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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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「先生、人生変えるなら今がチャンスだよ。なっ。矢吹」
「何言ってんの? 勝手に決めないでよ。私嫌だからね。こんな変態。ねえ先生。分かったんだからもう帰れば? 先生なんか悪い事したんだから一生このまま、こそこそしてればいいのよ。ねっ。矢吹君」
 まるで苛められっ子のように俯いた田中雄三を見据えながら、矢吹は沈黙した。変態は次にどう出るか。何で勃起しているのか。何を想像しているのか。一体、何をしに来たのか。まるで分からなくなった。確実なのは、今の生活に満足していない事。人生を変えたい事だ。
「もう。何で帰んないの。ここに居て何がしたいのよ。私達これから打ち合わせなんだから邪魔しないでよ」
 知りたいと思っていた事を、都合良く洋子が聞いてくれた。矢吹は田中の渇いた唇が動き出すのをじっと待った。
「…せてはもらえないか?」
「はぁ? 聞こえない。」
 田中は意志のある目で顔を上げ、洋子に向かってもう一度言った。
「やらせてはもらえないか?」
「はぁ?」
「こんな変態の年寄り相手では君も辛いだろう」
「当たり前じゃない」
「尤もだろう。であれば、どうだろう。スタッフとしてやらせてもらうと言うのは」
「スタッフ?」
「そうだ」
「矢吹君も一人で撮影するのは大変だろうし実は私もこう見えて撮影が趣味で、小型のDVカメラとバッテリーライトを持っている。カメラが二台あった方が、編集の時に選択の幅が出て良いと思うが。どうかな」
「先生そんなの何に使ってんだよ」
 吉田の下品な笑い声に田中は苦笑し、「まあ、いいじゃないか」と言いながら鼻の下を掻いた。
「どうかな。矢吹君」
 矢吹は頷き、同意を示した。何をさせるにしても、家に帰すには惜しいキャラクターだ。このまま様子を見て、楽しみたいと思った。
「いいですよ」
「そうか。早乙女君はどうかな」
「別にスタッフならいいけど…。矢吹君ちゃんと指示して変態みたいな映像撮らせないでよ」
 矢吹は我慢できずに笑みを漏らし、それが部屋の空気を明るく変えた。緊張が解れた田中は窓から差し込む陽光でシルエット気味になった矢吹の顔を見て、何か不思議な気持ちになった。

「じゃあ矢吹君そろそろ脚本見せてよ。出来てるんでしょ」
「ああ。まだ走り書きだけど」
「えー、出来てないの?」
「まあ、でも先に大枠決めとかないと後で無駄になるから」
「そっか。取り敢えず見せて。その前に何か飲み物ないの」
 答えを聞く前に立ち上がった洋子は勝手に冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶と、重ねたグラスを四つ持って戻ってきた。自分用のグラスにお茶を注ぎ、後は自分で、と言わんばかりの乱暴さでテーブルにボトルを置いた。
「じゃ、見せて」
 矢吹の出した一枚の紙切れを、三人は身を乗り出して覗き込んだ。子供の頃とあまり変わらない、整った癖の無い文字。三対の眼球が、その文字を追う。

ファミレスの店員、洋子。暴力団員の客、吉田。緊張してコーヒーを零す洋子。吉田の指に気付き、恐怖に顔を引きつらせる。激怒する吉田。トイレに洋子を連れ込み、汚れたと言って陰茎を掃除させる。吉田は洋子を拉致。富士の樹海につれていき、無理矢理に手淫させる。

「これだけ?」
「え、うん…。駄目?」
 唖然とした洋子の白い顔が、見る見る赤くなった。鼻の穴が僅かに広がり、右足で貧乏揺すりを始めた。テーブルの上のグラスが小刻みに揺れ、テレビのリモコンが数センチ動いた。
「何これ。まだ全然じゃない。こんなの、脚本じゃないよ。短かすぎる」
「大丈夫。これからちゃんと長くするよ。取り敢えずお芝居のある感じにしたかったから。設定が良ければ今日の夜から書くよ」
「こんなの嫌だ。だって綺麗なシーンとか全然ないし、スローモーションとか入ってないじゃん」
「まあ、そうだけど…。それはお芝居とは別にちゃんと撮るよ」
「でも嫌だファミレスの店員なんてそのまんまじゃん。もっとアイドルっぽい役でなんかないわけ?」
「アイドルっぽい役…」
 矢吹は下唇を弄りながら途方に暮れた。吉田は複雑な表情で自分の右手を見詰め、それに初めて気付いた田中は、矢吹の意図を理解し、含み笑いを漏らした。
「俺、やくざ役か。上手くやれるかな」
 指の欠けた右手を握り締め、吉田が言う。
「大丈夫だよ。怪我した事が、逆にプラスになる。その手は誰にも真似出来ない吉田君の個性だよ」
「そっか」
 突然、洋子がテーブルを叩き、倒れかけたペットボトルをすんでの所で田中が抑えた。
「こいつの事なんかどうでもいいのよ。それより何とかしてよ。私の役」
「でも…、これだったらお客さんが居ない時間に盗み撮りでロケも出来るしお芝居もちゃんとあるから…」
「だから嫌だって言ってんじゃない。これじゃないと有名になれない訳? そんな事ないでしょ。もっと他の役で有名になれる方法考えてよ今すぐ」
 部屋の酸素が一気に薄くなった。喉が渇いた矢吹は、お茶を注いで飲みたかったが、洋子に睨まれて動けずにいた。女との揉め事には慣れていない。ヘルス嬢の陰部に指を入れて怒られた時も、「ごめん。ここって指入れ禁止だっけ、知らなかった」と、卑屈に笑って誤魔化していた。
 アイドルっぽい役って何だ?
 看護婦? 貸してくれる病院なんて無いし、衣装や小道具を揃える金も無い。
 スチュワーデス? もっと無理だ。
 家庭教師。家庭教師なら何処でも撮れる。でもアイドルっぽいか? 全然だ。
 花屋? 女刑事? 女自衛官? 女占い師? 女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女
「それなら女生徒役はどうかな」
 全員が田中雄三を見た。
 三人の視線を受けた田中は、一瞬躰を硬直させた後、すぐに落ち着きを取り戻した。三人の教え子が、自分の話を聞こうとしている。背筋を伸ばし、咳払いを一回。ゆっくりと息を吸って、腹筋に力を入れた。
「早乙女くんはまだ高校の制服を持っているかな」
「たぶん」
「それならば洋服は問題ない。もし無かったら、或いは、学校を特定できる制服に問題があれば私の知っている店で買えば良いだろう。矢吹君、私もお茶をもらって良いかな」
「はい」
 田中は美味そうに喉仏を上下させ、話を続けた。
「せっかくこうやって仲間に加えてもらったからには、私にしか出来ない協力をしたい。みんなも知っての通り、私は教師だ。今は冬休み。私なら宿直の日、撮影場所として学校を提供出来る。どうかね」
 にっこりと微笑む田中を見て、矢吹は度肝を抜かれた。馬鹿じゃねえの、こいつ。何考えてんだ。また捕まってもいいのか。田中の表情には今までに無かった自信が漲り、とても冗談を言っているようには見えない。それどころか、その顔は、八十年代のドラマに出て来る教師のように、妙な安心感さえ抱かせた。
「でも…。そんなのがバレたら先生やばいんじゃないですか?」矢吹は自分でも可笑しいと思いながら、頼れる変態先生の立場を案じた。「ただでさえ一度問題起こしてるのに」
「矢吹君はバレると思うか」
「いや…。どうかな」