永遠 そのに
「・・うん・・・」
その光景に、うわぁーえらいもん見せられるなあーと笑ってしまった。というか、この顔の水都を知ってたら、そら、あんた、結婚して縛り付けとこうと思うわな、と、納得もした。たぶん、酔って出て来た言葉が水都の本音というもので、えらくクールな男やと思っていたら、とてつもなく甘ったれなネコだったのだ。
「確かに、このギャップは萌える。・・・・せやけど、あたしと飲んでる時は、こんなにならへんかったけどなあ。」
この二週間、結構、飲んでいたはずだ。こっちに付き合っていたのだから、ビールの大瓶を何本か空けていたのだ。だが、その時の水都は、こんなことにならず、終始、ほろ酔いぐらいで穏かだった。独り言のように呟いたら、吉本が、「これは、俺専用の顔やからな。」 と、嬉しそうに返事してきやがった。水都を抱かえてなかったら、蹴り入れたるとこやけど、水都がまだ、ぐずっているので、さすがに控えた。
「千佳ちゃん、悪いねんけど、タクシー呼んでもらえへんか? 」
ぐすぐすとひっついている水都をあやすようにして吉本が頼んでくる。大人一人を抱えて帰れる距離ではないから、そういうことになる。
「あー、それやったら、うちの車で送ったげるわ。」
「ええんか? 悪いな。助かるわ。」
「いや、ええもん見せてもろた礼ということで。」
「自分、ほんまに図太いな? 普通、ホモの愁嘆場なんか見たら退くで? 」
「そのネコの可愛さが救いやろな。」
「ああ、うちの嫁、可愛いやろ? 」
「あんた、それ、水都、寝かせて、ちょっとこっち来い。」
「いや、遠慮する。」
ちっっ、見破ったか、と、笑って駐車場からクルマを出してくるために、家を出た。戻ったら、水都は寝ていて、吉本が担ぐようにして車に乗せた。後部座席へ転がしておくのかと思ったら、本人も、後部へ座る。寒くないように、と、自分の上着をかけているのが、いっそ清々しいほどに、いちゃいちゃだ。
「荷物は、また引き取りに行かせてもらうから。」
「そうしてくれるかな。・・・あのさ、ちょっと聞きたいねんけど? 」
「なんやろ? 」
「もしかして、今度は、あたしが、『あんた、誰?』になるわけ? 」
「うーん、たぶん、そうなるんちゃうかな。実際、現場を見たことはないけど。」
「お礼にエッチ見てもええ? 」
「え? 本気か? 勘弁してや、そんなん。萎えるて。」
「混ざらしてもろてもええけど。」
「・・・千佳ちゃん・・・それ、本気やないよな? 」
「やったことないから楽しいかと思って。いや、普通の三人はあるよ。でも、ほら、普通やないやんか? そんなん見られることはないやろうし。」
かなり興味はある。世間に、そういうビデオが出回っているが、さすがに、そこまでして見たいものではないが、機会があるなら是非、とは思った。だが、吉本は、大袈裟に溜息をついて、「あんな、俺が言うのも変な話やと思うけどな。遊んでばかりおるんもどうかと思うで。」 と、説教じみたことを言い出したのには閉口した。
「水都みたいなんは、あんまりおらんやろうけどさ。もっと暴力的なヤツとかと当たったら、どうするつもりなんよ? もし、俺が死んだりして、戻って来られへん事態で、水都が、あんたのとこへ転がり込んでたら、こんな簡単には解決してへんねんで? 」
「人を見る目はあるって。ていうか、こういうあたしやったから、びびって追い出しもせんと飼うといたげたんやろ? あんたこそ、しっかりしぃーよっっ。」
いや、おもしろいエッチはしていたから、そういう意味では、あのネコを飼っておく価値はあった。だいたい、普段なら家まで、お持ち帰りはしない。そういう意味では、水都は好みにも合っていたからだ。
「ぶっさいくなんは、ホモでもゲイでもええわ。いや、むしろ、なっとけやけどさ。せやけど、なんで、水都みたいな好みの男まで、そっちかなあ。」
「それ、差別しすぎ。・・・あ・・・千佳ちゃん、飲酒運転やんけっっ。」
今まで、気付かないということは、鈍いらしい。缶ビール二本や三本では、どうということもないし、飲酒検問をやっている時期でもないから、問題はない。
「大丈夫、大丈夫。ほら、もう着くわ。」
「コーヒーでも飲んでけよ、千佳ちゃん。ちょっと冷ましてからのほうが安全や。」
「ネコの旦那、あんた、お人よしとか、人から言われてへんか? 」
「はあ? 」
今から熱い抱擁とか、楽しいエッチが待っているはずの吉本は、それより他人の心配が先という、昨今珍しい気良しであるらしい。
・・・いや、だからこそ、こんな厄介なネコを飼うてるんやろうけど・・・・
「ほら到着。さっさとエッチして、完全に記憶を取り戻せっっ、ネコの旦那っっ。」
「いや、それは、ええねんけどや。」
「大丈夫やって。他人の心配している暇があったら、自分のネコのことを心配しとれっっ、このどあほ。」
さっさとクルマから出ろ、と、脅して、ドアがしまった途端にバックした。まだ、何か言いたそうな顔をしていたが、それは無視だ。
ひとりになって、世の中は広いわ、と、しみじみとした気分になった。あんな変わった生き物が存在して、それが、旦那持ちの男で、さらに、その旦那が気良しとくると、なんていうか、世の中、何があるかわからんもんやと思われた。
酔っ払いの千佳ちゃんは、堂々と、そのまんま帰って行った。あの飲みっぷりからすると、たぶん、酔ってはいないだろうが、それでも、ちょっと気になった。二週間、水都の相手をしてくれたのが、あんな変わった女というので、よかったと思う。普通の女やったら、騙されていただろう、確実に。
そして、当人は、すやすやと寝ているので、そのまんま担ぎ上げて、ハイツの階段を登った。鍵を開けるのに難儀はしたが、とりあえず、ベッドに転がす。
・・・あんまり他人には見せたくなかったんやけどなあ・・・・
奥底の水都は、とても可愛い。たぶん、今まで、俺しか知らなかった。千佳ちゃんに見せたのは緊急事態だったとはいえ惜しいとは思う。
・・・明日起きたら、徹底的にやったるからな、覚悟しとけよ、水都・・・・・
さすがに出張二週間で、さらに、嫁の捕獲に出たから疲れた。俺も、そのまんま嫁の横に入り込んで、目を閉じた。
翌日、かなり昼近い時間になって目が覚めた。もちろん、寝汚い俺の嫁は起きる気配もない。とりあえず、シャワーでも浴びて、すっきりするか、と、起きだした。あの様子では、あのまんま寝ているだろうと思っていたからだ。しかし、風呂場の外で、ものすごい音がして、力一杯、風呂場の引き戸が開けられた。
「なんよ? 」
「・・あ・・・・」
「おい、寝ボケとるんか? 水都。」
ワイシャツにスラックスという出で立ちで水都は、泣きそうな顔をしていた。無理もないのだが、思い出させないために、何も言わなかった。黙ったままで、シャワーがジャージャーと流れているところまでやってきて、俺に抱きついた。
「・・・おかえり・・・・」
「ただいま、俺の嫁。」
「・・・あのな・・・」
「うん。」
「今すぐに、やってほしいねん。」