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As for one  ~ Wish番外編① ~

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 いつも、目を覚ました航の第一声は決まっていた。夢に見る所為もあるのだろうが、寝起きは記憶障害が起こるらしい。祖父母の困った表情(かお)を見て“現在(いま)”を思い出すのだが、いつまでたっても姿を見る事が出来ない両親を心配して、結局、祖父母に問い掛ける。
「もうちょっと元気になったらな」
 祖父が起きた身体を寝かせながら、やっぱり微笑む。
「……ねぇ……ちゃ……は……?」
「まだ、集中治療室や……。もうしばらくは、会われへん」
 と、孫に布団を掛けてやる。
「じ、ちゃ……」
「なんや?」
「いつ、あえ……る……?」
 今の航は頭で考える言葉が口をついて出るまで、ワンクッション必要なのだ。
「一人でちゃんと歩けるようになったら……会いに行こな」
 頷きながら微笑む孫の頭をそーっと撫でる。
「明日は、“堀越”のお祖父さん達が来るて言うたはったさかい、外出許可もろて、祇園さんでも行こか?」
「……う、ん……」


 ――― 「ようやく、マスコミが引きましたね……」
 翌日、病院へと訪れた父方祖父が、母方祖父母にやれやれと言わんばかりに呟いた。
「動けるのは、この子だけやさかい……」
 母方祖母が、祖父達の手を借りて車椅子に座る航を見て頷く。
 高速道路の土砂崩れは、稀に見る大惨事となった。上り下りで十数台・八十人弱が崩れてきた土砂の下敷きになった。その量と勢いに助かったのは僅か、数人。しかし、その僅かな生存者も搬送先の病院で次々と亡くなっていった。残っているのは、一番後ろの車にいた“堀越家”の子供達だけだった。その姉も動ける状態ではなく、むしろ、意識があり動ける“航”は“生き残った少年”としてマスコミが騒ぎ立てているのが現状だ。警察側が隠していた病院もいつの間にやら情報が漏れ、ここ数日は病院の周りに警察が立っていた。が、二・三日前からマスコミの姿が見えなくなり、それに伴い警察の姿も消え、外出許可が下りた。航はというと、壁伝いに歩く事は出来るが、まだ、それ以上の事は出来ないので車椅子が必要となる。
「ぎお、ん……桜……ある……?」
 車椅子の航が振り向いて祖父母達に首を傾げる。
 微笑む祖父母達。頭の包帯が物語るように、航の怪我は頭に集中していた。運動障害・言語障害・記憶障害、いずれも軽い症状だが、すぐには普通の生活は望めない。それでも、航の存在は祖父母達には心の支えになっていた。事故で失ってしまった息子・娘の忘れ形見なのだから……。
「今、夏やさかいな……」
「散ってしもうたな……」
 航が頬を膨らます。
「さ、くら……。かぁ、ちゃ……好き、のに……」
「桜、お母さんに見せるつもりだったの?」
「……う、ん……」
「勝手に持って帰ったら、怒られるぞ」
 拗ねる航の頭を撫でながら、祖父母が四人で笑う。
「じゃぁ、帰りにお花、買って帰りましょうか? 帆波の好きな花」
 父方祖母が航の前にしゃがみ込んで微笑む。
「……ねぇ、ちゃ……好き……コスモ、ス……」
「あら!」
 祖母が困ったように笑った。
「どれも季節外れやな」
「ほったら、帰りの花屋さんで、航が選んだらええわ。帆波の好きそうな花……」
 な? と微笑む母方祖母に航が笑顔で頷く。
「じゃ、行きましょうか?」
 車椅子の少し前を父方祖父が先導するように歩き、車椅子の両脇に祖母二人が付く。車椅子を押すのは母方祖父だ。
「外に行くのは初めてやな」
 呟く祖母の横で、
「……初めて……?」
 航が首を傾げ、考える。祖父母達がやたらと話し掛けるのは、言語障害と記憶障害に対するリハビリなのだ。
「……うん……。初、めて……」
「いいお天気で、良かったわ」
「……お天、気……。……好、き……」
 開いたエレベーターの向こう、ガラス越しに見える陽の光を見て航が嬉しそうに言った。
 擦れ違う看護士達に会釈をしながら、玄関へと向かう。介護用のタクシーをチャーター済みだ。ガラス越しに、ワゴンカーのタクシーが見える。車椅子から降りる事無く、乗車が可能な物だ。
「便利なもんですな」
 話を聞いた父方祖父が感心したように頷く。
「探せば結構あるもんです。リハビリセンターの人から教えてもろて、こっちがびっくりですわ」
 介護用の施設など、調べれば山のように出てくる。ただ、あまり知られていないのが現状だ。祖父母達も、孫がこうなるまでは全く知らなかった。
「今の内にちゃんと調べて、ゆくゆくは自分の為に役立てんと……」
「いや、まだまだ、お元気でいてもらわないと……」
 祖父達の笑顔につられ、車椅子の航も笑っている。
 五人で歩く病院の正面フロント。ガラス張りの自動ドアが……開いた。
 と、同時に、明るい筈の目の前が、人だかりで遮られる。
「堀越くん?」「堀越航くん?」「堀越さんですよね?」
 一体どこに隠れていたのか、一気にマスコミに囲まれてしまった。
 祖父二人が慌ててマスコミの人達を押さえるが、人数が人数である。あっという間に、航の前にマイクが集まる。
「……?……」
 航はというと、何が起こっているのか分からず首を傾げている。
「事故の事、覚えてるかな?」「どんな感じだった?」「お姉さんには会った?」
 怒涛の様な質問に、頭が追いつかず黙っている。
「これから、外出?」「君だけが無事なんだけど」「ご両親のお墓参りかな?」
(……お墓……参り……?)
 航がピクリと反応する。勿論、マスコミはそれを見逃さない。
「お姉さんがあんな状態でしょ」「ご両親を同時に亡くしたっていうのは」「君達を庇ったって」
(……ご両親……亡く……)
 航が祖父母達を振り返る。
「……父、ちゃ……母、ちゃ……死……だ……?」
 祖父母達の顔色がみるみる変わっていく。
「……う……そ……」
 航の様子にマスコミが静かになる。
「……嘘……や……」
 伝い歩きしか出来なかった筈の航が、ヨロヨロと車椅子から立ち上がった。
「航ちゃん」
 差し出された父方の祖母の手を振り払い、周りのマスコミの身体を掴みながら自動ドアへと引き返す。両親の死を告げてしまったマスコミも、両親の死を隠していた祖父母達も、動く事が出来なかった。
「……なんて事……」
 後を追おうとした祖父母達を
「堀越くんは知らなかったんですか?」「何故、知らせなかったんです?」
 再び囲むマスコミ。
 航の姿は、ドアの向こうへと見えなくなっていった。


 ヨタヨタと覚束ない足取りでフロントと受付待合を航が走り抜ける。暫くまともに走っていないからだろうか、足が痛い。カウンターのあるフロアを抜けた所で柱に寄り掛かり、辺りを見回す。エレベーターはもう少し行った所だ。たった10メートル程なのに、息が切れる。身体が重い。柱の館内案内で病棟階を探すと三階に“病棟”の文字が見えた。人波が途切れたのを見て柱を突き飛ばし、その勢いで再び走り出す。
エレベーターの前まで来ると、待っていたかのように扉が開いた。急いで乗り込み“3”を押す。そして、エレベーター内の表示で気が付く。【3F・小児病棟……4F・一般病棟】。慌てて“4”を追加する。