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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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 元旦に見た時には、尻穴の周りまでびっしりと生えていた陰毛が、よく見ると刈り揃えられている。内股の付け根には、剃刀負けで出来た赤く小さな斑点があり、矢吹は(剃ったな…)と思った。モヒカンの鬘を被ったような陰部。その名の通り暗い陰になった部分にライトの光が当たり、濡れた黒毛が艶やかに光った。
 見上げると、田中が絶妙な高さでライト脚のネジを固めていた。
 密林の中に現れた、不気味な秘密基地の入口が、ゆっくりと蠕動している。吉田の操るモビルスーツが着陸体勢に入り、割れた湖に下りて行く。
「やべぇ…、ああ…、気持ち、いい…」
 呟く吉田の顔を見て、矢吹は、盲目の高僧が念仏を唱える姿を削り出した木彫りの国宝を想像した。確か、日本史の教科書に、そんな写真があった気がする。
「ああ…、気持ち、いい…」
 吉田の逸物は、舌になっていた。その味蕾で、久し振りにありついた大好物を、大事そうに舐め上げながら、味わっている。
「ああ…」
 矢吹は結合部のクローズアップから、ゆっくりと後退して、カメラを引いた。何時の間にか洋子に添い寝する形で横になっていた田中が、制服の前を開いて左の乳首を吸っている。自分がアングルの中に入ったと気付いた田中は、江戸っ子が蕎麦を啜るような下品な音を立て始め、息が続かなくなると、今度は生暖かい息を細く長く吐きながら、高速で舌先を動かして、乳首を振るわせた。その動きに反応した洋子の口から声が漏れ、その声を自分の動きに因るものと勘違いした吉田が、少し腰の動きを速めた。
 凄い映像だと思った。
 高校野球のユニフォームを着た三十男は、少しでも結合時間を延ばそうと自分の舌を甘噛みしながら腰を振っている。その舌で寝ているセーラー服にポニーテールの三十女は、白衣を着た変態教師に乳首を吸われている。カメラを引いて初めて、洋子の右手がしっかりと田中の陰茎を握っている事に気が付いた。洋子にはもう、薄目を開けてカメラを見る余裕は無く、元旦の夜と同じように両手は自分の髪へ。乳首に飽きた田中が脇腹を舐め上げた瞬間から、その髪を掻き毟り始めた。体が酸素を必要とし、鼻の穴が一ミリ程拡がっている。矢吹はその穴にぐっと寄り込んだ。暗い穴の中で針金のような硬い鼻毛が微かに揺れている。矢吹の意図を察して、またライトの向きを変えようとする田中を片手で制して、矢吹は少しカメラを引いた。
 始まる。
「はーひぃーはーひぃーはひぃーはひはひはひはひー」
 息を吸い込みながら発声する独特の喘ぎ方。
「はひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひはひ」
 ゴムで束ねた髪が解けて、頭皮からシャンプーの匂いがした。
 一秒間に二往復半。吉田がまた、スピードを上げた。握力十五キロの非力で、田中が乳房を鷲掴みにする。元旦の夜とは較べものにならない激しさで身悶える洋子の姿を見て、矢吹は少し嫉妬した。吉田の背中側に回り込んで、結合部分を接写する。隙間から飛び出すように溢れる愛液が、嫌らしい音を立てながらマットレスに降り掛かっている。レンズが、濡れた。
「やばい。そろそろ。もう。俺。やばい。いっちゃいそうだよ」
 垂れ下がっていた吉田の陰嚢が、今は迫り上がったまま降りて来ない。
「いいかな。いっても」
 そう言って、また舌を噛んだ吉田が充血した目で振り返る。
「待ってっ。アングル変えるから。手で合図したら顔か腹にかけてっ」
 尿道口から金玉が飛び出しそうな程の極限状態にある股間から大股で離れ、矢吹はカメラを引いた。田中は吉田が精液を掛け易いようにセーラー服の前を大きく開き、寿司を巻くようにスカートの裾を丸めて露出面積を拡げ、俊敏な足取りでフレームから外れた。
「どっち?」
「え?」
「どっちか決めてくれないと。あ、やばいよ。やばい」
「え?」
「顔? 腹?」
「じゃあ顔!」
 愛液の付いたレンズを吹こうとポケットのハンカチを探って、二秒後に諦めた。吉田はもう、限界だ。
 ポケットから抜いた左手を、上げて、振り下ろす。
 頷いた吉田が、火の出るような勢いで、激しく腰を振り始める。
 田中が固唾を呑み、瞬きしまいと刮目する。レンズに付いた愛液が、蛞蝓が這うように、垂れる。

 その時。

 分かった。

 見えた。

 遭難した大学生は、明日の午後十二時三十六分に、全員、遺体で見付かる。
 傘回し芸人の片方。芸をしない方は、2002年の春に死ぬ。
「はひ、ひっ、ひ、ひぃっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 洋子の絶叫が、コンクリートの器具室に響く。
「いくっ、いくっ、いくっ、いくよっ」
 吉田の陰茎が、痙攣を始める。
「待てっ!」
 三人は同時に、カメラを、矢吹を見て固まった。
「やっぱダメだっ。外に出すなっ!」
 不景気は深刻化し、銀行や証券会社が、潰れる。
 テロリズム。
 疫病。
「吉田くんっ! 外に出すなっ。そのまま。そのまま中に出せっ。産まれる子供は、メジャーリーガーになるぞっ!」
「え? 何? 何て言ったの?」
「いいからっ。そのまま中出ししろっ!」
 田中の老後。年金制度は崩壊している。
「いいい、いいの? じゃあ出すよ。あ、あ…」
 一億八千二百飛んで三匹の精子が一気に飛び出し、百二十三番目に出た一匹が百二十二匹を追い抜いて、洋子の卵子と結合した。それは、細胞分裂を繰り返し、後に吉田月男と名付けられ、来年の十一月十一日の夜七時三十八分に、帝王切開で生まれる。月男は身長百九十二センチの大男になり、甲子園を沸かせ、今現在は存在しないパリーグの球団、ユニクロカラーズで活躍。五年連続でホームラン王になり、年棒は二億を超えるが霊感商法に引っ掛かり、五億円を散財して世間の笑い者になる。しかし、フリーエージェントでニューヨークヤンキースに入団し、メジャーリーグのホームラン記録を塗り替えてからは、国民的な英雄となり、巨乳グラビアアイドルの妻との間に生まれた娘はアメリカのハイスクールでチアリーダーになり、学生フットボールリーグのナンバーワンクォーターバックとの間に生まれる混血の娘は、十六歳で世界のヒットチャートを塗り替えるトップシンガーになる。
 洋子は六本木の再開発で出来る巨大なインテリジェントビルの住居棟、その最上階にある、当然バスとトイレが別々の、それどころか東京中が見渡せる大理石のバスルームで、泡まみれになって思う。
 あの時、あれをやって、本当に良かった。
 少し時間は掛かったが、テレビにも出られた。ワイドショーのコメンテーターになり見当外れな辛口批評で茶の間を沸かせ、全く売れなかったが企画物のCDも出した。スロージンのボトルを握ったまま、お気に入りのシステムキッチンで死んだ洋子の体を照らす月。その月は二百三年後に粉々に砕ける。
 増え過ぎた人間。
 燃える。
 沈む。
 泣き叫ぶ。