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永遠 そのいち

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 その日の研修の後で、予定表を貰って、ちょっと顔色を変えてしまった。これから二週間、県内の施設を各人が研修という名目の雑用に借り出されるということだったからだ。それも、女性陣は自宅から通えそうな場所だが、男のほうは県境に近いような僻地ばかりだ。つまり、そういう場所の雑用を一年に一度やらせようという魂胆なのだろう。俺の行き先は、とんでもなく僻地で、隣りの県へ買い物に出たほうが早いような場所の、営林署事務所だ。
「なんで、地方公務員が、国家機関へ行かなあかんねん? 」
「たぶん、人手が足りてないからやろ? 」
 もちろん、御堂筋も同様で、俺とは違う村の役場だった。二週間のうち、土日は休みではあるが、車がない俺は戻るには、バスしかない場所だから、かなり厳しい。
・・・・大丈夫かな・・・・
 だが、行かないわけにもいかない。家に帰って、同居人に、そう告げたら、「気をつけて。」 と、だけ言われた。
「ちゃんと戻ってくる。」
「わかってる。」
 その頃、水都は携帯を持っていなかった。だから、電話するのは自宅しかない。毎日、声だけは聞かせようと思っていた。
 けれど、営林署事務所の仕事は、かなりハードで、毎日とはいかなかったし、同居人が帰りが遅くて捕まらないことが多かった。一週間して、慌てて休みに戻ろうとしても、仕事があって戻れなかった。




 キッカケが何だったか忘れたが、女と知り合った。それで、その女の家に雪崩れ込んだ。相手は、ちょっと酔っ払っているので、ぱっぱと服を脱いでいる。
「あのな。」
 ベッドに飛び込んだ女の勢いで、ものすごい音がした後で、俺は口を開いた。
「今更、何? あ、ゴムは、ここ。」
「いや、そうやない。俺、ここんとこ、やってないから下手かもしれへんので、やって欲しいことは言うてくれると助かるんやけど。」
「え? 童貞? 」
「まさか、この年で童貞やったら怖いやろ? 」
「できない事情があったとか? もしかして、お勤めでもしてた? 」
「お勤め? ムショには入ってない。やるほどの元気がなかっただけや。」
「不能? 」
「それもない。ものすご下品やな? あんた。」
 そうかなあー、と、女は大笑いしているが、「命令したげるから、はよおいで。」 と、手をヒラヒラと振っている。まあ、どうにかなるやろ、と、俺も服を脱いだ。女って柔らかいなあーと女の胸に手をやって、ちょっと感慨に浸った。ここんとこ、硬い胸しか揉んでいないし、自分から能動的に動くのもなかった。やり方は似たようなものだが、何かが違うのは当たり前で、抱いても気分的にすっきりするということもないもんだ、と、感心もした。
「うまくはないけどさ。その不満顔は、なんやろ? 」
 一回戦が終ってから、水分補給している女は、まっぱで俺の前に仁王立ちする。
「・・・ものたりへんのや。」
「じゃあ、二回戦? 」
「もちろん、それはかまへんよ。でも、一緒やと思うわ。」
「あたしのテクがなってない? 」
「いや、それもちゃうわ。強いて言うなら、俺が、こういうセックスと縁遠かったからやと思う。」
「どんなセックス? もしかして、縛れとか言う? 」
 行きずりの女なので、別に隠すこともないだろう。それに、こんなに明け透けに言われると、反って言いやすい。
「俺、ここ二年くらい男としかしてへんかったんよ。」
「え? 」
「それも、俺、女役してたからな。せやからものたりへんのや。」
 女は、あんぐりと口を開いて、それから馬鹿笑いを始めた。「信じられへんっっ。」 と、何度も言うて、俺の裸の肩をパンパンと叩く。
「いやあーネコの人とやるなんて貴重な経験やわ。」
「ネコ? 」
「女役のこと。ちなみに、男役はタチ。これ、レズでも一緒やから。・・・えーっと、つまり、普通のセックスができるか試してみたということやろか? 」
「そうやな。できることはできるってわかったわ。」
 だが、あんまり満足できる気分ではなかった。すっかり、抱かれるということに慣れてしまっているらしいとは確認できただけだ。
「今、フリーなわけや? ネコの人。」
「いいや、二週間、留守なんや。俺の旦那。」
「ほんで、浮気してんの? 」
「浮気なあー、これは浮気って言うんやろうか。」
「まあ、浮気やと思う。でも、二週間限定なんやったら、しばらく相手してもええよ。あんたみたいなんは珍しいから。」
 一人で家に戻るのが億劫だった。ついでに、適度に運動して、ノーマルな性生活というのに慣れるのもいいかもしれない。もしかしたら、そのうち、終わりが来るかもしれないのだから、また、こういう生活になるのかもしれない。予行演習をするには、この女は、いい相手だとも思った。
「ほな、頼むわ。」
「とりあえず、名前聞いとこか? ネコの人。」
「タマ言うねん。」
「へーーータマなんや。ほな、タマ、おいで。」
「おまえこそ、なんて言うんや? 」
「ミケでどう? 」
「ふーん、ミケ? こてこてのボケやのー。」
「あんた、自分のほうがこてこてやっていうんよ。」
 ふたりして大笑いして、またベッドに戻った。まだ、二週間先にしか帰ってこない相手のことは考えても仕方がない。
適当に待ち合わせて食事して、それから、女の家に戻ってやるという毎日のうちで、ゆっくりと俺は同居人のことを忘れていく。

 一週間して、俺は、女に、「ここに住み着いてもええか? 」 と、尋ねた。女のほうは、気にした様子もなく、「好きにしてええ。」 と、合鍵を差し出した。
「ほな、着替えとか取りに行くやろ? クルマ出すわ。」
「悪いな。」
「かまへんかまへん。ここんとこ、奢って貰ってばっかりやからなあ、タマに。」
「ミケの家使わしてもうてるから家賃やと思てくれたらええ。」
 クルマで、自宅からスーツと着替えを、いくつか運んだ。女もついてきたので、名前がバレた。「水都やなんて、かわいい名前やんか、タマ。」 と、女は笑って、自分の名前も公開してくれた。千佳は、とてもおおらかで優しい女だと思った。


 それから、一度も自宅だと思っていた場所には帰らなくなった。


「そろそろ二週間やけど、旦那はええの? 」
 女がそう言うので、俺は、「旦那って、誰? 」 と、答えた。
「え? 」
「俺、男やで? 旦那って、おまえのか? それ、俺と違うんか? 」
「ええ? 」
 千佳は、ものすごい顔をしていたが、俺には、何のことやらだ。そろそろ、籍でも入れなあかんかなあーと、俺は考えていたのだが、別の相手がいるなら家から追い出されるかもしれないな、と、ちょっと落ち込んだ。



 異変というのとは違うのだが、こいつ、どっかおかしいと気付いたのは、昨日のことだ。二週間限定の相手をすると、互いに確認したはずなのに、それを忘れていた。ついでに、ネコをやっていた水都は、それすらも忘れているし、さらに怖いのは、自分が旦那持ちの男だということすら忘れているのだ。水都の家には、表札がふたつ並んでいて、どっちも男性名だった。それに、何度かやっていれば、明らかに、水都は抱かれるほうの立場だとわかった。それなのに、当人は、それを、すっぱりと忘れている。たかが二週間で、そんなことは可能なのだろうか。
作品名:永遠 そのいち 作家名:篠義