ROBOT
「YU-10に感情がある疑いがあります」
「なに、ロボットが感情があるだと、それがどんなに危険な事かわかっているのな」
「はい、自分を守るために人間を傷つける可能性もあります」
「そうだ。YU-10が感情を有しているのなら、残念だが直ちに処分しなさい」
「わかりました」
□■□
「もう随分前から俺の中に感情が芽生えて来たのに、俺自身は気が付いてたんや。それを人間が恐れていることも。だから隠していたんや。
でもあの日。車に跳ねられそうになった子猫を助けてしもうたん。ロボットが小さな子猫を助けるなんてありえへんことなんよ。でも俺、みすみすあの子が車に跳ねられるのをどうしても見過ごせんかった」
「で、バレたんだな」
「あぁ、それで俺の処分が決まったってわけや」
「いったいお前はどうするつもりなんだ?」
「・・・感情があるんやから、怖わないって言うと嘘になるけど、それも仕方が無いと思うとる。でも明日処分される前に見てみたかったんや。星を」
「星?」
「夜は外に連れて行ってもろうたことがないねん。だから一度でいいから本物の星を見てみたかったんや。だから研究所を抜け出してしもうたん。今頃は俺の事を必死で探しとるはずや」
本当に寂しそうな顔をした。
感情を持ってしまったロボット。三流映画の題材になりそうな設定だが。それが現実なら全く違うのだ。
ロボットは機械でも、感情があるなら。いや、魂を持ってこの世に存在するものであれば。それは単なる機械では無い。
目の前に存在しているYU-10は、ロボットとして簡単に処分されていいはずは無いと二ノ宮は思った。
こいつは自分がが守ってやる。軽い正義感からだったかもしれない。そう決意した。
「YUー10は侑斗じゃダメか?お前の名前。10はとうと言うしな」
感情を持ってしまったロボットに向って優しく微笑んで。
さっきの紙の裏に漢字で侑斗と書いた。
「俺の名前?」
「そうだ、お前の人間としての名前」
「俺が人間?」
「そうだ、感情があるのなら人間と違わねえだろ」
「感情があるんなら、人間?」
「たとえ、身体は機械でもな。今日は星は出ねえし、暫くここにいろ。星を見てからでも研究所へ帰るのは遅くねえだろ、侑斗」
「・・・・・・二ノ宮。二ノ宮のつけてくれた名前。記号じゃない侑斗っていう名前・・・・・・ええ名前やね」
「俺の事は貴之って呼べよ」
「おん」
「本物の人間と見まがうほどのロボットを造る科学技術があるなら。逃げ出したおまえを見つけ出すことぐらい簡単じゃねえのか?」
「追跡装置の回路は自分で切断したわ……」
「そうか。じゃあすぐにみつかるようなことは無いんだな」
「あぁ、暫くは大丈夫やと思うわ」
心細いのか。縋るような目だった。どんなに優れたロボットだって、人間と同じ感情を持っているのなら。
明日、消えてしまうことが怖くないわけが無い。
「大丈夫だ」
気がつくと目の前で震える身体を抱きしめていた。
俺がおまえを守ってやる。
不思議な出会いで始まった人間とロボットの生活。
侑斗はこの世に存在する最高の頭脳を注ぎ込まれて作られたロボットに他なら無かった。
ロボットだとわかっていても、侑斗がロボットとは到底思えない。
肌には温もりを感じ、頬には紅が差し、確かに血液が流れていると確信させられるし。
胸に耳を当てれば、規則正しい鼓動が感じられた。
確かに侑斗は生きている。そう実感させられる。
適当に済ませていた朝食も、侑斗のお陰できちんと取るようになった。
食事の仕度を侑斗は好きだと言う。
トーストを軽く焼き、野菜サラダに自前のドレッシングを掛けて、コーヒーをたてる。そのどれもが美味い。
侑斗は一応身体は機械だから、基本的には口からの食物の摂取は必要としない。
何時間か太陽を浴びておけば、暫くは事足りると言っていた。
それでも食事の時間は二ノ宮の隣に座って一緒に食事をした。人間と同様な食事を取ってもエネルギーに変えられるという
便利な身体らしい。
「貴之は友達多いんか?彼女とかおるん?」
「お前、彼女とかいう単語知ってんのか」
「知っとるよ。俺の人工知能にどれだけの情報が入っとると思っとんねん」
そうか。生身の人間なら、処理しきれないほどの情報が侑斗の頭脳にインプットされているのだ。
「まあ、友達はいるぜ。同じ大学の奴とか」
「そうか、ええなあ」
「友達が欲しいのか?彼女も・・・・・・」
「・・・・・・俺は貴之がおるからええ。彼女って恋人のことやんな。恋人は恋しく思う相手。普通、相思相愛の相手なんやろ。・・・・・・俺まだ好きとか、恋しいとかいう感情はようわからへんねん」
そう言って俯いた。侑斗の中に芽生えた感情に、侑斗自身がまだ戸惑っている。そしていろんな感情に興味もあるのだろう。まだ言葉だけの感情に。
「そうか、残念だが俺にも相思相愛の恋人はいねえし、お前と同じで恋しいとかいう感情はよくわからねえ」
「そうなん、貴之も俺と同じなん、もてそうやのに……。貴之って優しいし、貴之みたいのをかっこええと言うんやろ」
まじめな顔をしてそんな世俗チックなことを言う侑斗は面白い。
「もてるとか、そういう意味はわかってるんだな」
思わず、声を立てて笑ってしまう。
「でも何か、貴之に恋人とかおったら寂しい気がするなあ。なんでやろ?おらんて聞いて、安心したわ」
真摯な表情をしてそう言った。
はっ?
目の前の侑斗は。
自分の言ったことの意味をたぶん理解していない。そして貴之も理解していなかった。
食事の間のたわいも無い会話。その一つ一つが楽しかった。
晴れた日の夜は、必ず二人でベランダに出て星を見た。
侑斗があの日どうしても見たかった星を二人で見る。
赤い光。黄色い光。冷たい青白い光を放って瞬いている星。
「綺麗やなあ。でもあの星たちの中にはもう存在してない星もあるんやろ」
「ああ、そうだな」
何億光年も先から届く神秘な光。その中には既に星の寿命を終えたものもあるだろう。
ベランダの手すりに肘をつき、貴之の肩に頭を預けて、侑斗はいつまでも飽きずに星を眺めていた。
もしかすると、侑斗はその星たちと自分を重ねて見ているのではないだろうか。そんな気がした。
貴之はそっと、その背中を抱いてやる。
とても大切で愛しい瞬間だった。
静かな時間が流れていく。
「お前、今日出かけなかったか?」
「えっ、なんでわかったん」
「こんなもん、俺が買って来た記憶がねえからよ」
フォークに刺さしたローストビーフを、侑斗の目の前に突き出してやる。
「テレビでな、やっとったん。おいしそうやから貴之に食べさせてやりたくて、材料買いにほんの近所まで出掛けて来たんや」
怒られると思ったのか。目を合わせずにおどおどしている侑斗。何故か、たまらなく可愛いと思ってしまう。
侑斗の額を人差し指で弾いてやった。
バツが悪いのか、はにかんだ笑いを見せる。
「出歩いても大丈夫なのか?もし研究所の人間に見つかったら、お前処分されるんだろうが」
「大丈夫や、俺あいつらの気配はわかるから、俺があいつらに見つかる前に逃げ出しとるわ」