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As for one  ~ Wish番外編① ~

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三階で開く扉。待ち切れず“閉”を押し続ける。……4F・一般病棟。扉が開く。壁伝いによろめきながらも、それでも、走る。一部屋ずつ、部屋の前にあるネームプレートを確かめていく。
(……堀越……毅志……歌織……)
 大部屋のエリアを過ぎ、個室エリアへ。広いフロアを一部屋ずつ、足を引き摺りながら移動していく。
(……堀越……、……無い……)
 最後の部屋のプレートを確認し、走ってきた廊下を振り返る。
(……無い……)
 父の名前も母の名前も、無い。不安が過ぎる。
『ご両親を亡くして……』
 玄関先でのマスコミの言葉が頭の中にこだまする。
「……違、う……」
 治ったら、会いに行くって……。祖父ちゃん、祖母ちゃんと……。
「……約束……し、た……」
 全ての部屋を回り終え、ナースステーションの前をフラフラと歩く航。ふと、見上げた壁に表示されている院内案内が目に入った。
【1F・受付、内科1、整形外科……、2F・内科2……、3F・小児病棟……4F・一般病棟……、5F・集中治療室……】
 ……5F・集中治療室……。
「……集中……治療……」
 つい先日まで航がいた所だ。姉はまだそこだと祖父母は言っていた。もしかしたら、両親もそこにいるのかもしれない!
「君、大丈夫?」
 壁に寄りかかっている航を見付けた看護士が手を差し出す、が、その手を頷きながら払いのけると、壁伝いにエレベーターに向かって再び走り始める。
 エレベーターは四階で止まっている。航が乗ってきた時のままだ。
「君!!」
 おかしいと感じた看護師が追って来たが、エレベーターの扉が閉まり、それを遮った。四階から五階。ゆっくりとエレベーターが上昇し、扉が開く。
 右へ行くと、先日まで航がいた部屋だ。その隣にも向かい側にも、部屋があったっけ……。思い出しながら、その部屋を覗く。航がいた部屋は、空き室になっている。その隣……は、知らない人の名前だ。向かい側の部屋には誰もいない。……となると、反対側の奥。部屋が少し大きいのだろうか、二部屋しかない。壁伝いに行ける方の部屋を先に覗く。……空き室……。壁を押して、向かい側の部屋のネームプレートを見る。
【堀越帆波】
(……姉ちゃん……)
 ここが姉の病室だとなると、もう、どこにも病室は無い。
『ご両親を亡くした……』
 さっきのマスコミの言葉がこだまする。
「……嘘……」
“ズキン”
 頭が疼く。
『君達を庇って……』
「……違、う……」
 ……だって、笑ってた、もん……。
“ズキン!”
「……痛っ……」
 姉のネームプレートの真下にしゃがみ込む。
「……か、ちゃ……」
 痛む頭を抱え込んだまま、記憶を遡る。
  ―――――――――――――――
『泣きなや……男の子やろ?』
 母が手を握り締める。
『もう少しの……辛抱や……』
 母の手を両手で握り返す。
『……ええ子や……』
  ―――――――――――――――
 母は笑っただろうか……。笑顔を見たのは……。あの後って……。
 そして、ここが姉の病室の前だと思い出す。姉なら何か知っているかもしれない。もしかしたら、入院している病院が違うだけかもしれないじゃないか。
 そうだ、姉ちゃんなら……!
 まだ痛む頭を片手で押さえ、もう片方の手で壁を伝って航は立ち上がった。目の前のネームプレートを確認し、そーっとドアを開ける。
 薄暗い部屋の中、微かに、それでも正確に電子音が音を刻んでいる。ベッドに横たわっているのは姉だろうか?
『お姉さんがあんな状態でしょ』
 マスコミの言葉を思い出し、ゆっくりとベッドに近付く。聞こえてくるのは、寝息ではなく、人工呼吸器の規則正しい音だ。
「……あんな……状態……?」
 思うように歩けないし、話せない……。そんな自分とは、また違った状態なのだろうかと、薄明かりに目を凝らす。
「……姉……ちゃ……」
 間違いない、姉だ。壁から手を離し、ベッドの脇へ付こうとしてそのまま倒れこんでしまう。が、転ぶのはここ数日で慣れっこだ。すかさずベッドの柵に手を掛け立ち上がると、姉の顔が見えた。
「……姉……ちゃ……ん……?」
 眠る姉のそこかしこに繋がれた様々なライン……。自分の時とは明らかに違うその機器類に“あんな状態”を理解する。そっと、眠っている姉の頬に手を伸ばす。
「……姉ちゃ、ん……」
 震えるその手で、姉の頬を叩く。
「……ね、ちゃん……」
 ……起きて……。
 溢れる涙を腕で拭って身体を揺さぶろうとするが、その身体に繋がれている生命維持装置にビクリと腕を引き戻し、何も繋がれていない脚を揺さぶろうと、手を……伸ばした……。
「!!!!!!」
 声にならない悲鳴を上げ、その場にへたり込む。
 姉の身体に掛けられている布団の下に、姉の脚は……無かった。広げた手のひらに残っているのは、ブランケットの手応えだけ。
「……お、れ……」
 震える手でへたり込んでいる自分の膝を掴んで俯き、もう一度、顔をベッドへと向ける。
 やっと分かった。多分、間違いない。両親の死。昏睡状態の姉。……そして、ここにいる自分。
「……ひとりは……嫌……や……」
 ベッドの手すりに手をかけ、立ち上がろうとした途端、
“ズキンッ!!”
 内側から叩き付けられたような感覚に両手で頭を押さえる。
“ズキンッ!!”
 激しい痛みに蹲ろうとするが、目の前が暗くなり、航はそのまま意識を失った。
  ―――――――――――――――
 混沌とした闇の中だった。上下も無ければ前後も無い。そこにいるだけの空間が広がる。
「……ひとり……?」
 辺りを見回し、首を傾げる。
「……ひとりは……嫌や……」
 一人ぼっちの闇の中、道も分からず走り出す。と、
“クスクスクス……”
 遠くで誰かの笑い声……。声のする方へ、思わず駆け出す。
『ホンマかいな!?』
 父の声だ。
『そそっかしい子ぉやなあ』
 その隣に、母。
『そしたら、航がな……』
 クスクスと笑う姉。そして……。
『言わへんってゆーたやんっ!!』
「……俺!?……」
 薄明かりの中、家族が笑っている。
「……なぁんや……」
 みんな、ここに居(お)るやん。父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも、俺も……。
  ―――――――――――――――
 警察の手を借りてマスコミから抜け出した祖父母達が駆けつけた時、航は、姉のベッドの横で頭を両手で抱えたまま倒れていた。
 一度に流れ込んできた情報を処理するには、今の航の頭は容量が少なかったのだ。その上、動けない筈の身体で全力で病院内を動き回ったものだから、頭も身体も限界を大きく越えてしまった。倒れるべくして倒れた訳だが、祖父母達にとってはその後が問題だった。
 ベッドに運ばれ、数時間後、意識を取り戻した航にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、
「……航……?」「……航ちゃん……?」
 呼び掛けに反応はするものの、その瞳は“感情”を失くしていた。
 こちらを向いているのに、その大きな瞳には祖父母達は映ってはいなかった。どこか遠くにいる誰かを探しているかのように、ただただ“向こう”を見詰めている。
「……こんな事になるなら……」