むべやまかぜを 幕間
時々いるのだ。
大井弘子目当てにやってくる筋の悪い客が。店が終わる時刻をわざと狙ってやってきて、あわよくばその後にいい思いをしようとするさもしい連中。
――四十、五十っていう、もう落ち着かなきゃいけない連中ほど下半身に節操がねーかんな。
一方の大井一矢のほうも……妹分がやってきたことに気がついたようである。
「来たわね」
「あ、うん……」
大井一矢は……おかしな客に辟易しているというわけてもなさそうである。
――なんなんだ、こいつ。
素性のよく分からない男に警戒しながら物書きヤクザはカウンター席のひとつに腰を下ろした。
「ブレインストーミングをしまして、それからですね」
客は言い、そこで小娘は眉を軽く動かした。
「ところでえーと、あなたは、大井先生の……ご身内か何かですか?」
ちんちくりんはそう言って丸山佳代を見ている。物書きヤクザは混乱している。
――大井先生? なんじゃそりゃ。
店に来る人間で、一矢のことを『先生』と呼ぶような人間は始めてである。
――先生……ねえ。
慇懃も過ぎれば無礼になる。必要以上のおもねりは傲慢の裏返し。物書きヤクザはそのことを知っている。
「妹さんかなにかですか?」
気持の悪い男は言い、丸山花世は複雑な顔のまま応じた。
「うん。そんなとこ」
「なるほど、さようですか……大井先生のお身内ですか。なるほどなるほど」
「あんた、誰?」
物書きヤクザはいきなり荒れている。出来損ないの成金のような男。慇懃で妙になれなれしい中年男のことを丸山花世は一目見ただけで、
――胡散臭いヤローだ。
と嫌っている。
「私、松風書院の末吉と申します……」
「ふーん」
脂ぎった男は物書きヤクザに名刺を手渡した。
――松風書院 オメガ文庫。
丸山花世は名刺をじっと見つめている。
「先年立ち上げたオメガ文庫の編集長でして……」
ソツが無さ過ぎる人間は、本人はうまくやっているつもりだろうが、丸山花世のような人間からすると、どうしても最後の最後で信じきれないのだ。
「……」
カウンターの奥の大井弘子は穏やかに笑っているが……妹分にはわかっている。
――こいつはどうでもいい客だな。
「オメガ? 知らんなあ」
作品名:むべやまかぜを 幕間 作家名:黄支亮