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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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 色黒のマッチョマンが色白の女の尻をリズミカルに突いているのを凝視しながら、三人は並んで絨毯に座り、洋子が唯一作れる料理、ビーフストロガノフを食べた。
「ねえ、ほらこの人、ちょっとだけ吉田君に似てるね」
 何が出来るのか分からないままに、手伝わされた料理。その曖昧な味を美味いとも不味いとも判別出来ず、ひたすら機械的に嚥下する吉田は、挿入したまま女を抱え上げて焦げ茶のフローリングを歩き回る男優と、自分を重ね合わせた。逸物に一気に血液が集結し、はち切れそうになる。性欲は完全に、食欲を凌駕して膨らんでいた。
「そうかな」
「似てるよ。ほらこの横から見た時のほっぺたの感じとか」
「おまえもさぁ、こ、こういう風に…、して欲しいの?」
 洋子は吉田の質問には応えず、スプーンを口に銜えたまま、女の表情を注視した。たいして可愛くはない。目は小さいし、鼻の穴の大きさが左右で違っているのも変だ。パッケージに騙されたと思った。脚だって自分より太いし、お腹だって出ている。昨日まで自分の体型を気にしていたのが馬鹿らしい。この程度の女が主役を張っているくらいなら、AV業界なんてたいした事は無い。自分でも充分いけると思った。腕力が尽きた男優が女を降ろし正常位に切り替えた。腰の動きを速め、ラストスパートに入る。矢吹の狭いワンルームマンションに女の態とらしい喘ぎ声が響き、少し弛んだ腹に大匙三杯分の精液がぶちまけられた。快感の余韻に恍惚となった女の口元に、萎みかけた陰茎が突きつけられ、当たり前の様にそれは唾液が糸を引く口内に含まれる。洋子は無意識に、口の中のスプーンを舌先で舐めた。
 性交と性交の間には、女のイメージカットが挟まれるのがお決まりのようだ。近代的な公園。噴水の前でソフトに露出する女。ピンクのダッフルコートを羽のように広げて、くるくる回っている。
「こういうのいいよね」
 洋子は横目で矢吹を見た。
「聞いてんの?」
「え? 俺に言ってたの?」
「あたりまえじゃん。とぼけないでよ」
「まあ、結構いいと思うよ」
「ホントにいいと思ってる?」
「うん…」
 洋子の視線に耐えきれず、矢吹は半分以上残したビーフストロガノフに再び口を付けた。
「なんかさぁ、こんな感じにほらスローモーションとか使ってなんていうか綺麗な感じに出来るかなぁ。でも、こういうグラビアみたいな感じだけじゃなくてちょっとお芝居するような映画っぽいっていうか、どう?」
「うん。いいと思うよ」
「ホント?」
「うん…」
「ねえ」
「なに」
「矢吹君じゃなくて吉田君」
「え? 俺?」
 吉田は死んだ曾祖母の事を考えていた。家族の誰かが誤ってテーブルの味噌汁を零すと、信じられないようなスピードでテーブルに突進して来て、母親が雑巾を持ってくる間に一息で味噌汁を吸い尽くし、ああよかった、もったいない事してばちがあたるところだった、と勝ち誇ったように微笑んだ曾祖母。人目のある所で勃起してしまった時、吉田は何時も八十七歳で世を去った曾祖母を想い逸物の怒張を鎮めていた。
「私もうお腹いっぱいだから、これも食べてよ」
「え? 別にいいけど」
「おいしいでしょ。これ」
「うん。でもこれって何なの? シチュー?」
「はぁ? バカじゃないの? ビーフストロガノフにきまってんじゃない」
 ブラウン管の中では、クライマックスにあたる3Pが始まった。両手に握った二本の男根を交互に、また、同時に口に含む女。洋子はモザイクに目を細めた。本当に二本の男根が一つの口に入るものなのだろうか。何かで実験してみる必要があると思った。トイレットペーパーの芯か…、指だと…、六本分かな…。洋子は無意識に口を開け、それに気付いた吉田は目を丸め、二ccのカウパー腺液を密かに分泌した。
 さっきまで口の中に入っていた二本の内の一本が、後背位で突き入れられる。声を上げる間もなく、もう一本が再び唇に押しあてられた。二つの穴で粘液が音を立てる。吉田に似た方の男は巧みに体位を変え、騎乗位の状態になった。カメラは露わになった結合部分をクローズアップで捉え、それは強めのモザイク処理を通しても、疑似では無い事が分かった。フェラチオから解放された女の声帯からは、自分の腰の動きに合わせた嬌声がリズミカルに響き出す。絶頂に達して動きを止めた女は放心する暇も無く仰向けに寝かされ、二人の男に次々と排泄される。重力によって左右に広げられた推定Dカップの胸の谷間に溜まった二人分の精液を掌で触る女。近付くハンディカメラ。戯けて拡げた指の間に出来た乳白色の膜は、両生類の水掻きのようだ。
 無意味な女の笑顔が白くフェードアウトし、舞台は森の中に変わった。森と言ってもそこは、さっきの噴水のある広場のすぐ脇にある新宿中央公園の一部で、恐らく少しカメラを振れば、薄汚い浮浪者と段ボールハウスがある事を洋子は知っていた。
「ふーん。安い作りね。最後まで見て損しちゃった。ちょっとトイレ」
 ドアを閉めるなり洋子は水を流した。自分の排便の音を隠す為だ。残された二人は会話も無く、同じタイミングで煙草に火を点け、ビデオデッキのディスプレイに表示されたカウンターの数字が、巻き戻しによって減っていくのを凝視していた。ビデオテープはあと一本ある。
 吉田日出男はちらりと矢吹丈一の股間を見た。表情からは分からない矢吹の、今の気持ちを知りたかった。もしかすると、興奮した三人でビデオの中と同じ事が始まるかもしれないと、密かに期待していた。ベージュのチノパンを穿いた股間は、自然に収まっている。流石だ。早乙女程度の女やこの程度のビデオでは、ビクともしない。痛い程怒張した自分の逸物を、吉田は恥ずかしく思った。
 矢吹丈一は一人きりになりたかった。一人になって、腹を抱えて笑い転げたかった。約三ヶ月分の笑いを躰の内に溜め込んでいた。新しい登場人物は、最高のキャラだ。足りない指先が、毛むくじゃらの恥丘をぎこちなくまさぐる映像を想像すると、堪らず鼻の穴から笑いが漏れ、矢吹は鼻水を啜る振りをしてそれを誤魔化した。
「風邪ひいてんの?」
「あ、ちょっとね」
 カウンターに0が並び、テープが止まった。同時に水を流す音が響き、不貞不貞しい足取りで洋子が戻った。
「最悪。なんか落ち着かないね、ここのトイレ」
 二人は同時に、洋子を振り返った。
「ユニットバスって嫌じゃない?」
 不機嫌な洋子の態度を見て、矢吹は生理の始まりを連想し、吉田は大便だった事を誤魔化そうとしているに違いないと想像したが、実際は本当ににユニットバスが嫌いなだけだった。
「そうかな。慣れれば別に平気だよ」
「ふーん。私は嫌だな」
「俺ん家もユニットだよ」
「あ、そう」
 不倫相手の番組プロデューサーは、経費で落とせる事を理由に会社の近くのビジネスホテルばかりを利用し、それが洋子には不快だった。同僚と鉢合わせする事と財布の身銭が減る事を恐れた小物は、いつも一人でチェックインし、携帯電話で部屋番号を伝えて来た。こそこそとエレベーターに乗り込み、小さくドアをノックする時、洋子はまるでホテトルだった。ユニットバスが、嫌いだ。ソファのないシングルルームが、嫌いだ。あの男が、嫌いだ。
「じゃあ私そろそろ行くね」
「え? どこに?」