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As for one  ~ Wish番外編① ~

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 こんな事になるなら、身体が回復するのを待たずに、最初からこの事態を告げておけば良かったと祖母二人が航の手を握り締めて涙を零した。
「ショックを受けないよう、ひとつずつ教えていくのが最良だと判断したのですが……」
 思わぬ所からの漏洩に、医師達も落胆を隠せない。
「いや。わし等もそれが一番やと思うたさかいに、賛成したんです」
 涙する祖母二人に目をやりながら、母方祖父が言った。
「今回の事は、私達の油断が原因ですから……」
 どうか気を落とさないで下さい。と、父方祖父が医師達に頷く。
 事故の後、押し寄せるマスコミに警察が出動したのは、数名いた生存者が全て搬送先の病院で死亡し、航だけが、意識を取り戻した時からだった。たった一人の事故の証人である航にマスコミが殺到する事は、容易に予測できた。これで、航が普通に対処できる状態であれば何ら問題は無かったのだが、様々な障害があるこの状態ではこの“無遠慮な刺激”は避けなければならなかった。結果、病院側が警察に警備を申請し、受理された。しかし、プロである警察の目をも騙す身の潜めぶりは、誰も予測していなかった。あちらも“プロ”だという事である。
「警察が引き上げたからといって、すぐに外出しようとした私達の油断が、この子を辛い目に……」
 二・三日待つべきでした。と父方祖父がやるせない溜息をついた。
「毅志と歌織さんがいなくなって、帆波があんな状態で。航ちゃんが笑ってくれるのが嬉しかったんですよ、私達……」
 涙ぐむ父方祖母の隣で、「えぇ、えぇ」と母方祖母が頷く。
「今は、“私達”は写ってないのね……」
 と、航の大きな瞳を覗きこみ、また、涙する。
「三日後には、先程の検査結果が出揃います。その時までに、航くんが戻ってくれれば問題はないのですが……」
 ベッドに横たわったまま空(くう)を見詰める航を見て、医師が溜息をついた。


 次の日もその次の日も、航の容態が回復する事はなかった。自分から動こうとする事は無く、食事も再び点滴とチューブからの摂取になってしまうのかと危ぶんだが、
「航ちゃん、お腹、空いてるでしょう?」
 航の腹が鳴ったのを聞いた祖母が、ふと手元にあったプリンをスプーンにすくって口元に持っていったところ、無意識に口を開け、食べたのだった。意識はどこか遠くにいるものの、身体の回復は順調のようだ。それ以来、誰かがスプーンで口に運んでいる。
 ――― そして、検査結果が出揃う今日、航は、遠くを見たままだった。
 ベッドに身体を起こした航を祖父母達と医師達が囲んでいる。
「元々“成長期”だったのが幸いしてますね。身体の方は問題なく回復してきています」
 医師の言葉に祖父母達が微妙な笑みを浮かべる。
「あの時、マスコミさえいなければ……」
 悔しそうに呟く父方祖父の肩を母方祖父が宥めるように叩くと、
「祇園さん行って、調子がいいようやったら、ギター持って来たろと思てたのになぁ……」
 と、航の頭を撫でながら淋しそうに微笑んだ。
「……ギター……ですか?」
 医師の一人が呟く。メンタル担当の医師だ。
「へぇ。航(これ)の父親が好きでしてな。この子にも教えて、よう二人で弾いてましたわ」
 祖父の言葉に医師がしばし黙り込む。
「お持ちいただいても構いませんか?」
 周りの医師や看護士達の驚きの声に、メンタル担当の医師が頷いた。
「良く言えば“刺激”、悪く言えば“賭け”になりますが……」
 前置きした上で、航を見て医師が微笑む。
「現状を拒否したこの子を“こちら”に戻してあげたいんです。本人には、酷な事かもしれませんが……」
「ギターなんかで、戻るもんどすか?」
 不安そうな母方祖母に、医師がもう一度頷く。
「仲の良い親子だったと伺いました。ギターを見る事で、“父”を思い出し、それを囲んでいた“家族”を思い出す……。自分の居場所は、家族が微笑む思い出の中ではなく、このギターのある所だと。確かに、辛い現実ではありますが、それを支えてくれるお祖父さま方がいらっしゃるという事、お姉さんは、まだ望みがあるという事をこの子自身の支えに出来れば……と思います」
「……また、笑いますやろか?」
「勿論です」
 祖父母達の顔が明るくなる。
「時間はかかるかもしれませんが、その為のサポート、バックアップは1ミリたりとも惜しみません!」
 医師の力強い言葉に、
「ほな、明日、早速……」
「そうですね」
 祖父が互いに手を握り合い、祖母二人がが航を見詰めた。


 翌日、祖父母達はギターを持って病院を訪れた。
「航。お前のギターやで……」
 反応の返ってこない孫の膝の上に、そっとギターを置く。
 その重みに反応するが、それっきり、また、遠くを見詰める。
「……アカンやろか……?」
 母方祖母が、航の手を擦りながら呟いた。
「すぐには無理なんじゃありませんか?」
 父方祖母が、微笑む。
「とりあえず、ギターを持って来た事を医師(せんせい)に伝えて、帆波の所へ行きませんか?」
「そうでんな。昨日は、行ってやれませんでしたし……」
 祖父達が頷き合い、四人は、各々が、航の頭を撫でて病室を後にした。


(……ギター……?)
 誰もいなくなった病室。航の視線が、膝の重みに動いた。
(……父ちゃん……?)
  ―――――――――――――――
『ちゃうちゃう! この指でここ。この指で……』
 小さな息子にせがまれて、渋々……それでも嬉しそうにギターを教える父。
『ムッリッ!! 届かへんもん!!』
 自分から言っておいて拗ねる。
『そやから、出来ひんってゆーたやないか』
 拗ねながらも必死で指を伸ばしている息子にクスクスと笑う。
『出来るもんっ!!』
『どっちやねん!?』
『出来る!』
“♪”
『ほらっ!!』
 嬉しそうに顔を上げる息子。
『初めてのわりに、ええ音出すやんけ』
『ホンマ!?』
『おう! 見所あるぞ』
『お父ちゃんみたいに、上手(うま)なる?』
『俺より上手なるかもしれへん』
『ホンマに!?!?』
『手ぇ見してみ』
 父に言われて、小さな航が首を傾げながら手を出す。
『えぇか……。……お前の手ぇは、石川の祖父ちゃん譲りの器用な手ぇや。ほら、俺のと比べてみ。手のひらの大きさと指の長さの比率。……あ、“比率”は分からへんか……。要するにな、お前の手は指が長いねん。これはコードを押さえるのに役に立つ。人がちょっと伸ばさんと押えれへんとこも、お前やったら楽に届く。演奏は練習すれば誰でも何とかなるけど、指の長さは持って生まれたもんやさかい。後は、いっぱいええ曲聴いて、自分の耳とギターの耳を養えば、絶対に腕が上がるぞ』
『自分の耳と……ギターの、耳?』
 理解できずに瞬きする息子に、頷きながら父が続ける。
『楽器っていうのはな、弾き手の内面が出る。優しい人の楽器は優しい音。きっつい人の楽器はきっつい音。内面が豊かな人が弾くと、深い音になる。色んな音楽聴いて、それを自分の楽器に教えてやる。お前が聴いた音は、そのままお前の“音”になる』
『俺の……音……』
 息子の小さな呟きに父が微笑む。
『お前の声もギターにとっては“音”やから……。ええ音、いっぱい聴かせたれ』
『うん!』