小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

冥王星は氷のミステリー

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 窓辺から机に戻った私は、パソコンの電源を入れて、NASA、アメリカ航空宇宙局のホームページにアクセスした。
(ニュー・ホライズンズは、今頃どこを飛行してるだろう)
 ニュー・ホライズンズは、NASAが打ち上げた宇宙探査機の名称。人類初の冥王星および太陽系外縁天体探査機だ。NASAのホームページにアクセスすれば、新しい観測成果や現在の飛行位置をいつでも確認することができる。
 土屋環が亡くなる何年も前から、NASAは宇宙探査機による冥王星の調査を計画していた。さらに、一般から43万人分の名前を公募して、CD‐ROMに記録し、ニュー・ホライズンズに搭載することにしていた。彼はその計画に応募した。
彼の名前が載ることが決まったのは、彼が亡くなった後だった。だから彼は、ニュー・ホライズンズに自分の名前が記録されたCD‐ROMが搭載されたことも、無事に打ち上げられたことも知らない。
 冥王星探査機ニュー・ホライズンズは、私の初恋の人の名前を載せて冥王星を目指しているのだ。

 私は今、宇宙から地球を見ている。
 外から見る地球は、なんて青いのだろう。
 打ち上げられた探査機は、月を追い越し、火星に追いつく。太陽が木星の影に隠れていき、辺りが暗くなる。
 地学室の黒板や長い机に影が落ちる。長机にうつぶせになり、眠る一人の少年がいる。6年前、この地学室にいた少年。
 地球に寄り添う月のように、私は眠る少年の背中に身体を寄せる。目を閉じ、その鼓動を聞く。
 (環兄ちゃん)
 鼓動は、地球の律動にシンクロしていく。
 地学室の重い緑色のカーテンが、風に翻る音で、私は目を覚ます。
 身体を起すと、例の冥王星の本を読みかけていたところだと思い出す。読んでいるうちに、眠くなってしまったのだ。この教室にいると、私は何故だか眠くなる。
 西日が教室の隅々まで差し込んでいる。
 ふと窓の外に目を向けると、空中にキラキラと光る物体が視界に入った。
 (何だろう?)
 窓から乗り出して、その光る物体を観察しようとした。しかし西日が強く、姿が確認できない。
 「UFOだ!」
 下の階から、男子生徒の誰かが叫ぶ声が聞こえた。
 確かに、UFOにも見える。でもまさか。
 さらに目を凝らして見ようとするが、地学室からは西日のせいで見えにくい。しかもその光る物体は、こちらに向かってふらふらと落下してくるようだった。
 教室の外に飛び出し、光る物体を横目で追いかけながら階段を一気に駆け降り、校庭まで走って行く。
 校庭では練習を終えた運動部が後片づけをしていた。それを避けながら、校庭の真ん中まで来ると、その光る物体は、ちょうど私の頭の上に舞い降りるように近づいてきた。意外と小さい物らしい。
 頭のすぐうえまで来たところで、私は飛び上がってそれをキャッチした。思った以上に軽い。
 (……なんだ、紙飛行機か)
 光る物体の正体は、銀色の折り紙で折られた紙飛行機だった。
 がっくりと肩を落とす。
 (でも、誰が飛ばしたんだろう……)
 校舎を見回しても、紙飛行機を飛ばしたらしい人物の姿はなかった。
 その時、理科棟3階の地学室の窓に、人影が映った。地学部の部員だろうか。
 だがそれは、普通の人間とは明らかに違う姿をしていた。
 大きな頭に、これまたアーモンドのように大きな目。灰色の皮膚に、首から下はオレンジ色の変わった服を着ている。身長は遠めで見ても、2メートル近くある。
 (宇宙人だ……)
 驚きと恐怖のあまり、足が立ちすくむ。
 だがその次の瞬間、宇宙人の姿は見えなくなった。
 宇宙人の姿が見えなくなった後も、しばらく校庭で呆然としていた。だが周りにいた運動部の部員達が騒ぐ気配はない。あの宇宙人を見たのは、自分だけだったのだろうか……。
 理科棟に戻ると、足音を立てないように廊下を歩き、そっと地学室を覗き込んだ。だが教室には、誰もいない。
 その後も、掃除道具入れのロッカーや裏にある準備室まで、地学室を墨から隅まで調べたが、やはり宇宙人の姿は無かった。
 全身の力が抜け、椅子に座り込んだ。
 下校時間を知らせる長いチャイムが鳴る。
 開いた窓から風が吹きこんできて、机の上に置いてあった冥王星の本のページがバラバラとめくれる。最後のページが開いたところで、風が止んだ。
 (帰らなきゃ)
 本を閉じようとして、開いたままの最後のページをなにげなく見た。
 ページの余白の部分に、数行のメモが書かれている。私はそのメモを読んだ。
 「カンパネルラ。
 君は、いよいよ本当に冥王星に行ってしまうんだね。
  2006年1月20日  
 残されたジョバンニ 」
(……カンパネルラとジョバンニ?……銀河鉄道の?)
メモは黒色の細いペンで書かれていて、走り書きされたような字だった。注意深く見なければ、気がつかなかっただろう。私は混乱した頭のまま、そのメモを見つめていた。

 真夜中に、目が覚めた。時計の針はまだ三時を指している。
 放課後の出来事が気になって、なかなか寝付けなかった。
 地学室にいた宇宙人の姿を思い出す。そういえば、あの宇宙人は土屋環の『宇宙人との会見』の写真に写っている宇宙人によく似ていた。私があの写真を気に入っていたのは、それが他の写真と違って、とても本物らしく写されていたからだ。彼もあの写真だけは本物だと、何度も私に言っていた。
(幻を見たのだろうか?それとも……)
 ベッドから起き出し、窓を開ける。天体望遠鏡の隣に腰掛け、校庭で捕まえた銀色の紙飛行機を眺める。
空を仰ぐと、満天の星空が広がっていた。
 私は夜空に向かって、銀色の飛行機を飛ばしてみることにした。
紙飛行機は、ひらひらと力なく飛んで、隣の家の土屋環の部屋に設けられた小さなベランダに落ちた。
 天井から吊り下げられたUFOの蛍光塗料に照らされて、部屋の壁のポスターがぼんやりと見える。銀色に輝く機体と丸い大きなパラボラ・アンテナ。冥王星探査機ニュー・ホライズンズのポスターだ。
 (2006年1月20日 )
 メモに書かれていた日付を思い出した。その時、頭の中で急にあることが閃いた。
 机のスタンドの明かりを付けて、パソコンを立ち上げる。NASAのホームページを開く。
 (確か、この日は、ニュー・ホライズンズの打ち上げの日だ)
 ニュー・ホライズンズが打ち上げられた日は、アメリカ東部時間で2006年1月19日。日本時間では1月20日になる。
 例の冥王星の本、『冥王星―謎に包まれた氷の天体―』を開いて、もう一度メモの日付を確認する。
「カンパネルラ。
君は、いよいよ本当に冥王星に行ってしまうんだね。
 2006年1月20日 
 残されたジョバンニ 」
 間違いない。メモの日付はニュー・ホライズンズの打ち上げの日だった。
 でも、どうしてこのメモに書かれた日付が、ニュー・ホライズンズの打ち上げ日と一致しているのだろうか。偶然に一致しているだけ?
 カンパネルラとジョバンニ。二人の少年は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の登場人物だ。物語のラストで、カンパネルラは行方不明になってしまう。ジョバンニを残して……。
作品名:冥王星は氷のミステリー 作家名:楽恵