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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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 教職員玄関の分厚い硝子戸をノックすると、懐中電灯の光と白い影がぬっと近付いて来て、素早い動作で内鍵を捻った。
「さっ。早く」
 隙間から顔を出した田中は、乾燥した指で矢吹の腕を掴み、三人が校内に入るとすぐに、ドアの鍵を閉めた。既に三足並べてある来賓用のスリッパを懐中電灯で照らし、履いてきた靴を入れる為のビニール袋をそれぞれに手渡す。
「なるべく足音を発てんようにな」
 最も足音を立てそうな吉田を一瞥した田中は、マントの様に白衣の裾を翻し、三人を先導して歩き始める。
「大丈夫だよ。それより先生、前からそんな服着てたっけ」
「一度着てみたいと思ってな。理科室から拝借してきた」
「なんかさあ、先生ちょっと立派に見えるよ。偉い学者さんみたい。なあ矢吹、そう思わねえ?」
 矢吹もまた、同じ事を考えていた。髪を七三に撫で付け、大股で歩く田中は、とても問題を起こした変態教師には見えなかった。なりきっている。鍵のぶらさがった木の板を小脇に挟んだ姿は、看守の様でもあり、威圧感さえ感じさせた。
 リノリウムの廊下を端から端まで渡り切り、一階の突き当たりの教室、なかよし学級と書かれた特殊学級の前で、田中は立ち止まり、慣れた手付きで鍵を開いた。
「教室を使う場合、ここが良いと思うがどうかな」
「なんでなかよし学級なのよ。普通の部屋でいいじゃん。一緒なんだから」
 抗議する洋子には見向きもしないで、田中は真っ直ぐ矢吹に向かって続ける。
「ここなら、多少物を動かしても、少なくとも生徒は不審に思わない。今の担任教師は定年間近の、君達も知っている黒田先生で、生徒が転校して一人減っても気付かないような男だ」
「分かりました」
 矢吹は頷き、田中のセンスの良さに感心した。この女を陵辱する教室は、なかよし学級以外には有り得んだろう。瞬きしない視線の奥から発せられる、心の声を受け取った。教室は暖房で暖められていて、電気を点けると、窓硝子には既に黒紙でぴったりと目張りがされていた。教壇の上には、出席簿と指し棒が置かれている。完璧なロケーションコーディネーター振りだ。
「後は、特別教室で言うと、図書室、理科室、家庭科室、視聴覚室、君達の頃には無かった情報処理室と言うパソコンのある教室があるが」
「いや。教室は一般的な物が良いでしょう。それより」
「体育器具室かな」
「は。はい…」
 体育館では無く、体育器具室と言う所に、熱い拘りが感じられた。
「行って見よう。私も君と同じように考えていたから、そっちもある程度、もう準備が出来ている」
 田中は流れるような一連の動作で、懐中電灯を点け、教室の電気を消し、扉を開けて廊下に出た。三人が続いて廊下に出た時には、既に教室の鍵を構えて扉の裏に立っていた。
 廊下の突き当たりのドアを出て、渡り廊下を進む。兎の居ない兎小屋。ゴミを燃やせなくなった焼却炉。錆だらけだった筈の体育館の鉄扉は、暗いグリーンに塗り替えられている。夜だからそう見えるだけで、実際にはもっと明るい色なのかも知れない。三人が想像を膨らませる間も無く扉は開かれ、懐かしいワックスの匂いが鼻腔を擽った。
 水銀灯がゆっくりと点灯し、オレンジ色の光の玉が等間隔で床に映った。三人は思い思いに周囲を見回し、感嘆の吐息を漏らす。
「うわあ…。こんな低かったっけ。これならダンク出来そうだな」
 吉田が指差すバスケットゴールは、マイケル・ジョーダンなら飛び乗れる程低く見える。その上の観覧席は全ての窓に暗幕が引かれ、矢吹が上げた目線を下ろすと、体育器具室と更衣室のドアの間に、きっちりと整理された機材が並んでいる。既に三脚に取り付けられたカメラ。結線されたドラムコード。清潔な毛布。8インチのモニター。ホッカイロ。救急箱。
「すごいですね。先生何時から準備してたんですか」
「七時過ぎだ。ここは防音だから、皆もう普通の声で話して良い」
「はい」
「器具室も見てくれ」
「はい」
 観音開きの扉の中。初心者、中級者、上級者と三段階に塗り分けられた今風の跳び箱が三組。キャスターの付いたボール籠がバスケット、サッカー、ドッジ、とその他用の四つ。フラフープ、一輪車、グラスファイバーの竹馬等が雑然と置かれた中央に、体操用のマットが、二枚重ねで敷かれている。
「すごい…」
 こんな嫌らしい体育器具室を見るのは、初めてだ。アングルを想定して映らないと考えたのか、扉の裏の隅の方にビニール袋を内側に被せたゴミ箱と、石油ストーブが置かれている。
「なんだ。先生、ストーブあるじゃん。俺せっかく家から持って来たのに」
 抗議する吉田が汗ばむ程に、室内は暖かい。
「すまんな。時間が余ったので用務員室から拝借して来た。あまり灯油が減ると疑われるから、後で君の物と交換しよう」
「まあ、別にいいけど…」
「ねえ。それで、どうすんの? これから」田中の視界を遮る様に前に歩み出た洋子は、矢吹の前に立ち、前髪を払った。今日の主役は、自分だ。変態教師の下準備は当然の事で、縁の下の力持ちは、一生、縁の下に居ろ。「早くしてくれないと、夜は肌の調子が悪くなるんだからね」洋子は田中に敵意を感じ、それは自分でも疑いようの無い、嫉妬だった。
「そうだね。じゃあ早速準備するから取り敢えず二人は制服とユニフォームに着替えて。先生はそのままでいいです。二人が着替える間に、先生と僕とで段取りを決めましょう」
「分かった。急ごう」
 田中が顎を引き、瞳孔を閉める。
「ふん。それでどこで着替えればいいわけ?」
「隣の更衣室が良いだろう。少し寒いが、我慢してくれ」
「オッケー。そこね」
「俺のストーブとコードどうする?」
「じゃあ、取り敢えずその辺にに置いといて。あとは、こっちでやるから」
「分かった。それでユニフォームなんだけどさぁ」
「なに?」
「高校の時のだと俺太っちゃったからピチピチだから一応今日巨人のヤツも買って来たんだけど、どっちがいい?」
「巨人じゃダメだよ。無理してでも高校のユニフォームにして」
「分かった」
 二人が更衣室に消えた後、矢吹と田中はどちらからとも無く目を合わせ、二人同時に、にやりと笑った。

 ジュラルミンケースを開き、灯体とスタンドを取り出す。田中に確認するまでもなく、スタンバイする場所は器具室の中だ。三灯の内、一灯は上目からマットの真ん中、つまりは人物用に。一灯は低い位置でフレキシブルに動かせるように、つまりは結合部分のスポットライトとして。残りの一発はフォーカスを開いて天井に当てた。カメラは動き易いように三脚から外して手持ちで撮る事にし、田中の提案でワイドコンバージョンレンズを取り付けた。作業しながら矢吹は簡単な段取りの説明をし、田中はそれを完璧に理解した。
「別に巨人のユニフォームでも良かったかも知れないですね」
「意外にな。背番号が気になるところだがな」
 矢吹は田中を試し、変態教師は最上級の反応を示した。
「なんだよすげえ楽しそうじゃん」