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As for one  ~ Wish番外編① ~

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  ―――――――――――――――
(……父ちゃん……)
 航の腕がピクリと動いて、膝の上のギターに当たる。
“♪”
 瞬き一回。航の瞳にギターが映った。
(……ギター……誰の……?)
 伸ばした手が無意識に弦に触れる。
“♪”
(……俺の……)
 弦に触れた方の手を見つめ、握り締める。
 瞳に映るこぶしをそっと開く。
(……父ちゃん……)
 重い腕を伸ばし、ヘッドを掴む。引き寄せ、右手で弦を弾く……。
“♪”
 Cコード……。最初に父が教えてくれたコードだ。
『上手い、上手い。ほな、次……Dコード……』
“♪”
『やるなー』
 ギターの向こうの父が笑う。
『今度は、E……』
“♪”
 得意気な小さな自分が指を動かす。
『次……届くか?G……』
“……”
(……G……)
 思うように動かない指を必死に伸ばす。
“…………”
(……届かへん……)
 ヘッドを握ったまま、
(……父ちゃん……届かへん……)
 抱きしめたギターに雫がこぼれた。


 五階の集中治療室で、祖母二人が航の姉の横に腰掛けている。祖父二人は、別室で医師と相談中だ。
「目ぇも開けてくれへんのやなぁ……」
 母方祖母が眠ったままの孫娘の手を擦る。
「……でも、生きてます。必ず、目を覚ましますわ」
 父方祖母がその髪を撫でる。
「この子は“どこ”に居てるんどすやろ……」
「きっと、航ちゃんと同じ所ですよ」
 互いを励ますように会話する祖母達。
“♪♪♪”
 館内に静かに正午を告げるオルゴール音が流れた。同時に別室から祖父達が戻って来る。
「航のとこに戻ろか?」
 腰掛けたまま動こうとしない祖母達に声をかける祖父達。
「腹、空かせてるぞ」
 意識は何処か遠くにいても、現金な事に“身体はこちら”にいる孫を思って笑う。
 父方祖父の言葉に父方祖母が、
「そうそう!」
 と手を叩き、項垂れている母方祖母を見る。
「今日は、プリンを買って来ましたのよ」
 プリンは航の好物である。
「五つ買って来ましたから、三時にみんなで食べましょう」
 父方祖父の言葉に母方祖母が立ち上がり、四人は姉の病室を出るのだった。
  ――――――――――――――
「航!?」「航ちゃん!?」
 戻って来た病室、ギターを抱えて泣いている航を見止め、祖父母達が駆け寄った。
「どうしたの?」「どっか、痛いんか?」
 心配そうに覗き込んでくる祖母達に航が首を振る。
(……届かへん……)
 弾けない事で、
(父ちゃん……ここに、お居るのに……)
 見つけた“父”に手が届かない気がして……。
「ちゃんと弾けるように、練習したらええわ」
 ギターのヘッドを握る手が震えているのを見て、母方祖父が航の頭をポンと叩いた。
「すぐに弾けるようになるさ。わし等もいるんだし……」
 父に似た、父方祖父が微笑む。
(……みんな……お居る……?)
 見上げた瞳に祖父母達が映る。ヘッドを握る航の手に、母方祖母の手が重なり、
「急がんでもかまへんがな」
 なぁ? とその手にキュッと思いが伝わる。
「ゆっくり、きちんと弾けるようになればいいのよ」
 母方祖母の言葉に頷きながら、父方祖母が微笑った。その笑顔に、もう一度祖父母達を見回し、航が頷く。と、同時に、
“グ〜ッ”
 航の空腹を告げる音。
 病室に祖父母達の笑い声が響く。
「お昼、食べましょうか?」
 クスクスと笑いながら、父方祖母が用意された食事を手に取った。あまり租借しなくてもいいように、乳児の離乳食状態の食事だ。
「これでは、すぐに腹も減るわなぁ」
 やっぱり笑いながら航からギターを受け取る母方祖父の言葉に、
「もうちょっと何とかして貰うか?」
 父方祖父が航の顔を覗き込む。航の大きな瞳に祖父の顔が映る。
(うん)
 頷いた口元にスプーンが運ばれ、口を開ける航。
 祖父母達に笑顔が戻った。
「今日はおやつにプリンがあるのよ。……好きでしょう?」
 スプーンを運びながらの祖母の笑顔に、航が頷く。
(うん、好き!)
 ……そして、気が付く……。
(……好き……)
 ……と、言おうと口を開ける。が……、
「航ちゃん?」「どないした?」
(声……)
 寄ってくる祖父母達の服を掴んで、航が訴える。
(……声……出ぇへん……!)
 必死に自分の喉元を指差す航。
「喉……が、痛いのか?」
 父方祖父の言葉に強く首を振り、今度は口を指差す。
 その仕草に、祖母二人がピンとくる。
「声が……」「出ないの……?」
 頷く航。
 驚いて顔を見合わせる祖母二人。母方祖父が、医師を呼びに病室を飛び出した。


「……精神的なものだと思われます」
 診察後の医師の言葉に、祖父母達が各々目線を交わす。
 ベッドの上には、身体を起こした航。
「色んな事が一度に起こって、身体が悲鳴を上げちゃった……ってところかな?」
 医師が航に微笑みかける。
 どこかが悪い訳ではない。心が癒えれば、自然に発声できるようになる。というのが、医師達の見解であった。
 詰めかけるマスコミ。両親の死。昏睡状態の姉。……何も知らされていなかった航。回復していない身体にとって、確かに受け入れるには多過ぎたかもしれない。
「いつ頃まで“この状態”でしょう?」
 父方祖母が、航の頭を撫でながら医師に問い掛けた。
「こればかりは、個人差がありますので……」
 なんとも言えません。と医師が首を振る。
 心配そうに航を振り返る祖父達。
 それを見て、航が“大丈夫!”とばかりに頷いた。
「……リハビリは……どないする?」
 母方祖母の問い掛けに、
「すぐには、無理やろな……。しばらく、休むか?」
 母方祖父が続けて言うが、その言葉に航が首を振る。
「……やるの?」
 まあ!と父方祖母が驚く。
 二人の祖父が顔を見合わせ、そして頷くと、
「それでも、今日は休め」
「明日からで、えぇな?」
 航に言い聞かせるように強く言った。
(うん……)
 仕方なさそうに頷いた航が、ふと、天井を指差した。
「上?」
 祖父母達の言葉に航が首を振る。
「五階?」
 大きく頷く。
「帆波か?」
 更に大きく頷く。そして、自分と上を交互に指し示す。
「帆波の所に、行きたいのか?」
 頷く航に、
「どういう状態か分かっていて、それでも会いたいというのであれば……」
 医師が微笑む。頷き、真っ直ぐに医師を見詰める航の瞳に“不安”はなかった。
 ――― 祖父の押してくれる車椅子に腰掛け、五階の集中治療室へと足を踏み入れる。
 眠っている姉。静かに響く電子音。祖父が、車椅子をベッドのすぐ脇へとつけてくれた。
「帆波。航やで……」
 そう言って、母方祖母が、航の手を姉の手の上にそっとおく。
 姉の手。少し痩せてしまっているが、温かい姉の手。
「目ぇは開かへんけど、帆波も一生懸命生きてるのえ……」
 祖母が姉と航の手を挟んで、キュッと握り締める。
 頷きながら、航が祖父母達の顔を見上げた。
「脚以外は、無事なんや」
「意識さえ戻れば、以前となんら変わりはないと医師(せんせい)達もおっしゃってる」
「毅志が守ったのね……」
 車椅子の隣で涙ぐむ父方祖母の手に、航が空いている方の手を重ねた。思わず航を見る祖母に力強く頷く。