むべやまかぜを 幕間
「昨年に創刊いたしましたもので……ま、ラノベの業界では新参ですが、作家さんも皆さん、それなりのビッグネームをそろえております」
「ふーん」
少女はほとんど聞いていない。
「松風って……あれだよね、グラビアとかマンガ雑誌の版元だよね」
「さすがは大井先生の関係者、よくご存知で!」
「それぐらい知ってるよ」
馬鹿にすんな。物書きヤクザはいらついている。そのいらつきを見て取ったのか、女主人が雑炊の入った椀を一つ、妹分の前に置いた。
あまりもののカニ雑炊。野沢菜の漬物が入った小鉢がおまけ。少女は頷くと雑炊に取り掛かった。慇懃なチンドン屋については……まあ、ほうっておいても害はあるまい。
「本日はですね、大井一矢先生に、うちで立ち上げたオメガ文庫で作品を書いていただこうと思いまして、それでこうやってやってきたということでして……」
「ふーん」
丸山花世は興味がないので適当に頷いている。時々だが、こういう手合いがイツキにもやってくる。そのことは妹分も知っているのだ。だが。
「昨今、ライトノベルは大手の寡占状態にありまして……しかも、売れるものは売れる、売れないものは売れないと二極化しているわけです」
金髪の不細工はいらん解説をしてくれる。
「うちでもいろいろな作家さんを引っ張ってきているのですが、どうも、皆さん売れ行きが非常に芳しくない。そこで、大井さんのお力を拝借しようと、まあ、こう思ったわけですね」
物書きヤクザは嫌な顔をした。
――こいつ……デリカシーのねー野郎だな。自分が引っ張ってきた作家に対して『売れ行きが非常に芳しくない』って……それって、テメーの能力不足を作家におしつけているだけじゃん。しかも、それを作家であるアネキに言うなんて、馬鹿な男だな。
「さまざまな方面でご活躍されている大井先生であれば、業界に与えるインパクトもきっと大きいはずでして……」
言葉が上滑る。舌のよく回る奴は気をつけたほうがいい。特に横文字を使う奴は危険。クリエイター。ポジティブシンキング。インパクト。ブレインストーミング。横文字をさも自慢げに振りかざす人間はまず危ういことを丸山花世は知っている。
――インパクトなんて言わんと『衝撃』でいいじゃんよ。
と、不満げな顔をしている妹分が口を開く前に、アネキ分が笑って言った。
作品名:むべやまかぜを 幕間 作家名:黄支亮