Merciless night(4) 第一章(完)境界の魔女
坂宮の言葉を振り切るようにオレは叫ぶ。
「坂宮がいたから、自分の新しい生き方を見つけられた。それなのに、坂宮がいなくなったら……」
坂宮がいなくなったらオレ自身の存在がなくなるのではと恐怖した。
オレがオレでいられなくなると……。
オレは表世界では殺人鬼でしかなく、人格を誰かに改竄するほか日常に溶け込む方法はなかった。
でも、坂宮はオレの全てを受け入れ友達として接してくれた。
人形または怪物と変わらないオレに……。
オレの裏側を知っても、何も変わらず接してくれる人がいると思えたからこそオレは自身を変えようと思えた。
人形から人間に変わろうと思った。
それは坂宮がいたから。
やっと……、やっと自分の思いと向き合い、自分のために目指す場所ができたのに……。
「だから、……ナッリーがいたから、ナッリーの……抱えているものに気づけたから……私は私で頑張れた。…………全部ナッリーの、おかげなんだよ」
その言葉にオレは何も反応出来なかった。
それは坂宮の思っていることとオレの思っていることが似ていて、自然に言葉が心に沁み込み思いが同化したからだろう。
オレと坂宮は同じなのだと。
オレが気づいたころには、ただ一筋の雫が頬を伝う。
そんなオレを見てか、坂宮は安心させるようにオレの背中から両腕を離し、オレの涙を右手で拭いそいつは……、
「…………生きて」
囁くように、然しその声は力強く笑顔で目を静かに閉じ、坂宮は眠る様にオレに倒れた。
オレはそっと坂宮の頭を抱え。
無理やりに笑顔をつくり呟く。
「ありがとう…………」
それはせめてもの、……坂宮へのオレが生きることの償いだ。
涙はもう流れない。
いや、流すべきではないのだろう。
そっと、坂宮をコンクリートの地面に寝かす。
ゆっくりと立ち上がり、オレはそこにいるであろう少女に目を向ける。
少女、リティの目にいつもどおり淀みはなく、虚ろに近いその瞳はオレを捉えている。
瞳からはリティの感情を悟ることはできない。
何かを見る目。
何物も引きつけない瞳。
瞳の中の感情は誰にも分らない。
この戦いと同じように。
行き先もなく、着地点もないこの闘いの終着点はどこなのか。
どうしたら終わるのか。
魔術団が勝ち、ギガスが負けるか。若しくは逆か。
そんな簡単な話では終わらない。
いや、終わらせたくない。
現に都市の市民と坂宮、恐らくファミーユは命を落としている。
また人が死ぬのを見過ごすわけにはいかない。
人を殺してきたオレが言えることではないが、その過程からオレは人の生は尊いと気づくことが出来た。
全く、馬鹿な話だ。
人を殺して気づくなんて……。しかも大勢。
遅すぎる。
でも、だからこそ、これ以上殺させるわけにはいかない。
オレのような自身による後悔と罪過に押し潰される人生を歩ませないために。
「リティ、お前もそうなんだろ……。もう気づいているはずだ。己が欲望のため、人の死により得られた力になんの価値もないと」
少し間を置き、リティの口が開く。
「すみませんが、その思慮には同情することはできても、賛同し兼ねます」
はっきりとした応え。
オレは何も言わない。
自分の意見を押し付けるようなことはしない。
ただ、オレの考えに近いものを持っているのか?と問いかけただけだ。
そこに共感するところがあるのならば、もしないなら、はいか、いいえで応えるだけの簡単な質問。
リティの応えは違う考えがあるということだ。
あれから変わったな……リティ。
オレはといえば……変わったと言いたいが、自分への皮肉さは抜けない。
それは坂宮の死に対し自分への悔いと、失望が残っているからだろう。
「なぜ、私に剣の切っ先を向けないのですか?」
リティの質問に対し、オレは剣を地面に突き立てる。
ギィーン、という音と共に脆く崩れ塵となり空気となる刃。
「リティ、この刃のように……お前の心はそこまで強くないだろ」
リティがオレに対して自分に刃先を向けるように言ったのは、オレの抱いているであろう坂宮の死からの怒りを自分に向けてくれということだろう。
だけどオレは、他人への怒りを持ち合わせていない。それ以前に、怒りをぶつける矛先はリティではない。
以前変わらぬ表情に瞳。
だが、リティの心は分る。
これまで共に戦った仲間……だったからな。
「私は……――――」
「オレが欲しいのは、リティの思っているような心の強さだ」
目に見える力でなく、目に見えない心の強さ。
どんなことでさえも飲み込むほどの心。
でも、それほどオレは強くもなく……決して、今は手に入れることはできないだろう。
「人の求める先は違う。この剣の刃のように目的がなくば崩れる。……もし、自身の求めるものと対峙した時、この刃は対峙した者に切っ先を立てる」
「…………」
リティは有無を言わず、ただ見つめているだけだった。
それでいい。
オレの対峙する相手はリティではないのだから。
オレが対峙すべき相手は……、
「惜しいな。それほどの力を持っていながら……」
リティのよこしに突如現れる黒を纏った長身の男。
上から、黒のローブを羽織り、下に黒のコート、その下は黒のスーツを着込んだ厚着の格好。
顔立ちはスッとした輪郭に鼻は高く、瞳は蒼い。
「久しいな、真隼 成人」
歳は27。ギガス、ランク『F』の持ち主。
名はヴィレイル・ガウィン
アルファベットはギガスの階級、称号のようなもので、『A』が一番高い位で、順に低くなり、『Z』が一番下。そして、ランク『A』の上が『創世十二柱』と呼ばれる魔術師が名の通り十二人。創世十二柱』の上には『創極のファランクス』と呼ばれる魔術師が二人いる。
因みに、オレやリティはランクを持っていない。
「久しぶり……デスね」
約半年ぶりの会話に言葉がカタコトになる。それに加え、半年前とは立場が違いオレと奴は敵同士。 そして、奴が今回の一件を指揮しているのだから、オレにとって会うことですら避けたかった。
まぁ、元指揮官に対し奴と呼ぶのはどうかと思われるかもしれないが、オレとは相いれない存在であり、馴れ馴れしく名を呼ぶこともなく、最早自分の指揮官だったということさえも否定したい。
簡単に言えば、オレは奴の事が嫌いだ。
「随分とカタコトな喋り方じゃないか。そんなに私の事が嫌いなのか?それとも……会いたくなかったのか。どちらにせよ、お互いに立場が違う。単純に敵になっただけだが……」
声には軽く抑揚があり、しかし淡々と喋る言葉には教えを説くかのように、心に直接ノックするかのように他(ひと)に語りかける。
昔と変わらないその喋りが、やはり気に入らない。
「それだけだ。敵対していたのは今も昔もそう変わらない。それでも君の力は買っていたのだが……」
「そうか。……力か。まるで人を自身の手脚のように」
「その通りだ」
奴は否定も躊躇いもなく、まるでオレの言葉が愚直と言わんばかりに応えた。
作品名:Merciless night(4) 第一章(完)境界の魔女 作家名:陸の海草