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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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 余計な事を言った。こいつはかなりの曲者だ。変な事を言うと、足元を掬われる。矢吹は不自然に見えないように目を逸らし、曖昧に答えた。
「大丈夫だ。心配はいらん。爆弾犯人の予告電話でも無い限り夜中に誰かが来る事は無い。小学生から受験勉強する今の子供は、学校の成績よりも塾の成績を気にしているから答案用紙を盗みに来る事も無いし、第一冬休み明けすぐに試験など無い。小学校に金目の物など無い事は、大人なら皆知っている」
「でもさあ」黙って話を聞いていた洋子が口を開いた。「映像見たら分かっちゃうんじゃないの? 卒業生とかが見たら分かるよぜったい」
「問題ない。君達が卒業してから二十年近くになる。教室も講堂も少しずつ改装されて昔の面影はあまり無い。出演する君達を見た同級生も、自分の子供を母校に通わせている僅かな者以外は、気付かんだろう。その僅かな者が自主制作のアダルトビデオを観る可能性は、かなり薄い。学校なんてどれも似たようなものだし、撮影するのは安全上夜になるから、更に特定は難しい筈だ。小学校だから当然、机や椅子の大きさに無理はあるが、その辺は許容範囲だろう。どうだね。矢吹くん」
「問題ないです」
「それよりいつも制服とか買ったりとかしてんの? 先生」寂しくなった吉田が会話に割って入り、洋子に睨まれ、舌を出す。
「馬鹿は黙っててよ」
「だから馬鹿って言うなよ。でもちょっと辛いんじゃねえの。三十の女が学生なんて」
「まだ二十九よ。馬鹿」
 楽しいと、思った。矢吹は笑みを零し、くだらない事で言い争う二人に目を細めた。自分達が卒業した小学校。その教室で、体育館で、図書室で、絡み合う二人を早く見たいと思った。内容なんかどうでも良い。三十過ぎの同級生が小学校で、制服で、そう考えただけで腹が捩れそうになった。出来れば、田中も教師役で参加させたい。この女に、同級生と担任教師の男根を、同時に銜えさせたい。洋子さえ説得すれば、変態は出演するだろうか。それ以前に、変態の目的は何だ。もう一度、その事を整理しなければならない。学校の鍵を開けた上に、自分自身も出演する事は、田中に取ってはあまりに危険過ぎる行為だ。もし関係者に見付かった場合、言い訳出来る筈が無い。第一、エロビデオを撮る目的を彼はどう思っているのか。吉田がそれを話したとすれば、メーカーに売り込みに行くと聞いているとすれば、そんな事が出任せである事ぐらい田中なら解る筈だ。もしかすると奴は、ただ俺がこの二人を使って遊んでいるだけだと言う事を知っているのかもしれない。そうだとすれば、全て辻褄が合う。そうだとすれば、奴も楽しみに来たのだ。自分自身が楽しいと思えば、奴は喜んで、芝居でもセックスでもするだろう。
「せっかく学校で撮影するんだから、先生も出たらどうですか。その方が楽しいですよ。」思い切って言ってみた。「当然先生役で。早乙女さんは学校のアイドルで野球部のマネージャー。吉田君は野球部の部長。やっぱり三人いた方が、話に幅が出ていいと思うな」

 田中雄三の顔が、目に見えて明るくなった。背番号入りのユニフォームを初めて貰った時の野球少年がするような、純粋な笑顔だった。
「いいのか」
 田中は矢吹と洋子を交互に見て、洋子から無言の合意を取り付けた。この部屋にこの女が入って来た時から、そうしたいと思っていた。生意気で横着なこの女のくすんだ肉弁を思い切り拡げて、垢だらけの逸物を突っ込んでやりたかった。矢吹が本物の予言者かどうかなど、どうでも良くなっていた。この女も指の無い馬鹿男も、俳優になどなれる筈がない。矢吹丈一は、二人をからかって遊んでいるだけだ。そして、恐らくはうだつの上がらない淫行教師の私も、矢吹にとっては格好の芸人になっているのだろう。それでも良い。どうせ一時の遊びならばやらない手はない。彼の言う通り、何もしなければ、今のままだ。こんな年増が女生徒役をやるAVなど、万が一にも売れる筈がない。唯一のリスクといえる、矢吹が撮影したビデオを使って自分を脅迫するという可能性も、田中雄三には無いように思えた。ありふれた町のありふれたアパートに住み、地味な家具に囲まれて国産の煙草を喫うこの男が、とてもそんな大それた事をするとは考えられなかった。いざとなれば、彼にもきっと弱みはある筈だ。もし最悪の事態になれば、今度は私が、この馬鹿二人を焚き付けて、彼の人生を非凡な物に変えてやる。
「でもさあ」すっかり機嫌を直した洋子が髪を掻き上げ、黒々とした直毛が一本、シーツに落ちた。「まあ学校のアイドルで野球部のマネージャー役? それはいいとして矢吹君お芝居以外の何て言うかイメージみたいなやつはどうするの?」
「例えば水飲み場とかどうかな。ほら、あの渡り廊下の所にあったやつ。先生まだあれってあのままありますか」
「あそこはそのままだ」
「じゃあちょっと唇から零しながら水飲むとか、よくグラビアなんかであるみたいにカメラに向かって水飛沫飛ばしながらはしゃぐとか、そういうのがいいんじゃないかな」
「まあ。いいけど」
 洋子は嬉しさを噛み殺すように唇を尖らせ、奥歯に力を入れた。捲れ上がった唇の端から、八重歯が零れないように窄めた唇が、少し乾いている事に気付いた洋子は、コートのポケットに入っている筈のリップスティックを探った。
 そんなシーンは夜には撮れない。そう言いかけて止めた田中は、矢吹の心情を勝手に想像し、ほくそ笑んだ。そんな事、彼なら当然、分かっている筈だ。この女がどうしてもとごねだしたら、家にある赤外線ライトを使えばいい。田中は暗視ライトに照らされたモノクロの三十女が、制服ではしゃぐシュールな映像をイメージし、口元を小さく歪めた。
「それで? 矢吹君いつ撮影するの?」リップスティックを塗り付ける。洋子はその指先に見付けたささくれを噛んだ。
「先生。次の宿直いつですか?」
「明日だ」
「その次は?」
「春休みまで待つ事になる」
「じゃあ明日やるしかねえじゃん」吉田が会話に加わる。「結構やばくねえ? 全然時間ねえじゃん」
 田中は背筋を伸ばし左目の端に矢吹を捕捉しながら吉田に向かって笑い掛けた。
「快楽とは常に、リスクを伴うものだよ」
 全校生徒に語りかけるような口調で言い放った田中は、照れくさそうに俯き、小さく二回、咳払いをした。

 二千一年。一月三日。



 初日の出登山に出掛けた大学生のパーティーが、行方不明だ。山腹は吹雪が続き、今日の捜索中止の知らせを聞いた家族が、不安と落胆に憔悴している。深刻顔のニュースキャスターが、好感度を下げないように注意深く表情を弛め、自転車に乗る犬の話題に移るのを観ながら、矢吹は何の根拠も無く全員死んでいるだろうと思った。夕方六時。外はもう真っ暗だ。昼間の内に会社から持ってきたパルサーライトの調子を試しDVテープの包装ビニールを剥がした。出来ればカメラをテストしてみたかったが、それはまだ手元に無い。車に乗らない矢吹に取って会社から運ぶ機材の量には限界があり、カメラと三脚は田中の私物を使う事にしたからだ。吉田には、電気ストーブと延長コードを。洋子にはティッシュペーパーとコンビニのおにぎりを頼んである。