永遠 そのに
あれが、傍に欲しい。たぶん、水都も深いところでは、そう思っている。自覚はないだろうが、本心は知っている。だから、愛してるなんて言うて欲しいわけではない。ただ、傍におって、寛いでくれてたら満足やと俺は思っている。その程度の距離にいられるのは、俺しかないと自負している。
俺が、うっすらと笑ったら、女は、ふんっっと鼻息であしらって、「わかった。」 と、ダンと床を踏み鳴らした。
「ほんだら返す。でも、あんたのことを忘れてることを、どうしたらええの? 」
「さあ、まあ、とりあえず、うちに拉致して、徐々に慣れさせるとかでええかな。」
「それやったら、部屋を提供するから、やって。」
「え? いや、見ず知らずのあんたの家でやんのは、どうよ? 俺、公開エッチとかしたいほうとちゃうし。」
とりあえず、酒でも飲ませて、久しぶりに泣き虫にでもなってもらうか、と、俺は笑った。あまり使いたくはないが、忘れてしまったなら、奥底の本物の水都に尋ねるしかない。俺が必要か、そうでないか。必要であるなら、拉致でもして馴染ませてやることはできる。
「うちの人な、心が繋がってないねん。」
ほんま、なんで、二週間で忘れるんやろうと、俺は、また苦笑する。生きてるだけの人生なんて意味がないっていうことが、心の奥ではわかってるくせに、それが表まで辿り着かない。
「なんとなく意味はわかったわ。ほんで、具体案は? 」
「ていうか、あんた、ほんま、変わった人やな? あんなボケを、よう保護しといてくれたで。」
「しゃーないやんかっっ。夜中に悪戯したら、『花月、花月』って、何度も嬉しそうに抱きつかれたら情も湧くわっっ。・・・あーーーーむかつくっっ。あんた、一発、殴らせてっっ。」
と、言いつつ、その女は、カバンで俺を殴った。許可出す前に殴ってるしな、この女。なんで、また、こんなけったいな女を選ぶかな、水都は。
会社の飲み会があるとかで、いつもより遅く戻ってきた千佳は珍しい男を連れて来た。俺の大学の同期で吉本という男だ。同じ語学の授業をとっていただけの知り合いなので、顔もうろ覚えだが、一応、挨拶されて思い出した。
だから、第一声は、「あんた、誰? 」 と、言ってしまったら、吉本は微妙な顔をした。それほど親しい間柄だったわけではないのだから、覚えていただけでも有難いと思ってくれ、と、内心でツッコんでおいた。
「なんで、吉本が? 」
「あたしの同僚。たまたま、話したら、水都と知り合いやってわかったの。」
「『あんた、誰?』はきっつい一発やわ、浪速。」
「しゃーないやろう。語学で一緒しただけやのに、一々覚えてられるかいな。」
だが、どうしたことか、唐突に、俺は涙腺が緩んだ。目にゴミでも入ったのか、いきなり涙が溢れてしまった。
「あれ? なんで? 」
「いやあー、そんなに吉本君と再会できて嬉しいのん? 妬いちゃうよーんっっ。」
「おいおい、千佳。それはないやろう。」
自分でも、どうして涙なんて零れるのか、わからない。顔を洗ってくると洗面所に逃げた。なぜ、吉本の顔を見たら、涙なんだ? と、混乱するしかない。
気持ちを落ち着けて戻ったら、いきなりビールとか乾き物とかが食卓に乗せられていた。久しぶりの再会なので祝宴だぁーと、千佳と吉本は盛り上がっている。
「はい、ほな、乾杯。」
缶ビールを手渡して、カチンと音をさせた吉本は、嬉しそうに、それを飲んでいる。
「俺は別に嬉しいないで? 」
「まあまあ、世間が狭いってことを祝おうやないか。」
「そうそう、なかなか大学の同期なんて卒業したら音信普通なんよ? 水都。こういうのは、祝うべきやから。」
どうせ、明日は休みやから、無礼講モードで、と、さらに、千佳が盛り上げる。俺は、それほど飲むほうではないから、ちびちびとビールを啜っているが、千佳は豪快だ。ぐいっと一気に空にする。
「なんで酔わへんの? 千佳は。」
「女のほうが、アルコールの分解量は多いもんなんよ。ほら、水都。そんなまずそうに飲んでんと、ごくごくいって。」
当たり障りのない世間話をしながら、急かされるように、缶ビールを空けた。まあまあ、もう一本と手渡されて、少し気分が軽くなって、ごくごくと飲んでしまったら、急に酔いが廻ってきた。
「氷食べるか? 水都。」
「・・うん・・・」
「千佳ちゃん、氷作ってる? 」
「ごめーん、作ってない。」
「うーん、水やと覚めへんのよ、こいつ。」
「ていうか、水都、こんなに弱かったかな。もうちょっといけてたはずやけど。」
そういや、缶ビール二本ぐらいで、こんなに目が廻るなんていうのは、久しぶりだ。仕事で飲んでいる時は、大瓶三本くらいまでなら付き合っている。というか、その会話に、どこかでひっかかった。
・・・・なんで、吉本が、そんなこと言うねん?・・・・
とりあえず、ちょっと横になれ、と、俺は身体を支えられて床に寝かされた。
「俺の嫁は、なんで、そんなに壊れてるんかなあ。かなんなあ。」
吉本が、そう言って、俺の頬を撫でたら、急に何かがパリンと割れるような気分になった。あとは、ただ、温かい気分の浸ったと思う。
なるほど、と、千佳は感心した。心が繋がらないというのは、こういうことか、と、涙が流れて呆然としている水都を目にして納得した。たぶん、逢いたかった旦那の顔が見られて嬉しいのだろうが、それを自覚できないらしい。それから、乱暴に飲ませて酔わせることにして、それも呆気なく酔っ払ったのも驚いた。
道すがらに打ち合わせてして、コンビニに買い物してきた。吉本も酒には弱いというので、彼の分だけノンアルコールビールだった。それが、わからないように種類をたくさん買い込んで来たから、水都は気付かないままで飲んでいる。
「あいつ、銘柄とか気にしてへんから気付かへん。」 と、吉本が言った通りだ。全然、そんなものは気にしていないし、会話も、おざなりに付き合う程度だ。関西人という人種は、こういう時、便利だ。まったく知り合いでなくても、ノリで適当に会話できる。だから、盛り上がっているフリで、吉本と会話を続けていたら、水都は缶ビール二本で、ふらふらと揺れだした。
「横になれ。」
身体を支えて、吉本が床に寝かせる。座布団で枕まで作るのが、かなり世話好きであるという証拠にもなっていた。それから、ふうと息を吐いて、「俺の嫁は、なんで、そんなに壊れてるんかなあ。かなんなあ。」 と、苦笑して水都の頬を撫でたら、唐突に、本当に唐突に、水都は起き上がって、吉本に抱きついた。
・・・え?・・・・
「花月っっ、花月っっ、どこ行ってたん? なんでおらへんのっっ? 俺、消えてまうやんっっ。」
泣き喚くみたいに、わあわあと同じことを繰り返して、吉本の首にしがみついている。吉本のほうは、ほっと安堵した顔になって、起き上がってきた水都の背中を撫でている。
「ごめんごめん、仕事で出張やった。ごめんな、水都。」
「いややって言うたのにっっ。花月、おらんとあかんのにっっ。」
「うん、せやな。俺が悪いな。もう思い出したか? うち、帰るか? 」
「・・うん・・帰る・・ひとりいやや・・・」
「ひとりにはせぇーへんよ。ちゃんと帰って来るから。」