げる。
「ほんで……」
 母方祖父が、頭に手を乗せたまま航の髪ごとクシャクシャと撫でる。
「ほんで、お前は、その間にちゃんと弾けるように練習や」
 下を向いていた航が顔を上げて頷いた。


 翌日、祖父母達は航の世話を済ませると姉の部屋へとCDを持って移動して行った。午前中のリハビリ予約が取れなかった為、航は一人で病室にいる事になった。暇な病室で航が自分の手をジッと見詰めているその時、
“コンコン”
 ドアがノックされた。返事のしようがなく、ドアを見詰めていると、
「やあ」
 申し訳なさそうに、見覚えのある青年が入って来た。
「良かった。元気そうやな」
 穏やかなその微笑みに、どこで会ったのかと航が首を傾げる。
「覚えてへんのか? ほら、丘の下の帯屋の“いのぐち猪口”!」
 航が青年の顔を見詰めて、んー……と考え込む。
「帆波の……ほら、あれやん……」
 “彼氏”と言おうとして自分で照れる青年。その様子に、航が手をパタパタと振る。
「思い出した?」
 青年の問い掛けに頷き、口を動かす。
「そうや!“ともにい智兄”!」
 航の唇の動きを読み取って、青年が嬉しそうに頷いた。
「良かったわ、忘れられてへんで」
 と胸を撫で下ろし、航の頭を撫でる。
「声、ホンマに出んようになったんやな……」
 小さく頷き、航が上の階を指差す。
「帆波に会いに来てんやけどな。今、お祖父さん達が居てはるさかい……」
 ちょっとお居り辛いよって……と青年が頭を掻いた。
「CD聴かせるって言うたはったな……」
 そして、ベッドの脇のギターを見止める。
「君が弾けるようになるまではCDや、って……」
 航が自分自身の手をジッと見ている事に気付き、
「相変わらず、器用そうな手ぇやなぁ」
 青年が手を握り締めた。航が思わず顔を上げる。
「大丈夫や。すぐに弾けるようになるって!」
 な? と微笑む青年に、航が頷いた。
「それにしても、声が出えへんのは不便やな……」
 航の手をポンポンと叩きながら青年が考える。
「ギターが弾けるようになったら、ペンとかも持てるようになるやんな?」
 そう。まだ、今はスプーンさえ握り締めてしか持てない。
「そしたら、“筆談”ができるな……?」
 “筆談”……。思いもしなかった方法に航の瞳がキラキラと輝く。
「いや……。グーでも、ペンが握れれば出来るか……」
 航がコクコクと頷く。その様子に、
「やってみるか?」
 笑いながら、青年がポケットから自分のペンを取り出した。
 差し出されたペンを握り締める航。それを見ながら、
「書けそうか?」
 と問い掛け、青年が自分のバッグから少し大きめの手帳を出す。
 青年のバッグを台に、手帳に文字を書いてみる……。
「んー……。“わ”?」
 青年が首を傾げ、航が頷いた。
「読めん事はないけど、紙が小さいな……」
 手帳の1ページにはみ出さんばかりに書かれた文字に青年が苦笑い。
「午後はリハビリや、って石川さんが言うてはったな……」
 きょとんとする航を横目に青年が考え込む。
「よしっ! 明日、スケッチブックとペン、買うてくる!」
 急な申し出に航の丸い瞳が更に丸くなった。
 こんくらいのがええな。と手で四角を描いて、航に微笑みかける。
「今日よりは明日の方が、絶対にギター、上手(うま)なってるさかい。きっと、字も今日よりはちゃんと書けるやろ」
 と、一人でうんうんと頷く。
 そして、航の高さまで屈み込む。
「堪忍な。俺、こんな事しかしてやれへんで……」
 握られた手を見て、黙ったまま首を振る航。
 姉があんな状態だというのに、いつも来ていたのだろうか?
 航の状態にも詳しいその様子でそれが伺える。
「ほな、また明日くるさかい。スケッチブック、楽しみにしてて!」
 笑って手を振る青年に、航が手招き。
「なんや?」
 ベッドから少し離れた所に置いてあるギターを指差し、続けて自分を指差す。
「あー! はいはい」