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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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「こんなとこにいていいの?」
 田中は苦笑し、眉尻を掻いた。見られてしまったものは仕方が無い。ここで会うと言う事は、会った相手もまた不純なのだから。
「しかし今日は変な所でホント昔の知り合いによく合うなぁ。先生で三人目だよ。こんな地元の真ん中にいて今まで全然会わなかったのに」
「正月だからな。田舎者が帰省して分かり易くなっているんだろうな」
「そうだね。会ってても気付かなかっただけかもね。分かんなかったもんなぁ、矢吹とか全然」
「矢吹。矢吹と会ったのか」
「覚えてる?」
「ああ。矢吹。丈一」
「さすが担任」
「どこで会った」
「あ、ここだけど」
「ここって。ここか」
「うん」
「この、エロビデオのコーナーか」
「だからそうだって。ここだもん」
 吉田はスニーカーの底で床を叩いた。自慰をする矢吹。まだ、この町に住んでいる矢吹。否、今は正月だ。一時的に実家に戻っているだけかも知れない。剃刀負けして紅くなった顎を撫で、田中雄三は顔を上げた。
「彼は、今何をしているんだ」
「サラリーマンだって言ってたよ」
「サラリーマン…、そうか…。一体どんな」
「聞いた気がするけど忘れちゃったよ。そんないい部屋じゃなかったからたいした事ないと思うよ。ユニットバスだし。俺もだけど」
「家に行ったのか」
「行ったよ」
「まだ調布に住んでるのか」
「うん。甲州街道の向こうっ側で一人暮らししてるよ」
「そうか」
 この町に居る。ユニットバス。やはり彼は、今も中庸なのか。未来を予測する事が出来ても、自分の人生は変える事が出来ないでいるのか。彼は今、自分の未来をどう予測しているのか。そして、彼は、今の私をどう見るだろうか。
「あと早乙女洋子にも会ったよ」
「そうか」
 早乙女洋子。私の好みのタイプではなかった。自意識の強い女の子だった。
「こんど一緒にエロビデオ撮るんだ」
「え、エロビデオ?」
「そう。今度撮るんだよ。三人で。俺と洋子が出て矢吹が監督。でもこれ誰にも言っちゃ駄目だよ」
「一体何の為に」
「俺もいまいち良く分かんないんだけどね。面白そうだし。ちょっと人生変えたいから」
「そんな事で人生が変わるのか」
「分かんないけどそうらしいよ。俺、将来悪役の俳優になるんだってさ」
「矢吹がそう言ったのか」
「そうだよ」
「いつ」
「だから今日だって。今日ここで」
「そうか。君は一体今どんな仕事をしてるんだ」
「まあ、普通に…。でもすごいよあいつ。先生あいつの卒業文集おぼえてる? 何でも分かるんだぜ、あいつ。携帯とかパソコンとかも当ててるしノストラダムスの予言のこととかさあ」
 田中雄三は混乱した。矢吹は一体、何をしようとしているのか。目の前の元教え子の冴えない顔。この顔が俳優になれるとはとても思えない。矢吹丈一。最後の卒業作文を提出した時の、あの目。矢吹少年の冷酷な双眸が、瞼の裏に浮かんだ。幸福そうな吉田の笑顔は、何かの暗示に掛かっているようにも見える。
「早乙女君の方は一体何になると言ってるんだ」
「確か島田伸介とかとバラエティ番組出るって言ってたと思うよ」
「そうか」
 疑念が確信に近付いていく。吉田日出男と早乙女洋子。矢吹は馬鹿な二人をからかっているのではないだろうか。あの卒業文集。二十一世紀になって作文を読み返した二人の馬鹿が目の前に現れたら、矢吹は一体、何をするだろうか。アダルトビデオ。興味深い。充分あり得ると思った。笑いそうになった。
「先生。どうしたの? 考え込んじゃって」
「すまん。それで一体どんな内容なんだ。そのビデオは」
「まだ分かんないんだよ。明日までに脚本っていうの? 書くって言ってたよ。俺は痴女物がいいってさっき言ったんだけど。洋子はあいつホント馬鹿だからさあ。アイドルビデオみたいにスローモーションがあって何て言うかお芝居みたいな、そんなのもやりたいって言ってたよ。ホント馬鹿だよね。あいつ変わんねえよホント」
「アイドル」
 田中雄三の脳裏で矢吹少年が冷笑した。
 その顔に、誘われた。脚本を読んでみたい。三十女のスローモーションと馬鹿な二人のセックスを何とか自分も見てみたいと思った。
「じゃっ、先生、俺そろそろ行くわ。こんなとこで長話してたら先生だってやばいっしょ」
「ちょっと待ってくれ」
 腕を掴んでいた。右手を離れたロリータビデオが、コンクリートの床で乾いた音を立てた。
「私も出来れば会ってみたい。嫌われているかも知れんが……。次に会うとき同行しては駄目か」
「別に…、いいと思うけど…」
「そうか。じゃあ私の連絡先をメモできるか?」
「携帯も置いて来ちゃったからなんもないよ。明日の昼過ぎにあいつん家行くけど」
「明日。それなら明日ここで待ち合わせしないか」
「ここって、ここって事?」
「否、表か、或いは寒いからレジのあたりはどうかね」
「表でいいよ。中混んでるし。じゃあ一時にしよっか」
「分かった」
「そう言えば先生明けましておめでとう」
 吉田は子供っぽく笑い、親指で頭皮を掻いた。
「ああ。おめでとう」
「地元なんだから気を付けた方がいいよ」
 口元に手を当てて、ひそひそ声を出す吉田の顔を見て、田中雄三は苦笑した。
「分かった。私もすぐに出る。明日な」
 エロビデオを観る気は、いつの間にか無くしていた。田中は落としたテープを棚に返し、夕焼けの街に出た。逆光の中、長い影を引きずって吉田が歩いて行くのが見える。期待が不安を圧倒していた。何の根拠も無く、何かが変わる予感がしていた。明日。矢吹丈一に会う。彼は私の未来をどう予言するだろうか。
 私を弄ぶか。
 私を嗤うか。
 私を無視するか。
 私を導くか。 

 二千一年。一月二日。



 
 右から二本、左から二本。四本の指を口に突っ込んだこの顔は、果たして美しいと言えるのだろうか。早乙女洋子は鏡に映った自分の間抜け面をまじまじと覗き込んだ。第一、こんな中途半端な状態で果たして男の方は気持ち良いのだろうか。指を出し入れしても、頭を前後に振ってみても、左右の指先同士が触れ合うばかりで、口に含んだ意味はまるで無いように思える。指先が触れ合うと言う事は、亀頭が触れ合うと言う事だ。人並みよりも若干大きかった気のする吉田のものと、昨日見た至って一般的サイズの矢吹のものが、擦れ合う様子を想像しながら、洋子は首を傾げた。開いた唇の端から唾液が溢れそうになり、慌ててそれを吸い込んだ。温かい息が濡れた指先を掠め、同時に巻き込んだ舌先が、指先に触れた。
「あ」
 舌を出して上下に動かすと、両方の中指の先端がチロチロと刺激され、生暖かい粘液に濡れた。
「これなら…。モザイクで分かんなかったけど、こうやってたのか…」