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As for one  ~ Wish番外編① ~

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『泣きなや……男の子やろ?』
 母が手を握り締める。
『うん……』
『もう少しの……辛抱や……』
『……うん……』
 母の手を両手で握り返す。
『……ええ子や……』
 母の笑顔が見えた、気がして……。
(お母ちゃん!!)
  ―――――――――――――――
「航っ!」「航ちゃんっ!」「あぁ、良かった」「見える?分かる?」
 開けた瞳に飛び込んで来たのは、祖父母達の喜びと不安の入り混じった顔。起き上がろうとして、身体の重さに瞳を丸くする。
「どっか痛いんか?」
 少しだけ動く首を動かし、視線を下げ、航が自分の状態に目をやる。
(……そうか、俺、崖崩れで……)
 思い出し、そして、姿の見えない“家族”を探す。
 キョロキョロと動く航の視線に気付いた祖父母達が一瞬顔を見合わせ、航に微笑みを向ける。
「帆波か?」
 姉の名が聞こえ、航が頷いた。
「大丈夫」
 祖母達が両サイドから航の手を握り締める。
「違う部屋にいるだけよ」
(違う部屋?)
 理解できずに瞬きする航に、
「集中治療室は、一部屋にベッド一つやさかいに」
「帆波の方が、お前より少し重症なんだよ」
 今度は祖父達が答えてくる。納得したようなしないような……。航は“?”のままである。とりあえず、姉がここにいない事だけは分かった。として……。航の視線が再びキョロキョロと動き出す。
(お父ちゃんは?)
 室内を一通り見回して、視線が祖父母達で止まる。
(……お母ちゃんは……どこ……?)
 微笑んでくる祖母の笑顔に戸惑いが見えた。
(……どこ……?)
 手を握っていた母方祖母が、
「動けるようになったら、な?」
 キュッと手を握り直し、
「せんせい医師に連絡せんとな!」
 母方祖父が、連絡用のインターホンを手にした。


 即座に診察が行われ、検査がなされ、なんだかんだで翌日には体中のチューブが取り除かれた。骨折などの大きな怪我はなかったからだ。
「……包、帯……?」
 航が自分の頭を触って呟いた。
 怪我は頭に集中していた。検査の結果、脳に影になった部分の存在が確認された。意識は戻ったものの、記憶・運動・言語の障害が若干認められる事となる。いずれも軽度であるから、普通に生活していれば自ずと回復するであろうとの見解だった。
「あんまり話かけない方がいいのかしら?」
 首を傾げる父方祖母に、
「本人が疲れない程度でしたら、話をした方がリハビリになりますよ」
 医師がにこやかに返答する。
 影になっている部分の脳は既に細胞が死んでしまっているので、そこが回復して復帰という事は有り得ない。しかし、人の脳というものは、半分以上が稼動しない状態で日々過ごしている。そう、半分以上は使われていないのだ。かといって、その部分が使い物にならない訳ではない。稼動する割合を元に戻す事は可能なのだ。つまり、死んでしまった脳細胞の代わりに使われていない部分を稼動させる事が出来る筈なのである。
『動けるようになったら、家族に会える』
 という思いが、それを可能にすると医師は判断し、
「お姉さんの容態もご両親の死も、回復の様子をみて、少しずつ知らせた方が良いかもしれません」
 悲しみは、少しずつ……。
 祖父母達もそれに賛同した。
 ――― 「頭に怪我をしていたからよ」
 微笑む父方祖母に、航がゆっくりと頷く。
「……父、ちゃ……母、ちゃ……。……会い……行、く……」
 祖父母達が顔を見合わせる。
「ちゃんと歩けるようになったらな」
 母方祖父が微笑みながら、頭を触っていた手を布団の中に入れてやる。
「……や、や……。行……く……」
 ゆっくりだが、自力で起き上がれる。回復の早さに医師達が驚いた。
「航ちゃん!」
 慌てて手を差し出す父方祖母に、
「……会、い……た……い……」
 必死に訴える。が、
「そんなヨタヨタしながら行ってみろ。かえって心配かけるだけだぞ!」
 父方祖父に一喝されシュンとなる。
「少しずつ、歩く練習しよな?」
 母方祖母の言葉に、頬を膨らませた航が渋々頷いた。
「リハビリセンターには、専門の人間がおりますから……」
 医師が祖父母に別館にあるリハビリセンターの説明を始めると、
「……今、や、る……」
 航が早速行こうと動き出す。呆れる祖父母達。
 同時に、
“グ〜ッ”
 お腹が鳴り、自分の腹を見る。
「練習の前に、食事だね」
 笑いながら、医師が看護士に食事の指示を出した。
「お腹が鳴るようなら、身体の方は安心だ。後は、君次第だよ」
 間もなく食事が運ばれ、医師達が部屋を出た。
 食事はまだ半流動食だ。自分では上手に口に運べない為、祖父母の助けが必要になる。
「…………」
 食事の途中、航の動きが止まった。
「どうしたの?」
 スプーンを持つ父方祖母が航を覗き込む。
「……ちゃん、と……動、け、へ、ん……」
 悔しそうに航が呟く。
「こんなじゃ、お父さんお母さんに会っても心配かけるだけだろ?」
 父方祖父の言葉に頷く。
「……リハ、ビリ……。が、んばる……」
 その意気だ! と祖父二人が頷き、航が祖母の運ぶスプーンに口を開ける。食事が終わったら、リハビリ開始だ。そして、最後の一口をゴクリと飲み込んだ。


  ―――――――――――――――
『どうしたん?』
 姉がテーブルの上のポテトを頬張りながら覗き込んでくる。
 ここは、ファストフード店店内。航の隣に母、向かいに姉、母の向かいに父。
『……ピクルス……入ってる……』
 食べ始めたハンバーガーの中、嫌な感触と臭いで口を離す。
『いや、ピクルスは抜いて下さいって言うたのに……』
 かなんなー……、と母が眉をひそめたその隣で、
『そん位、我慢して食べよし! 大体、航は好き嫌い多過ぎやし!』
 姉が笑う。
『繊細やねん、俺……』
 ピクルスを抜き取ろうと、上のバンズをペロリとめくって姉を睨んでみる。が、歳の離れた弟に睨まれたところで、痛くも痒くもない。
『好き嫌いを“繊細”って言うアホ、初めて見たわ』
 逆にクスクスと笑われて、航が膨れる。
『ホンマに、しゃーない子やなぁ』
 姉の手が伸び、挟まれていたピクルス二枚があっと言う間に抜き取られる。
『よー食えんなー』
 感謝しつつも、憎まれ口。
『なんで、食べれへんにゃろなぁ?』
 と、ピクルスを摘んだ指を航の鼻へと持ってくる。指から臭うピクルスの……、
『やめろやー!』
 その余りの臭いに、姉の手を振り払う。
 ――― 迫り来る“手”に飛び起き、辺りを見回す。
 いつもと同じ。白いカーテン、白い布団、白い枕。そして、心配そうな顔の祖父母。
「どないした?」
 急に起き上がった航に、母方祖母が微笑みかけた。
 入院して十日が過ぎ、集中治療室から通常の個室に移されたのは昨日の事だ。頭に巻かれている包帯は相変わらずだが他に怪我らしい怪我は見付からず、包帯が取れ次第、退院が決まった。父方の祖父母は、三日前に一旦帰宅してしまっているので、付き添いは母方の祖父母だ。
「……と……ちゃ……か……ちゃ……は……?」