あとのまつり
日程は、ちょうど秋の三連休なので、それに一日付け足して有給を取ることにした。御堂筋は同行はしない。だから、自分の嫁の顔を見せなくてもいい。
「どっか、帰り道に温泉とか、ええとこあるか? 」
「うーん、あることはあるけど・・・連休やからなあ。今からは無理ちゃうか。うちの実家に泊まってくれたらええやんか。」
「あほ、用事が終ったら、即刻引き上げさせてもらうで。なんぼ、俺でも、そこまで厚顔にはなれへん。衣装って、そのまま、持って帰ってもええんか? 」
「奥さんのはええと思う。おまえのは返してくれ。あれは、年代ものらしい。」
「わかった。ほな、俺のは返却やな。」
別段、吉本は普通だ。御堂筋は、吉本の「俺の嫁」について説明されて、少し驚いたが、まあ、そういう人間もいるだろう、と、納得はした。自分の実家のほうも、「やってくれるなら、それでいい。」 という返事だった。過疎が進む御堂筋の実家方面では、すでに、それができる人間がいなかったからだ。
「悪いな。何十年かに一度やから、次は無理かもしれへんわ。」
「そんなこと言うなや。また、物好きがおるって。」
「俺、おまえんとこの嫁さんに一度、逢いたいわ。」
「あかん。俺の嫁は恥ずかしがりやから。・・・せやけど、残念やったな、御堂筋。ええきっかけやのにな。相手がおらんではな。」
御堂筋には、そこまで考えた相手がいなかった。もし、いれば、この話は、御堂筋だって引き受けたかもしれない。しかし、当人は、手を振って、「いやいや。」 と、苦笑した。
「いや、おっても引き受けへんな。帰る度に、言われるんやから、やりたないわ。」
「ああ、そうか。なるほどな。・・・でも、村おこしになるで、それ。」
「あほか、そんな物好きは、そうそうおらん。まあ、頼むわ。連絡はしとくさかい。」
「わかった。まかしとき。うちは大歓迎や。」
細かな事項については、御堂筋にもわからないので、連絡先を教えて貰った。御堂筋の頼み事は、村の古いしきたりに則るものだったからだ。
浪速にも同じように、休みを取らせた。金土日月の四日間の休みだ。御堂筋の頼み事は、土曜日には終る手筈だから、その後は、どこかの温泉へでも宿泊するつもりだ。
「ん? 今から泊まりを取るてかえ? 」
「あかんか? 」
日程を聞いて、浪速のほうは渋い顔をする。連休ともなれば、さすがに泊まりは難しいだろう。出発まで十日を切っている。
「旅館が取れるとは思われへん。」
「なら、ラブホでええがな。」
「そんな田舎のラブホが、男二人で泊まれるかいっっ。」
「まあ、そっちは、どうにかしてくれ。」
「俺? 」
「俺の嫁は、そういうことは得意やろ? 」
「・・・・しゃーないなあ。わかった。」
浪速は、旅慣れしていて、そういう方面は得意だ。やれやれ、面倒なことを・・・と、ぶつぶつと言いながら、パソコンの電源を入れる。ふと、その頼み事について尋ねるのを忘れていたことに気付いた。
「ああ、神事やねん。御堂筋の実家の村で何十年かに一度あるらしいんやけどな。まあ、村のもんには該当する若いもんがおらんのや。それで、俺とおまえがしゃしゃりでる。」
「その御堂筋くんは、あかんのか? 」
「あかんねん。ふたり揃ってないとな。」
「ふたり? 」
「そう、おまえ、白拍子。俺、氏子。その役回りがあるからな。」
「しらびょうしぃぃぃぃ? それ、女がやるもんやろ? 」
「ええがな。おまえ、俺の嫁やから。」
「いや、違うがな。そうやなくて、ほんまもんの女がやらんといかんのと違うんか? 」
「ああ、ええねん。格好だけでな。それに、たまに、毛色の違うのがやったほうが神さんかて楽しいって。」
よくわからない理屈だが、ふたり揃っていなければならない、と言われれば、浪速も言い返せない。神事に若い衆が必要だということなんだろうぐらいの理解をしただけだった。
あっという間に、当日はやってきた。それほど遠い場所ではないが、高速道路がない山道ばかりの場所で、四時間ばかりかかったが、どうにか、無事に午後早くに到着した。御堂筋の実家で挨拶もそこそこに、すぐに、禊をしてくれ、と、神社に連れて行かれた。精進潔斎ということで、吉本と浪速は、まったく別の部屋に通された。今夜だけは、ここで休んでください、と、村の人間が食事を運んでくれる。それも、精進料理で、動物性たんぱく質は一切ない。風呂に入ると、白装束の着物に着替えさせられた。着物の時は下着は一切つけない、とのことで、着物なんて着慣れない浪速にしてみれば、「はあ、そうですか。」 と、頷くしかない。
なんだか仰々しいな、と、浪速は思ったものの、頼まれて引き受けてしまったのだから、と、大人しく、その夜は眠った。
翌朝かなり早い時間に叩き起こされて、また新しい着物に着替えさせられる。今度は、白装束に赤い袴、さらに、頭に烏帽子である。それから、化粧まで施されて、しまうと、さすがにプレッシャーがかかってきた。
「絶対に口を訊かないでください。神事が終るまでです。」
村の年寄りらしい女性に注意されて、それから無言の行が始まった。しかし、相方の姿がない。おかしいな、とは思ったが、先導されて社に入ってしまうと、何もできない。
神主が祝詞を読み上げる祭壇の最前列に座らされた。朗々と続く祝詞と拍手が、なんとなく気持ちを引き締める。それが終ると、村人がひとりずつ、祭壇に向かって拍手を打つ。
・・・足が痺れる・・・・
じっと座っているだけで、浪速には苦痛だ。足の感覚が、すでにない。だが、神事はなかなか終らない。さらに、神主が違う祝詞をあげて、拍手を打つ。いつまで続くのだろうか、簡単に引き受けなきゃよかった、と後悔したのは言うまでもない。そのうち、自分の前に三々九度で使うような重ねられた杯が、三宝に載せられて置かれた。一番上を神主が取り上げて、そこに酒を注ぐ。「呑め。」 と、動作で促されて、浪速が口をつけた。次の杯は、祭壇に捧げられて、酒を注がれる。そして、次の杯は、また浪速だ。そうやって順番に、杯が変えられて、最後の杯が祭壇に捧げられる。
また、祝詞が始まり、拍手をうつ。すると、今度は、背後がざわざわと動く気配がした。足音がして、おまえは平安時代の貴族か? という格好の吉本が、浪速の横に跪いた。
「『あとのまつり』をするのは、私くしにございます。」
一言、そう吉本が発すると、村人は、ひとりひとり、ゆっくりと外へ出て行く。最後に、神主が、「お願いいたします。」 と、頭を下げると出て行った。
「まだ喋るな。」
浪速が終ったと思ったのに、手で遮られた。ゆっくりと吉本は立ち上がって、三度頭を下げて、拍手を打つ。
「神饌をちょうだいつかまつりまする。これより、この白拍子は、神よりの授かりモノとして、大切にする所存でございます。それゆえ、約束は違えることがなきように、お願い申しあげたてまつります。」
もう一度、吉本が三度頭を下げ、拍手を打つ。そして、じっと祭壇の置くに奉られる御神体を睨んでから、振り向いた。
「もう、ええよ。」
「えらいたいそうやな? 」
「まあ、何十年かに一度やからな。」