ROBOT
それにもう研究所の人間は、自分を探してはいないだろうと忍足は確信していた。
もうカウントダウンは始まっているんやから。
自分を見つけ出す必要はもう無い。
「ならいいが、俺のいない時にうろちょろするな。もしってことがあったら・・・・・・」
もしもってことがあったら。もし自分が今、突然一人になったりしたら、どうなるのだろう。
侑斗がいない生活なんて、もはや貴之には考えられなくなっていた。
侑斗にはいつも傍にいて欲しい。今も。これから先も。ずっと。
二ノ宮は今。
恋しいと言う感情をイヤと言うほど思い知らされていた。
ロボットに教えられた感情。反対じゃねえかと思って。気付かれないように苦笑いする。
「侑斗、したくしろ」
「えっ?どうしたん。外に出てもええんか」
「ああ、いい所へ連れてってやるぜ」
「どこへ行くんや?」
「いいから付いて来いよ」
一緒に暮らしてみてわかったこと。侑斗は子供のように純粋だった。自分のことを信じていつも自分の傍にいてくれた。
それも今までロボット研究所と言う閉鎖された空間の中に閉じ込められていたのだから、当たり前と言われれば、当たり前なことだが。
そんな侑斗を好きになった。侑斗が……人間ではない、ロボット、アンドロイドだと言う事はわかってる。
わかっているけど、自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった。
好きだと、恋していると言う感情を、どうしても止められなかった。言える言葉はただ一つ。
侑斗を。
愛している。
「じゃ、着替えてくるからちょう待っとって」
「あぁ」
寝室のドアを開けた途端、足に力が入らなくなった。その身体を懸命に壁に手をつくことで支える。
《Warning!!》
「ロボットのくせに情けないな」
呟くように侑斗は言うと、床の上に座り込んだ。
もう少しだけ、貴之と一緒におらせて下さい、神様。
「ロボットやのに、神様にお祈りするなんてな・・・ありえへんなあ」
暫く間、身体の内部でおきている異変がおさまるのを待つ。
「侑斗、まだなのか」
ドアが開いて貴之の顔が覗く。
「ごめん、ごめん。貴之と一緒に初めて外に出るやろ。いろいろ迷うてしもうたん。なんやデート前の女の子みたいやな俺」
こんなシーンをテレビで観たと。そう言って侑斗は笑った。
侑斗の顔が半分隠れそうなほど、大きなマフラーを首に巻いてやった。
別にそんなもので侑斗を人目に晒さなくてすむとは思っていなかったが。
誰の目にも触れさせたくないような気がしていた。
「わあぁ、綺麗やな。イルミネーション」
「ここの遊園地、イルミネーションが綺麗なんで有名なんだ」
「夢の世界の中に迷い込んだみたいや」
侑士は目を輝かせて、キョロキョロと辺りを見回している。
「お前一度、遊園地ってところへ行ってみたいと言ってただろ」
「跡部、覚えとってくれたん」
「あぁ、どれに乗りたい?」
「全部、跡部と一緒に全部乗りたい!」
「いいぜ、付き合ってやる」
コーヒーカップ。ジェットコースター。回転ブランコ。オクトパス。それにお化け屋敷。
いつもの貴之らしくは無かったが、二人でワーワーキャーキャー言いながら、時には手を繋いで侑斗と回った。
楽しそうに、傍で微笑む侑斗。
「なあ俺前から不思議に思ってたんだが。侑斗のその言葉」
「関西弁の事か?」
「あぁ」
「それはたまたま俺に関西弁の変換データーが入れてあるからや。ロボットの中には青い瞳の英語をしゃべる奴もおったで」
「そうか」
「なんや関西弁が気になっとったん?関西弁が嫌いな人間もおるもんな。貴之も嫌いなんか?」
心配そうな表情(かお)をして、探るように貴之を覗き込んだ。
「おまえの関西弁も、その聞き心地のいい声音も俺は気に入ってるぜ」
「……貴之。俺も貴之のその優しい瞳も、ちょっと低い声も、貴之の全部が好きや」
全部が好き。
「侑斗」
大きなソフトクリームを一つ買い、かわりばんこに舐める。
まるで恋人同士。
貴之はしっかりと自覚していた。もうずっと前から芽生えていた自分の気持ちを。
ロボットに恋をしている。
怖いほど幸せな時間が過ぎて行った。
「もう、あれだけやな乗ってないん」
侑斗の指差した先には大きな観覧車がゆっくりと動いていた。
他に比べ観覧車は円の中心から放射線状に、イルミネーションが付いているだけでその数は少ない。
本当なら遠くから見える観覧車こそイルミネーションでデコレートされていそうなものだが、そこは観覧車から綺麗な光を見てもらいと観覧車自体のイルミネーションの数は極力抑えられていた。
一緒に観覧車に乗り込んだ。
「一周15分やて」
「15分間の空中デートだな」
「なあ、貴之。俺、貴之の隣へいってええ?」
上目がちに申し訳なさそうに侑斗は聞いて来た。
「あぁ、お前高いとこ嫌いなんだろ?」
「えっ?なんで知っとるん?」
「お前、星を見にベランダに出ても、いつも下の方は見ねえだろ」
笑いをかみ殺してそう言ってやると。
「ロボットのくせに高いところが怖いっておかしいんやろ」と言って睨まれた。
「かわいいじゃねえの、そういうの」
「貴之のアホ」
侑斗はプイと顔を外に向けたが、そのまま貴之の隣に移って来て手を繋ぐ。
その柔らかい手に跡部はドキリとした。
侑斗。
きれいやなぁ。光の海みたいや。そう言った侑斗を。
自分の方に引き寄せて、抱きしめた。
「貴之・・・・・・」
もっと強い力で侑斗を抱きしめる。
そのまま抱きしめられていた侑斗が。
「貴之、俺おかしいわ」
「・・・・・・なんだ?」
「この辺がドキドキするんやけど。それに・・・・・・顔が熱いわ」
繋いで無い方の手で胸の辺りを押さえている。侑斗の顔を見たら、頬も赤く染まっていた。
「そうか、じゃあもっとドキドキさせて、もっと熱くさせてやるよ」
「えっ」
侑斗の唇に自分の唇を重ねた。
弾力があって柔らかな感触。
何度も何度も、啄ばむようなキスを繰り返した。
「侑斗が好きだ」
「貴之が俺を好き・・・・・・」
「あぁ、好きで、恋しくてたまらねえ。お前を愛してる」
「ひょっしたら、このドキドキが恋しとるっていうことか?こんなに身体が熱くなるのが、貴之を好きやっていうことなんか?」
「・・・・・・たぶん」
「貴之」
繋いでいた手が今度はしっかりと背中に回されて、縋りつくように抱きついて来た。
なんて抱かれ方するんだよ、こいつは。自制がきかなくなるだろ。
恥ずかしそうにゆっくりと開いた唇の隙間から舌を滑り込ませて、侑斗の舌を絡める。
くちゅり。わざと音を立てて吸いあげる。口腔中に愛撫を与えた。
「あぁ・・・・・・んっ・・・」
侑斗の口から漏れる甘い吐息。
なのに。
もうすぐ観覧車は、地上へと戻ってしまう。
離したく無い唇を無理やり離して。二人の間にかかった粘着性の銀糸を舐め取った。
「侑斗、大丈夫か?」
「・・・・・・あ、うん」
焦点の合って無い目で見つめ返された。
侑斗の身体を支えながら、観覧車からおりた。
ずっと手を。
手を繋いで帰ってきた。
行く時は友達で。
帰って来た時は恋人同士。
二人にとって、新しい日々が始まるはずだったのに。