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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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 アダルトビデオを撮る。女優は、三十路の同級生。予算はゼロ。ちゃんと仕上げて売り込んだとしても、供給過多のAV業界にまともな買い手は無いだろう。自分に出来る事と言えば、会社の機材とビデオエディターを利用して…、例えば…、背景に宇宙空間でも合成するか…。そう考えて自分でも可笑しくなった。そんなビデオに金を払う奴なんて絶対にいない。それ以前に、そんな事を頼める同僚なんか一人もいない。とりとめのない事を考えている内に、すっかりやる気になっている自分に気が付いた。取り敢えず、デジカムを借りよう。会社の備品で、使わなくなった旧型のカメラがある。テープは会社のテープ庫に売る程あるし、照明も確かパルサーライトの三灯セットが技術部室の棚にあった筈だ。女の気が変わる前に、正月休みの間に、こっそり会社から持って来よう。ワクワクしている。こんなに興奮した事は、多分今まで一度だって無かった。
「起きてる?」
 洋子が囁く。喉が乾いているのか、声が少し嗄れている。
「うん」
「私の体、どう思う?」
「どうって? 綺麗だよ」
 乳首の色素が濃過ぎる。尻の肉に張りが無い。
「ちょっと痩せた方がいいかな?」
「大丈夫じゃない。痩せてるよ充分」
「そうかなあ」
「大丈夫だよ」
「ねえ」
「なに?」
「私のあそこ毛深いと思う?」
「え? まあ、でもおかしくないよ。どうせモザイク掛かるし」
 噴き出しそうになって、必死で堪えた。
「モザイク。そうだよね」
 毛深い陰部を執拗に撮ってやろうと思った。売れ残った女。売る宛のないビデオを中途半端に綺麗に撮っても意味がない。これは馬鹿な三十女のドキュメンタリーだ。モザイクなんか掛ける理由は一つも無い。ワイドレンズを付けてギリギリまで寄ってやる。元学校のアイドルだった女の股の間は、今、黒い樹海だ。実際に樹海で撮影するのもいいかも知れない。矢吹は薄暗い樹海の中、切り株に座って手陰する洋子を想像した。
「オナニーとか出来る?」
「え? オナニー?」
 思わず聞いていた。しまったと思い、すぐに、遅かれ早かれ確認しなければならない重要な事だと正当化した。オナニーシーンは欠かせない。矢吹は首を九十度俊敏に回転させ、洋子の反応を見た。
「え? まあ…、多分大丈夫」
 恥ずかしそうに目を逸らした。薄い耳朶が赤味を帯びている。
「普段する事あるんだ」
「まあ…、たまにだけどね」
「ねえ」
「なに?」
「もう一つ聞いていい?」
「なに?」
「お尻の穴でした事ある?」
 洋子は溜息の後、観念した様にゆっくりと矢吹を振り返り、呟いた。
「すごい…。ほんと何でも分かるんだね…」



 二千一年。一月二日。
 腹が減って目が覚めた。午後一時。肩が痛い。また今日も炬燵で寝てしまった。寝汗を掻いて寝惚けて脱いだのだろう。パンツを穿いていなかった。覗き込むと、パンツと一体化したスウェットパンツが、隅の方で丸まっている。痛いくらいに朝勃ちした陰茎を炬燵の赤外線がチリチリと照らしている。昨日からほったらかしにしたままの卒業文集が、背表紙をこっちに向けている。
 吉田日出男は炬燵から這い出し、目を擦った。喉がカラカラに渇いているのに、勃起した陰茎の先端からは小便が漏れそうな、人体の矛盾。
 キッチンで蛇口から直接水を飲み、背伸びしてシンクに放尿した。水道代が節約出来るし、制御不能に飛び出した尿が便器を外れて床を汚す心配もないからだ。急に暖められたシンクの底板が、ペコッと間抜けな音を立てる。窓の外が明るい。雀の鳴き声が聞こえている。小便を流すついでに、吉田は冷水で顔を洗った。
 ベランダに干し放しにしたパンツを取り込み、穿いた。真昼の陽光が強かったからか、思った程は冷たく無かった。テレビの中の世界は、まだ正月だ。パステルカラーの和服を着た若手お笑い芸人が明治神宮ではしゃいでいる。初詣に来たカップル達が、テレビカメラに興奮している。ジーパンのチャックを上げて、偽物の米軍ジャンパーを羽織った。財布を尻のポケットに。擦り切れて穴が空きそうになった靴下を履く。野球帽を被り、ビデオ屋の特典付き年賀状をジャンパーのポケットに突っ込んで、吉田日出男は陽光の下に出た。
 踏切がなかなか開かない。反対側にいる福袋を持った中年女の二人組が、待ち切れずに袋を開けて中を弄っている。草色のセーターと辛子色のブラウスを二人は交換し、嬉しそうに笑った。右側の女の口に銀歯が光った瞬間に、通過電車が視界を遮った。
 
 駅前のレンタルビデオ屋は混み合っていた。一直線に入ったアダルトビデオコーナーにも、退屈と性欲を持て余した男達が群れている。吉田は正月にエロビデオを観る暇人が自分だけでは無い事に、少しだけ安堵した。
 昨日返却したビデオは駄作だった。若いだけでやる気の無い女では、一応勃つが腹も立つ。やはりジャンルは痴女モノに限る。例えば、性欲に狂った女がいきなり目の前に現れて無理矢理チャックを下ろされる。舌なめずりする女はまるで発情した動物だ。周囲を気にして狼狽する男に対して、目の前の男根だけが女にとっての世界の全てであるようだ。通過する車のヘッドライトを気にも止めず、それをやる為に造られたような猥褻な舌が、硬くなった男の陰茎を舐め上げる。銜え込む。吸引する。発射された精液が女の口から零れ、夜のアスファルトに滴り落ちる。そんな痴女モノAVが、吉田日出男は大好きだ。今日は、絶対、痴女モノだ。
 候補が三つに絞られ、パッケージを吟味する。女の質は高いが表情が嘘臭い一本を棚に仕舞い、残った二本を背中の裏でぐるぐる回す。どっちがどっちか訳の分からなくなるまでぐるぐる回して、最終的に右手に持っている方をレンタルする事に決めた。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ。本能が異変を嗅ぎ分けた。周りの男達が急にそわそわし始めた気がする。吉田は左手に持ったビデオを仕舞い、結果選ばれたテープを指の欠損した右手から左手に持ち替えた。疑問を抱えたままコーナーを出ようとしたその時、女。視界の右隅に女を捉えた。
 AVコーナーに黄色いコートの女。それも一人で。周りの男達は女と距離を取り、目の端で女を見ている。正月に。一人で。エロビデオを物色する女は、普通では無い。吉田は後ろ姿の女が急に振り返り、舌なめずりしながら自分に近付いて来る様を想像し、唾を飲んだ。
 女は振り返らない。手に取ったビデオのパッケージを真剣に見ている。
 吉田は女を中心に円を描く様な軌道で、ゆっくりと横に回り込んだ。ストレートの黒い髪が、女の横顔を隠している。髪を掻き上げて欲しい。掻き上げろ。嫌らしいその顔を見せろ。吉田の熱いリクエストは叶えられる事無く、次々とパッケージを手に取る女の顔は、黒い髪の下だ。女の指には黄色いマニキュア。日本ではピンク色で表現されがちだが、中国で黄色と言えば好色の象徴だとテレビで聞いた事がある。コートも黄色。中国三千年の歴史が、この女を淫乱だと証明している。