むべやまかぜを 幕間
幕間 時代に取り残された人々
新橋の烏森口から徒歩五分。
雑居ビルの地下にイツキという店がある。
何ゆえ『イツキ』なのか?
もともとの店の主が前田樹という中年男だったので、その名前をとってイツキ……という説があって、景気良く『イッキ』としたかったところを、間違えてイツキと看板に書いてしまったのでイツキという店名になったという説がある。何かが居ついてるからイツキとなったという説もあるが……店に何かが居ついていることをアピールする理由はどこにあったのか。
いずれにせよ事実として言えることは、店を開いた中年の店長が焼酎の飲みすぎで病院送りとなったということがひとつ。そして、その酒を飲みすぎた店長に代わって、いつの間にか色白の若い女性が店を仕切るようになったことがひとつ。最後に、若い女性の店長が切り盛りするようになったあとのほうが客が多くなったことがひとつ。そして最後にひとつ。地下にあるカウンター席だけの小さな店には時々だが風変わりな物書きヤクザがやってくるのだ。
いつものようにいつものごとく――。
閉店間際のイツキ。お客がはけてひと段落している地下の居酒屋。 丸山花世は階段を下りていく。
「ふふふーん……ふんふん……」
機嫌が良いので鼻歌交じり。
少女にとってはそこはいってみれば秘密基地。普通の女子高生であれば、利用するのはマクドナルドであったりスターバックス。けれど丸山花世は違う。あくまで居酒屋。アネキ分がやっているイツキ。物書きヤクザにはうらぶれた地下店舗こそが似つかわしい……。
「って、あれ?」
カウンター席には客の姿が。
「……」
少女はそやつのことを汚物を見るような目で凝視する。
変な男。
まさに変な男、であった。髪の毛は金髪。脂ぎった顔には妙な丸眼鏡。切りそろえられた髭は本人は洒落ているつもりだろうが、丸山花世に言わせれば古くなった歯ブラシのよう。三つボタンの背広にベストはブランド物。多分イタリアかどこかのモデルが着れば栄えるのだろうが、ちんちくりんな小太りでは、何を着ても一緒。むしろ、その様子は頭の悪い飼い主に無理やりに衣装を着せられた気の毒なブルテリアのよう。
「まずはですね、ブレストをしましてですね……」
――なんだ、この野郎は……。
物書きヤクザは思ったことがそのまま顔に出る。
「……」
作品名:むべやまかぜを 幕間 作家名:黄支亮