むべやまかぜを 幕間
「末吉さん、花世を使ってみる? 能力は十分よ」
「花世といいますと?」
「そこにいる子。私の妹」
まさかそのようなおかしな球が飛んでくるとも思わなかったのだろう。金髪の編集者はきょとんとしている。
「こちらの方を、ですか?」
「そう。たいした実力の持ち主よ」
少女はめんどくさそうな顔をし、そして末吉は鈍いのだろうか、少女の表情に気がつかないままに言った。
「いや、まあ、そうですね。大井先生がご推薦してくださるならば考えさせていただきます。まずはほかのスタッフと話し合ってみます。ご返答には少々時間がかかると思いますが……」
末吉は慇懃に言い、物書きヤクザはつっけんどんに言った。
「いや、いいです。そんなことしてくれなくて」
少女は足下に断った。アネキ分の出来の悪い冗談に付き合う必要はない。
「話し合ってくださらなくて結構です」
「……」
もしかしたら末吉は自分が憎まれているということにすら気がついていないのかしれない。とにかく丸山花世の出座はあっという間になくなってしまったのであるが、そのことで物書きヤクザが残念がるということも無い。そこで大井弘子、ペンネーム大井一矢は末吉に言った。
「とにかく……まあ、オメガ文庫ですか。そちらのほうは私のほうでも考えてみます。私もお店のことであるとか、いろいろとやらなければならないことがありますから」
「はい……ご多忙は存じ上げておりますから……」
「スケジュールの調整とかいろいろと考えてみます。ご返答には時間はかかりません。お返事は明日の昼十二時までに差し上げます」
大井弘子はわざと末吉の言葉にかぶせるような発言をした。それはある種の報復であるが……どうも、金髪の編集は大井弘子の言葉の意味を理解していない。これは相当に頭の悪い人間である。
「そうですか。はい、分かりました……」
穏やかな店の主人の物言いに、末吉は満足しているようである。どうも、編集殿は大井一矢の返答を『ポジティブ』ととったようである。
そして丸山花世は思っている。
――こいつ相当の馬鹿だな。
「私もドラッケンマガジンの立ち上げに携わった頃からこの業界にいますけれど、今ほど、厳しい時期は見たことがありません。本当に厳しい」
作品名:むべやまかぜを 幕間 作家名:黄支亮