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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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「そんなの観てどうすんだよ」
「はぁ? だからAV出るからこれ観て勉強するに決まってんじゃん」
「ほんとにやるの?」
「だからやるって言ってんじゃん。吉田君もやるのよ。ね、矢吹君」
「え、うん」
「うんってお前、俺なんかじゃ無理に決まってんじゃん。なあ」
「無理じゃないよ」
「えっ」
 笑みの無い矢吹の目は、本気に見えた。
「大丈夫だよ。吉田君なら体格もいいし。それに、きっと楽しいよ」
「出来るかな」
「出来るよ」
 吉田は矢吹から目を逸らし、左手のビデオパッケージを見つめた。いつかこの向こう側に行きたいと思っていた。華やかな世界。綺麗な女と絡んで金を貰う。幸せな職業。親や同級生に見られても関係ない。ガードマンをやっている所を見られるよりは、余程ましだ。
「でも、これって仕事じゃなくて遊びなんだろ?」
「なに言ってんのよ。遊びじゃないわよ。本気で練習するんだから。ね、矢吹君そうでしょ?」
 洋子が唇を尖らせる。
「え、うん。一応ちゃんと編集もして、売り込みに行くから」
「売り込みって、俺はこれからどうなんの? 本物の男優とかそういうのになれるってこと?」
「なれるよ」
「な…」
 吉田日出男は能面の貼り付いたような矢吹の顔をじっと見た。
「ホントかよ。だって俺、指だってこんなんだし」
「大丈夫だよ。AVをきっかけにして、俳優になるよ。悪役商会に入ってやくざ役で有名になる」
「ホントかよ…」
 吉田は俯き、乾いた唇を舐めた。哀川翔に、憧れていた。竹内力も、同じ位、好きだ。怪我をするまでは、ちょっとした不良だった。ポケットの中の右手が、無意識に握り締められる。爪のない指先が、掌を強く押した。
「そうなんだ…。人生変わるかな…」
「変わるよ」
「ちょっと…、俺、考えてみよっかな…」
「考えてみてよ」
 店内に響く流行歌。カラオケで歌われる事を意識して作られた、単純なメロディラインと酒席の合いの手のようなコーラス。不景気なのは自分だけでテレビの中と新宿と渋谷と原宿は毎日が祭りだ。カラオケにも若者の街にも、もう何年も行っていない。怪我をして指を無くして以来、ずっと世の中から取り残された気がしていた。不良女子高生のスカートがロングからミニに変わり、長髪の遊び人が幅を利かせ始めた高二の秋に、野球の出来ない野球部員は学校を辞めた。何年も前から、ゴキブリだらけの汚い部屋で何時もテレビばかり観ていた。もう何も出来ない気がしていた。そんな自分が、今年、出来る事。
「ねえ、そんな変態ビデオ返して、これから三人で一緒にこのビデオ観ようよ。ポケットに入ってるそれってただになる年賀状でしょ。矢吹君も同じの持ってるからこれ二本共ただで借りようよ」
「三人でって…、いいけどどこで?」
「矢吹君の家」
 何かが変わる気がした。今日はカップラーメンとパンを喰ってオナニーしてテレビを観て寝る筈だった。
「行こっかな」
 吉田日出男は興奮していた。楽しいと思った。こんなハプニングがあるとは思わなかった。嬉しそうに見られるのが恥ずかしくて、漏れそうになる笑みを堪えながら、吉田はそっと、変態性欲痴女?を棚に戻した。
 
「じゃあ行こっ。そのハガキ貸してっ」
 口笛を吹きながらスキップする洋子を先頭に、奇妙な三人組はAVコーナーを出て行った。
 そしてコーナーに残った寂しい九人の青年達は、全員が変態熟女3P系のビデオをレンタルし、正月の帰省で揃わないバイトの代わりにレジに立った若禿げの店長を驚かせた。



「ねえ。吉田君お昼ご飯食べた?」
 甲州街道を渡る赤信号で、洋子は二人を振り返った。
「まだ喰ってないよ」
「じゃあ、もう今日から駅前のスーパーやってるから何か買ってこうよ。私作ってあげるから。矢吹君もお腹減ってるでしょ?」
「まあ、ちょっと」
「オッケー。じゃあ私が美味しい物作ってあげる」
 洋子は上機嫌で微笑み、二人を交互に見た。矢吹はちらりと料理とは縁遠い洋子の黄色い爪を見てすぐに目線を外し、吉田は残り少ない財布の中身を気にした。
「でも俺、そんなに金持ってないよ」
 カップラーメンとパンを買う予定だった。
「三十過ぎてそんな貧乏臭い事言わないでよ。大丈夫よ、二千円でお釣り出るから千円ずつで。それならいいでしょ?」
「まあ、いいけど」
 表情が晴れない様子から、洋子は吉田の懐具合を悟った。きっと指が無いから割の良い仕事が出来ないのだろう。そう思った。ポケットに突っ込んだままの右手を一瞥して、すぐに目を逸らした。
「じゃあ吉田君は五百円でいいや。矢吹君千五百円ぐらいあるでしょ」
「まあ…、あるけど」
「よしっ、じゃあスーパー行こっ。」
 駅前に戻りながら、洋子は子供の頃を思い出していた。家庭科の授業。人参の皮を剥く自分の姿を、男子達が憧れの眼差しで見ているのを、皮膚で感じていた。物凄い勢いでキャベツを千切りにする眼鏡を掛けた料理学校の娘は、俎板を打ち付ける小気味良い包丁の音も虚しく、洋子の背景の一部に成り下がっていた。お気に入りの黄色いエプロンを着け、大きめのヘアピンで髪を留めた、可愛い少女。その意外にも家庭的な一面は男子達をときめかせ、ちょっとした失敗に戯けて出した彼女の赤い舌の形を、欲望の自己処理方法を知らない彼らは数日間、鮮明に記憶していた。料理を作る自分を、また、男達に見せたい。みんなの憧れだった自分に、もう一度、戻りたい。私はまだ、終わってなんかいない。

 色艶の良い食材を選び抜いた洋子は、二人に金を払わせ、二袋に分けたビニール袋をそれぞれに持たせた。冬の渇いた空気が唇を乾燥させ、赤信号の度にリップスティックを塗り付ける。後ろを歩く二人の男は会話も無く、上機嫌な女の尻を追いながら淡々と足を運んだ。十五年の歳月は二人の男の人格を変え、一人の女のそれを、全く変えなかった。
 洋子は思う。不倫相手のあの男は、今頃、本妻の手料理を食べている。おせち料理。想像の中の男は本妻に蒸し海老の殻を剥かせ、弱火にかけた鍋の中では、雑煮が煮えている。携帯電話の電源は、当然、切ったままだ。
 正月の東京は空気が澄んでいて、同じこの時間に同じ日本のどこかで雪が降っている事が嘘のように感じる。飛行機で数時間、ハワイに降りればそこは夏で、今年もきっと芸能人と芸能レポーターが大挙して押し掛けている。別に本妻と別れて欲しい訳ではない。芸能人になりたかっただけだ。嘘吐きな男に騙されただけだ。精液を飲んだのに、芸能人にはなれなかった。アナルセックスをさせてあげたのに、見返りは何もなかった。もう無意味なセックスはしない。男とは、もう会わない事に、今決めた。二十一世紀。自分は新しく生まれ変わる。見せる為のセックスをして、スターになる。
 アパートの階段を上りながら、洋子はイメージした。「君ねえ。ちょっと考えたほうがいいんとちゃうか?」素人の新婚カップルに島田伸介のつっこみ。「ふふふ」その隣で微笑むスタジオの花。「なあ早乙女どう思う?」目が合ったしゃくれ顔に応える言葉を探している途中で、アパートのドアが開いた。

「あんっ、あんっ、あんっ、あんっ、あんっ、あんっ、」